上 下
173 / 208

別れ、そして

しおりを挟む
「なんでしーちゃんが行かないといけないの?」





にっこりと笑顔で久遠はそういった。



ここに至るまで、俺はほかのお友達に会った。鶫ちゃんが人形であの事件で動かなくなってしまったことも聞いた。なんとなく、燕さんが叶えたかったお願いが分かった気がした。それでも、許されないことだが。



彼らにも事情を話し、悲しまれたが手紙を書くと約束して別れた。

そして久遠にも同じように説明をしたのだが……。





「え、あ、選ばれたからかな?」





予想に反して久遠はそう俺に詰めてきた。俺は思わずそう答えるが、久遠はゆっくりと首を傾げる。





「何でしーちゃんを選んだの? 今すぐ変えて神様なんでしょ? ほら早く」

「無理です。永遠の別れではありませんし、ほら、この方も一緒について行きますから安心安全な旅ですよ」

「ふざけてるの? 僕は真剣に話してるんだけど」

「こちらも真剣ですが」





久遠と雫さんがそう淡々と話をする。俺はその間でオロオロとするしかない。



だんだんと熱がこもって行く言い争いにその場に同席している沙織さんがぱんっと手をたたいた。



未だに久臣さんは回復できておらず、九郎も術者の法術にかかって治療中らしい。まだあの事件から数日しか経っていないのだ仕方ない。直接謝りたかったし、事情を説明したかったが時間があまりないので待つわけにも行かずこんな形になった。





「くーちゃん、あのねしーちゃんにはやるべき事があるのよ」

「でも、それしーちゃんがやらないといけないの?」

「ええ、そうなの。だからくーちゃんは我慢して待つしかないのよ。それから、今くーちゃんがいろいろ言ってもしーちゃんは絶対に曲げないって分かってるでしょ?」

「……でも、いや」

「ね? ここは、行ってらっしゃいって言ってあげましょう? 喧嘩別れみたいになったら嫌でしょ?」

「……」





沙織さんは優しく諭すように話しをしていた。久遠はそれを黙って聞いてそしてきゅっと俺の裾をつかむ。





「くーちゃんにも、手紙くれる?」

「……あ、うん、勿論」





久遠が望むならば何枚でも書く。そう思って答えるとぐっと唇を噛んだ久遠がぎゅーっと俺に抱きついた。

それからいつも首に提げているものをとって俺に渡す。





「これ!」

「え、これ久臣さんにもらった貴重なものだよね……」

「うん。貸すから、だから、絶対に返しに来て!」





そう言って久遠が俺の首それを下げる。俺はそれはできないと返そうとして沙織さんにやんわりと止められた。





「もっていってあげて。しーちゃんお願い」

「……分かりました。ありがとう、くーちゃん。絶対に返しに来るね」





久遠が覚えてなかったら、沙織さんに渡せばいいかな。そう思いながらきゅっと久遠からもらったそれを握りしめた。

今日はお泊まりをして一緒に寝ようと久遠と同じ布団に入る。こうやって寝るのは久しぶりな気がする。





「しーちゃん、怪我大丈夫?」

「うん、平気。それよりも、何も知らないとはいえ久臣さんに変なもの食べさせてごめんね。謝って済むようなことじゃないけど……」

「別にいいよ。死んでないし。それよりもしーちゃんが心配。僕がいないところで絶対に死んじゃだめ」

「……うん、分かった」

「本当に?」

「大丈夫。雫さんも叢雲さんもいるし」





俺がそう言うと久遠がくるりと反転してうつ伏せの状態になり俺を見る。そしてむすっとした表情になった。





「僕、あの雫っていうの嫌い」

「え、どうして? 雫さん優しいよ?」

「だってあいつ、しーちゃんのこと冷めた目で見てる」

「……そう?」





いつも笑顔の雫さんにそんな目で見られただろうかと首を傾げる。





「あいつと二人きりにならないで。絶対に叢雲さんと一緒にいて」

「うんわかった」

「絶対だよ。あと、ほかのところに行っても、僕以上に大事な人作らないで」





久遠の言葉にきょとんとした。むうっと頬を膨らませて不機嫌な表情を浮かべる彼に嫉妬をしているのだろうと思うと可愛く感じた。なでなでと頭をなでると久遠は甘えるように俺の胸に顔を埋めた。





「返事は?」

「ふふ、勿論だよ。俺は生涯久遠以外の一番を作らない」

「絶対?」

「絶対」





俺がそういうと久遠はニコッと笑みを浮かべた後に目をつぶる。そして暫くして寝息が聞こえてきた。俺も彼のその規則正しい音に眠気を誘われて静かに目を閉じた。











そして俺は生まれ育ったこの都を初めて離れた。



やり直し前でも遠くの都まで行ったことのない俺にとってその旅は未知のものだった。手紙にはいっぱい書くことができてその度に返ってくる手紙が楽しみになっていた。



こういう手紙のやりとりも俺にとっては初めての経験だ。



久臣さんと九郎が回復して見送ることができずに悔しがっていたことや、霊峰院にみんな入ることができたことなどが書かれていた。九郎と久臣さんに手紙で謝罪と感謝の言葉を連ね、術者として働けるようになった彼らに祝辞を述べた。できれば俺が直接言いたかったが、便利な乗り物も法術も使えないのでそれは叶わない。



俺の負担にならないようにと言うことである程度日を置いて代わる代わる送られる手紙たち。



しかし、その中でも久遠は日を置かずに手紙がやってくる。この前なんかたまりすぎで何通も来ていた。久遠はマメなのだ。



それを嬉しく思う反面、いつかは要らなくなってしまうと思うと胸が痛い。今だけはこの余韻に浸っていようと思う。それぐらいは許してくれる。







俺は目的のため、燕さんと同じように人を殺す覚悟だったが、俺の大太刀は特別なもので人を殺さずに神様との契約を断ち切る代物だったらしい。



その威力は絶大だ。彼の言われたとおりに人を斬ると彼らは気絶し、力を失うようだった。生かしたまま罪を償ってもらうため役人に引き渡した。



ただ気になるのは、彼らを斬るたびに雫さんが傷ついてしまうことだ。神様を斬ることと同意義らしく同じような存在の雫さんにも影響があるらしい。ならば殺した方がいいかと思ったが、雫さんは回復するから大丈夫だと優しく言ってくれた。申し訳なさでいっぱいだが、普通に叢雲さんがいざとなったら俺がやると言いだしたのでこの話はやめになる。



そうして一年、二年それ以上の時が過ぎた。



俺は20歳になった。

しおりを挟む
感想 90

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

処理中です...