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朝帰り

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朝帰りである。最後までしなかったとはいえ、それ以外のことは色々やった。まだ久遠の感触が残っていると軽く股下に触れると「んっ!」と久遠が変な声を出した。


「しーちゃんごめん、痛い……?」
「あ、いや、なんとなくまだ久遠の感触がある気がして」
「んっ!!」


 久遠がぎゅっと目を閉じて何かに耐えるような表情を見せる。俺はそれに首を傾げながら服を着た。


「はっ! まって、僕がしーちゃんに着せる!!」
「え? ああ、じゃあお願いしようかな……?」
「うん!」


 いつの間にか新しい着物が用意されてあり、申し訳ないと思いながらも昨日の情事でぐちゃぐちゃになっていたのでありがたく借りた。相変わらず、俺の手には届かないように高い着物だ。昨日汚してしまった久遠の着物を考えると今度は自重しようと思い直す。
 そんなことを考えながら久遠に着物を着せて貰っていると、ちゅっと不意に久遠が口づけをしてきた。


「え、えへへ、これやってみたくて……」
「……そっか、じゃあお返し」
「うっ!」
「え? くーちゃん大丈夫!?」


 そう言って俺も同じように久遠に口づけをした。すると久遠が胸あたりを押さえる。俺はぎょっとして彼にそう問いかけると彼は大丈夫だといって首を振った。


「しーちゃんと恋人になれて良かったなって」
「俺も」
「……はぁーっ!!」
「本当に大丈夫くーちゃん」


 さっきから挙動がおかしい。どうにか着物を着せて貰って俺も手伝おうとしたら慌てて距離を取られた。


「大丈夫!」
「……そう?」
「うん!」


 小さい頃の久遠だったら嬉々として俺に頼んだと思うのだが、やはり大人になったということだろうか。彼の成長に少し嬉しくなる。そんなことを思いながら彼が着替えるのを待っていると久遠がそろーっと俺を後ろから抱きしめてきた。


「着替えは終わったの?」
「うん。あと、お願いがあるんだけど」
「どうぞ」


 何を改まって言うのだろうかと俺は彼に続きの言葉を促す。すると彼は少し言いにくそうな表情をしてぼそぼそと話をする。とはいえ、ほぼ耳元なので聞こえない事はない。


「……そのぉ、しーちゃんのこと静紀って呼んで良い?」
「あ、ああいいよ。というか今まで隠しててごめんね」
「しーちゃんにも事情があったんだし、気にしてないよ。後僕のことは久遠って呼んでいいよ」
「あ……」


 そういえばずーっと昨日は久遠と呼んでいた。くーちゃんとしか紹介されていないのに彼の名前を知っているのはおかしいことなのに彼は何も聞かないでそれだけを言う。
 信頼されている。今までもずっと彼の優しさに俺は甘えている。
 このままで良いのか。良いはずがない。でも……。そう俺は自問自答を繰り返す。すでに、言えないことがあるというのにこれ以上彼に不誠実でいていいのだろうか。


「あの、久遠。時間ある?」
「ん? うんあるよ」
「話したいことがあるんだけど、いい?」
「勿論」


 そう言って俺は、どうして久遠の名前を知っているのかを話し出した。俺は一度死んでもう一度やり直しているということだ。信じられない話だと思う。でも久遠はずーっと真剣に話を聞いてくれていた。
 そして、最後まで話し終わった後に久遠はぎゅっと俺を抱きしめる。


「え、久遠!?」
「また、僕に会いに来てくれてありがとう」
「――っ!」
「えへへ、じゃあ一番に僕に会いに来てくれたんだ。嬉しいなぁ」
「信じてくれるの……?」
「うん。静紀の言葉はぜーんぶ信じるよ」


 久遠はそう言葉を紡いで微笑んだ。そんな彼の様子を見て本当にそう思っていると俺は確信する。久遠は、本当に俺に甘い。


「……ありがとう」
「ううん。こちらこそ話してくれてありがとう」


 そう言って久遠はうーんっと考え込む。


「現状、静紀のいう前の展開とは大分違ってるよね? 気をつけるべきはその七宝によってまた結界が壊れること、かな?」
「うん」


 久遠の言うとおり、すでに七宝に選ばれた者は大分変わっている。黒天の席に九郎が入ったこと、本来であれば毘沙門には俺がいたことなど差違はある。それに、結界が破壊されたのはすでに十年前にも起こっている。だから結界がまた崩壊するようなことがないようにと久遠たちは対策を打っていた。とはいえ、知らないよりも知っていた方が諸々の策を出しやすいだろう。


「まあ、最悪七人いれば良いから、壊れても大丈夫」
「え。そ、そうなの? 血筋が大事じゃなくて……?」
「ううん。頭数合ってれば良い。ほら、今回九郎ちゃんが入ってるでしょ?」
「でも九郎は皇族で……」
「ただそれだけだね。黒天の関係者じゃないし」
「そ、そう……」


 久遠の言葉に驚きを隠せない。今まで結界を張る役目は七つの家門の者と決まっていたから特別な理由があるのだろうと思っていた。それと同じ理由で九郎も皇族で特別だからだと考えていたのだが全く違った。数が合えば良いのか……。それなら確かに一人ぐらい法術が使えない奴が入っていても問題ないわけだ。
 七宝の重大な秘密を知ってしまった。でも、これで何かあったときに七宝に選ばれた者じゃなくても代理が務まるということだ。


「ひとまず! 難しいことは後にして御飯にしよう!」
「あ、ご、ごめん、話し込んじゃって……」
「ううん! 僕としてはもっとお話ししたいんだけど、そろそろ迎えが来そうだから……」


 そう久遠が言うや否や廊下から足音が聞こえる。そしてすぱんっと勢いよく襖が開いた。


「いつまで独占してんだ!!」
「ほら来た」
「ほらって何だ! お前だけじゃないんだぞ! しーちゃんに会いたいのは!!」


 そう言って仁王立ちしているのは九郎だ。俺はすぐに立ち上がって九郎に駆け寄った。


「九郎!」
「しーちゃん、お帰り! 元気してたか!」


 九郎だ。本当に九郎だ。あの事件の後、きちんと九郎の安否を確認できなかったから心配していた。ペタペタと顔と身体を触って怪我がないかを確かめる。それからぎゅうっと抱きしめた。


「ごめんなさい、俺がもっとうまく……」
「何言ってんだよ。あれは誰も悪くねえよ! 久兄にも謝るつもりならやめとけよ? 大体にして、十歳の子供が手に負えるようなもんじゃないっての。子供を巻き込んだ大人の責任だから!」
「……うん」


 完全に見透かされているようだ。だから、これ以上何か言うのはやめた。九郎に頭を撫でられて微笑むと、べりっと久遠が俺と九郎を剥がした。


「近い」
「はいはい。すみません」


むすっとした表情で久遠が俺を後ろから抱きしめる。九郎は呆れた表情を浮かべて俺たちから離れた。


「というか、早く来いよ」
「分かってる。静紀行こ?」
「うん」


 俺は久遠に手を引かれて、九郎と一緒にとある一室に向かった。
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