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「九郎ちゃん。少し落ち着いたらどうかな?」
「……」
九郎がきゅっと唇をくっつけてじっと久遠を見ている。何かを訴えているようだが、俺には分からない。だからこの二人の動向を見守るしかない。
「ん? 落ち着いた? 落ち着いたなら頷いて欲しいな」
久遠の言葉に九郎が静かに頷く。するとにっこり笑顔になった久遠がすっと空中で指を右から左に動かす。
「お前……」
恨めしげに九郎が久遠を見る。久遠は少し肩をすくめた。
「大体にして、しーちゃんは別に間違ったことは言ってないよ」
「はあ!? いくらしーちゃん好きだからってそっちの肩を持つのかよ!!」
「勿論。でも、しーちゃんが言ってたように可能性でしょ? なら、他の推測もできるわけだ。しーちゃんが、帝って言ったのにはどんな理由があるの? 僕知りたいな」
「え、あ、情報の徹底?て所かな。皇族に嫁ぐって事はそれなりに危険があるからおいそれと話せないのかも、って思って……」
「そっか、じゃあ、可能性は帝だけじゃないね?」
「うん」
久遠にそう言われて頷いた。確かにさっきは思わずそう言ってしまったが、未婚の皇族は他にもいる。
二番目、三番目、あと帝の子供。他にも三人いるのだ。考えてみればそちらの方が常識的にあり得そうな話である。
「でもあくまで可能性の話で、そうだな。もしかしたら他の都に行くのかもしれないね」
「うん、それもある。ただ単に先方の要望かもしれないし……」
「まあ、ようは分からないって事だね。今ここで相手が誰か推測するのはあまり意味ないかも」
「そうだね」
久遠とそう話をして確かにと頷く。
俺が勝手にそう口にしたのが悪かった。何か九郎の触れたくないところに触れてしまったのだろう。軽率な発言をした俺が悪いと思って九郎に謝ろうと口を開くがその前に九郎が首を振って制止した。
「いい。俺が過剰に反応しただけだ。ごめん」
「い、いや、俺が軽率な発言をしたのが悪いし」
「じゃあこの話は終わりな」
九郎がそう言って最後に俺の頭を撫でた。
俺は驚いて、それから自分も謝ろうとするが、その前に口元にまんじゅうを突っ込まれてしまいもぐもぐとそれを咀嚼する。
「俺が終わりだって言ったら終わり! で、どうするんだよ」
もぐもぐと俺はまんじゅうを食べるしかなく、完全に謝る機会を逃した。本当に良いのだろうかと九郎の様子を伺うとこっそり久遠がこういってきた。
「しーちゃんの気持ちは九郎ちゃんに伝わってると思うよ。だから大丈夫。今は、霞お姉ちゃんのこと考えよ」
そうなら良いが、確かにこの話をいつまでも引っ張って彼女に気まずい思いをさせる気はないので素直に頷くことにした。
「お前はどうしたいわけ?」
「どう、て?」
「だから、知らない人のところに嫁ぐのがいやだって言ってたけど、相手がわかれば良いのか、それともその婚姻自体なくしたいのか」
「……それは、分かんない」
霞さんはそう言ってうつむいた。
「お父さんもお母さんも凄く喜んでて、だから、それに応えたいとは思ってるの。でも、でも、相手が分からないなんて不安だし、それに、私……」
霞さんがそこでぐっと唇をかんで静かに九郎の手ぬぐいで目元を拭った。
そうか、まだ彼女は―――。
「なら、まず鉄二さんに告白したらどうでしょう」
俺がそう言うと霞さんは固まってそれから首を横に振った。
「い、いやよ。兄さんを困らせたくないもの」
「その気持ちも分かります。これは、僕の考えで自分勝手な我が儘なお願いです。今の貴方はきっとまだ鉄二さんが好きで諦められない。その状態で婚姻の話も出てきてきっと凄く疲弊しています。ならば、まず最初にその気持ちに区切りをつけましょう。告白して振られる。それはある種の気持ちの整理ではありませんか? 今言わなかったら、あのとき言えば良かったと後悔することはないと思います」
「それは、逆だってあり得るでしょう?」
「はい、でも、鉄二さんは誠実な方です。きっと貴方の気持ちに、言葉に、真剣に答えてくれます」
二度と伝えられない言葉を抱えるのは苦しいと思うから、機会があるならば言ってしまった方が良い。俺はそう思う。
だが、彼女の言うとおり言わなければ良かったと後悔してしまうかもしれない。
だから、判断は霞さんに委ねる。
そう思って彼女を見つめる。すると彼女は暫く考え込んだあとにすっと席を立った。
「少し、考えてみるわ」
「はい。協力できることがあればまた声をかけてください」
「……ありがとう。それから、一番はじめにいやな態度をとってしまってごめんなさい」
霞さんは深々と頭を下げてそして茶屋をあとにした。
それを見送って、余計なことを言ってしまっただろうかと少し後悔をしてしまう。
逆に選択肢を広げて戸惑わせたかも。
「すげえな。俺全然そこまで考えられなかったわ。情報を調べれば良いのか、破談にさせれば良いのかそれしか頭になかった」
「逆に困らせちゃったかもしれないけど……」
「気持ちの整理は大事だと思うよ。彼女自分で思っている以上に限界だと思うから」
「ありがとう、くーちゃん、九郎も」
二人がそう言ってくれるから少し気持ちが楽になった。
ともあれあとは、彼女の判断だ。そう思って今は残っているお菓子を食べることにした。
