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挑発

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言った。言ってしまった。



 前は怖くて言えなかったその言葉を口にできた。俺はそう思いながらもドキドキと逸る心臓を落ち着かせるために深呼吸をする。

落ち着け。これで終わりではない。俺にはこれの他にも目的があった。だからわざわざ遅れて入ってきたのだ。





「他の方々に比べれば弟の実力は劣りますが、七宝としての責務を全うできると思います」

「!」

「若輩者ではありますが、どうかご再考いただけないでしょうか」

「そ、そうです帝様! 法術の使えない者よりも使える者の方がきっとお役に立てるはずです!」

「ええ、全くその通りです」





 俺の言葉に当主もそう言う。それに同意するように奥方も頷いていた。あなたたち二人は適当に同調すると思っていた。俺の言葉を叱責するよりも弟を七宝にすることを優先するだろうと思っていたから。だが……。





「……っ!」





 ちらりと頭を下げながら弟の様子を伺う。彼は憎々しげに俺を睨みつけていた。それに俺は満足して頭を上げる。

 そしてこう言い放った。





「ですが、やはり弟の能力を疑っているようであれば……」

「やれます!!」





 俺の言葉を遮るようにして弟がそう叫んだ。





「少なくとも、兄よりは七宝としての責務を全うできます!!」





 俺に馬鹿にされて我慢できずに弟がそう言い放つ。よしっと心の中でそう思いながら次の言葉を告げようとしているとぱしんっと扇を叩く音が聞こえた。





「成る程、私が選んだ者に問題がある、と?」





 数年ぶりの声だ。

 帝であるから彼の本来の声ではないが何となく、落ち着きのある青年の声に聞こえた。

 久遠である。

 本当は、もう少し良い形で会いに行けたら良かったのだが……。

 そんなことを思いながらも、感動している場合ではない。

 今の俺の行為は、彼を守るためだ。気を抜いてはいけない。





「い、いえ、そのようなことは……っ!!」





 すぐに帝の言葉に弟が慌てて否定をする。俺も同じように言葉を連ねようとしたが、その前に久遠が冷たく言い放つ。





「毘沙門の長子、顔を上げろ」

「はっ!」





 久遠だと分かっていても、帝の言葉は重くて息苦しい。緊張で喉がカラカラでゆっくりと顔を上げると御簾越しに目が合った、気がした。





「貴方にとって、この役目は不服か?」

「はい。万が一にでも結界が破れた時には私が一番に疑われるでしょう」





 これは事実だ。前の結界が崩壊したときに一番に俺が疑われたはずだから正しい理由である。





「なっ、そのような発言は不敬だぞ!!」

「お前の発言を許した覚えはない。控えろ」

「! も、申し訳ありません!!」





 毘沙門の当主がそう俺の言葉を責め立てるが逆に彼を叱責する。それに慌てて彼は平伏して謝罪を述べ、憎々しげに俺を睨みつけた。俺はその視線に気づかないふりをしてじっと久遠を見つめる。

彼の次の言葉ですべてが決まる。

七宝に俺を選ぶか、弟を選ぶか。





「―――そうか。なら、弟の方でいい」

「よろしいのですか、帝様」





 久遠に九郎がそう問いかけた。ゆっくりと体を起こしているのか、着物のこすれる音がする。





「ああ」





 一言そう口にすると彼が立ち上がった影が見えた。慌てて俺たちは頭を下げると、九郎がこう締めくくる。





「これにて、七宝の選定は終わりとなります」





 九郎がそう言うやいなや、足音が聞こえる。久遠がさっさと御簾から出ているようだった。それに慌てて九郎がついて行き、彼らがいなくなった。

 ふうっと俺は気づかれないように息を吐いてさっさと立ち去ろうと背を向けるとひっくとしゃくり声が聞こえた。





「兄さん、どうしてこんなことをしたんですか……?」





 理央だ。

 ボロボロと泣き出して、あのときと同じように周りの同情を引こうとしているようである。このまま立ち去ることができないと思い足を止め障子に背を向けて彼らの方に向き直る。





「そうだ! 何でお前のような奴が七宝に選ばれた! しかも、実の弟に対し、何という言い草だ!!」





 はっと鼻で笑いそうである。この騒動に興味津々な野次馬どもはチラリチラリと無遠慮に好奇の視線を向けている。それに気づかずに俺を責め立てる当主にそれを利用して立場を固めようとしている理央。



 そんな二人をただ俺は冷たく睨みつける。



 数年離れて、少しは考えが変わったかと思ったけど期待するだけ無駄だった。すでに、彼らの中では俺は死人のようだ。

 だから、遠慮は要らないだろう。





「うるせえな!!!」





 俺は手にしていた大太刀を振り下ろし、畳にたたきつける。鞘に入れたままではあるが勢いよく下ろしたので鈍い音が響き渡った。





「大体、俺も呼ばれてんのに連れてこない方が悪いだろ? お陰で恥をかかずに済んだのに、なんでそんなこと言われなくちゃいけねえんだよ!!」





 癇癪持ちの長男。



 俺はその噂に恥じぬ行いをした。ばんばんっといらだったように大太刀を畳に何度もたたきつける。そして「見せもんじゃねえぞ!」と吠えれば、そそくさと様子を伺っていた者は逃げ出した。ふんっと横暴に鼻を鳴らしてにこりと彼らに向かって微笑む。



 お前らの噂に合わせてみたけど、どう?



 心の中でそう問いかける。伝わっているかどうかは分からないが、恐らく小馬鹿にされているということは分かったのだろう。当主が顔を真っ赤にして唇を震わせている。

 さて、ほとんどの者がいなくなって同情を引く相手が消えた。これ以上皇宮で騒ぎを起こす気かどうか弟に確認する為彼を見る。すると彼は違う行動に出た。





「兄さん! まさか、帝様に自分を売ったの!?」

「……」





 前と似たようなことを言っている。一瞬呆れそうになり顔に力を入れた。変わっていない相手だと思えばわかりやすくてこれからの行動が読めるだろう。そう思い直してはあっとこれ見よがしにため息をつく。それから反論しようと思ったがすっと俺の横から手が伸びた。





「売ったというか、僕が勝手に好きなだけかな?」

「は……」

「え?」





 声がした。先ほどの性別、年齢が特定できないような声ではなく少し低い、青年の声。背中に感じる温かな体温にそっと吐息が俺の耳にかかる。





「で、その話まだかかる? 帝は毘沙門静紀を愛している。それで理解できるでしょ?」

「な、え……?」





 目の前にいる理央が呆けている。俺もゆっくりと振り返ってあまりの衝撃に固まった。

 帝は、古くから顔を隠したり声を隠したりして誰もその正体を知らない事が多い。その意味は身を守るためだと聞いている。納得ができる。帝がいなければ、都が滅ぶから。





「な、んで……?」

「ん?」





 今の久遠はそのすべてを放棄して本来の姿を現していた。お面も変声機も何もない。皇久遠という美しい青年がそこにいた。

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