「……」
九郎がきゅっと唇をくっつけてじっと久遠を見ている。何かを訴えているようだが、俺には分からない。だからこの二人の動向を見守るしかない。
「ん? 落ち着いた? 落ち着いたなら頷いて欲しいな」
久遠の言葉に九郎が静かに頷く。するとにっこり笑顔になった久遠がすっと空中で指を右から左に動かす。
「お前……」
恨めしげに九郎が久遠を見る。久遠は少し肩をすくめた。
「大体にして、しーちゃんは別に間違ったことは言ってないよ」
「はあ!? いくらしーちゃん好きだからってそっちの肩を持つのかよ!!」
「勿論。でも、しーちゃんが言ってたように可能性でしょ? なら、他の推測もできるわけだ。しーちゃんが、帝って言ったのにはどんな理由があるの? 僕知りたいな」
「え、あ、情報の徹底?て所かな。皇族に嫁ぐって事はそれなりに危険があるからおいそれと話せないのかも、って思って……」
「そっか、じゃあ、可能性は帝だけじゃないね?」
「うん」
久遠にそう言われて頷いた。確かにさっきは思わずそう言ってしまったが、未婚の皇族は他にもいる。
二番目、三番目、あと帝の子供。他にも三人いるのだ。考えてみればそちらの方が常識的にあり得そうな話である。
「でもあくまで可能性の話で、そうだな。もしかしたら他の都に行くのかもしれないね」
「うん、それもある。ただ単に先方の要望かもしれないし……」
「まあ、ようは分からないって事だね。今ここで相手が誰か推測するのはあまり意味ないかも」
「そうだね」
久遠とそう話をして確かにと頷く。
俺が勝手にそう口にしたのが悪かった。何か九郎の触れたくないところに触れてしまったのだろう。軽率な発言をした俺が悪いと思って九郎に謝ろうと口を開くがその前に九郎が首を振って制止した。
「いい。俺が過剰に反応しただけだ。ごめん」
「い、いや、俺が軽率な発言をしたのが悪いし」
「じゃあこの話は終わりな」
九郎がそう言って最後に俺の頭を撫でた。
俺は驚いて、それから自分も謝ろうとするが、その前に口元にまんじゅうを突っ込まれてしまいもぐもぐとそれを咀嚼する。
「俺が終わりだって言ったら終わり! で、どうするんだよ」
もぐもぐと俺はまんじゅうを食べるしかなく、完全に謝る機会を逃した。本当に良いのだろうかと九郎の様子を伺うとこっそり久遠がこういってきた。
「しーちゃんの気持ちは九郎ちゃんに伝わってると思うよ。だから大丈夫。今は、霞お姉ちゃんのこと考えよ」
そうなら良いが、確かにこの話をいつまでも引っ張って彼女に気まずい思いをさせる気はないので素直に頷くことにした。
「お前はどうしたいわけ?」
「どう、て?」
「だから、知らない人のところに嫁ぐのがいやだって言ってたけど、相手がわかれば良いのか、それともその婚姻自体なくしたいのか」
「……それは、分かんない」
霞さんはそう言ってうつむいた。
「お父さんもお母さんも凄く喜んでて、だから、それに応えたいとは思ってるの。でも、でも、相手が分からないなんて不安だし、それに、私……」
霞さんがそこでぐっと唇をかんで静かに九郎の手ぬぐいで目元を拭った。
そうか、まだ彼女は―――。
「なら、まず鉄二さんに告白したらどうでしょう」
俺がそう言うと霞さんは固まってそれから首を横に振った。
「い、いやよ。兄さんを困らせたくないもの」
「その気持ちも分かります。これは、僕の考えで自分勝手な我が儘なお願いです。今の貴方はきっとまだ鉄二さんが好きで諦められない。その状態で婚姻の話も出てきてきっと凄く疲弊しています。ならば、まず最初にその気持ちに区切りをつけましょう。告白して振られる。それはある種の気持ちの整理ではありませんか? 今言わなかったら、あのとき言えば良かったと後悔することはないと思います」
「それは、逆だってあり得るでしょう?」
「はい、でも、鉄二さんは誠実な方です。きっと貴方の気持ちに、言葉に、真剣に答えてくれます」
二度と伝えられない言葉を抱えるのは苦しいと思うから、機会があるならば言ってしまった方が良い。俺はそう思う。
だが、彼女の言うとおり言わなければ良かったと後悔してしまうかもしれない。
だから、判断は霞さんに委ねる。
そう思って彼女を見つめる。すると彼女は暫く考え込んだあとにすっと席を立った。
「少し、考えてみるわ」
「はい。協力できることがあればまた声をかけてください」
「……ありがとう。それから、一番はじめにいやな態度をとってしまってごめんなさい」
霞さんは深々と頭を下げてそして茶屋をあとにした。
それを見送って、余計なことを言ってしまっただろうかと少し後悔をしてしまう。
逆に選択肢を広げて戸惑わせたかも。
「すげえな。俺全然そこまで考えられなかったわ。情報を調べれば良いのか、破談にさせれば良いのかそれしか頭になかった」
「逆に困らせちゃったかもしれないけど……」
「気持ちの整理は大事だと思うよ。彼女自分で思っている以上に限界だと思うから」
「ありがとう、くーちゃん、九郎も」
二人がそう言ってくれるから少し気持ちが楽になった。
ともあれあとは、彼女の判断だ。そう思って今は残っているお菓子を食べることにした。
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