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「ここだ」
「こ、こ……」
大きな門だ。やはりそれなりの位があるひとだろうと思っていたが目の当たりにすると衝撃が大きい。怖じ気づく俺に九郎がお構いなしに門をたたいた。
「ごめんくださーい!」
「そ、そんな大きな声を出していいの……?」
「良いんだよ。じゃないと誰も気づかないし」
人の家に行く機会はあまりなかったのでおろおろしていると中から足音が聞こえてきてばんっと荒々しく扉が開いた。
「何のよう?」
出てきたのは女性である。九郎と同い年くらいに見えるが化粧をしていて気の強い印象を持つ。ふんっと鼻を鳴らす態度と腕組みも相まって気難しい女性のようだと俺は思った。
こんな人物に会うのは初めてではないので普通に受け答えをしようと思ったが、九郎は気に障ったらしい。
「おいお前! いきなりその態度は何だよ!」
「はあ? そっちこそ約束も何もないのに急に来て、出てやったことに感謝するべきでしょ?」
確かに約束もなしに訪ねたのは悪かった。しかし、落とし物を届けに来ただけだからそこは大目に見て欲しい。
「別にお前に会いに来たんじゃねーよ! 鉄二はどこだ! 鉄二を出せ!」
「お前みたいな礼儀のなってない男に鉄二兄さんを会わせるわけないじゃない!!」
兄さん?
興奮して口論を始める九郎を落ち着かせようとしたが、不意に彼女がそう言ったので思わず気がそれる。九郎も同じようで疑い深い目で彼女を見ていた。
「鉄二に妹がいたなんて聞いてねえんだけど」
「そりゃそうよ。私は従妹だもの」
「従妹ぉ?」
九郎がそう言うが彼女は胸を反らして誇らしげに話を続ける。
「そうよ。そして、鉄二兄さんの婚約者になるの」
「……はあっ!?」
「え!?」
これには九郎と一緒に俺も驚いてしまった。じゃあもしかして、この手ぬぐいの持ち主がこの人……? 着物の刺繍なども見て派手な物を好んでいそうだが、手ぬぐいは控えめなもの何だなと一瞬そう思うがはっと我に返る。それからじっと彼女を見て、なんともいえない気持ちになった。
手ぬぐいの素材は、今の彼女が来ているような上等な着物が手に入る家庭で使われるようなものではない。少しゴワゴワしていて、刺繍も巧妙なものではなかった。おそらく、自身で縫ったのだろうと考えられる。指先から頭の先まで綺麗に整えられている彼女が持っているようなものではないだろう。
それに、従妹ならば昨日今日で鉄二さんがあんな風になることは考えにくい。とはいえ、ほんのわずかな可能性もあり得ないことはないが……。
九郎が完全にこいつが鉄二さんの思い人か!?と固まっているのでどう言ってあげれば良いのかと困っていると彼女がくいっと顎を動かす。
「それで、何の用よ」
彼女の声に我に返った九郎が渋い顔をしながら唇をとがらせる。
「お前の―――」
「わー! ちょっちょっとまって九郎!」
彼女が一生懸命縫った手ぬぐいを届けに来たと言い出しそうで慌てて俺は九郎の言葉を遮りぐいぐい外に引っ張り出そうとする。突然の奇行に彼女が不機嫌そうに顔をしかめるが構うことはない。
恐らく、恐らくだが、今この手ぬぐいを彼女に渡せば火に油を注ぐ行為であると思われる。可能性は限りなく低いが楽観的に考えれば彼女の物だとも思えるが、俺の第六感がそうではないとささやいている。
ここは一度九郎にも話をした方が良いかもしれないと思い直し、別の機会にこれを渡そうと思っていたら「霞?」と見知った声が聞こえた。
今、この場で一番に会いたくなかったその人物の声だ。
「鉄二兄さん!」
俺たちと話すよりも大分高い声で彼の名前を呼ぶ彼女は中に入って彼に抱きついた。それを難なく受け止めて鉄二さんはそして俺たちを見た。
九郎が、わかりやすく表情を崩してしかめっ面になる。俺はだらだらと冷や汗を流していた。
今は、とても会いたくなかった!!
俺たちに気づいた鉄二さんが不思議そうな表情でこちらに近寄る。その間にも彼女は抱きついたままで、ちょっと久遠みたいとか思ってしまった。
「どうしたんですか? 何か問題でも?」
「兄さん、この人たちの知り合いなの?」
「ああそうだ。可愛い部下だよ」
「ふーん?」
若すぎる故かじろっと九郎を見た後に俺にも視線を寄越すが、すぐに鉄二さんに戻った。九郎が青筋を立てて睨み付けるが、こらえて鉄二さんに話をする。
「手ぬぐい置いてったから届けに来た」
「手ぬぐい……? いえ、私のは……」
鉄二さんが懐に手を入れていつも使っている自分の手ぬぐいを出す。しかし、次の瞬間さっと顔色を変えた。どうやら、落とした物を察したようだ。
これは、逃げられない!!
俺は恐る恐る懐から一枚の手ぬぐいを出す。するとぱっと鉄二さんが表情を変えてほっとしたような顔でそれを受け取った。
「ありがとうございます……。人から借りた物で……」
「へーへー、おあつ……」
「届けられてよかったです!! では俺たちはこれで!!」
九郎が余計なことを言いそうだったのですぐにそう言って九郎の手を掴み、頭を下げてその場を立ち去った。
九郎は驚いた表情であったが、俺に引っ張られるまま離れた通りまでやってくる。
俺は先ほどの彼女の表情を思い出しぎゅっと目をつぶる。
「た、大変なことになった……」
「何? どういうことだよ?」
概ね、俺の予想は当たっていたと言っておこう。
恐らく、彼女が鉄二さんに片思いをしていて婚約者云々は自称。そして鉄二さんは彼女を従妹で妹みたいとしか見ていないのは先ほどの行動でよく分かる。
それを踏まえて、鉄二さんの好きな人が手ぬぐいの人であり、ぼーとしてたのも恋煩い。並びに鉄二さんが手ぬぐいの人に恋しているかもと彼女が感づいた可能性がある。
そのことを九郎にあくまで予想だけどと言いつつ、話をすると「燕には話さない方が良い」と言われた。
俺も流石に話せない。
人の恋路に首を突っ込むと馬に蹴られるなんて言っているのを聞いたことがあるが本当にその通りだ。
俺と九郎はこれ以上関わるのはやめようとお互いにそう決めた。
このまま何もなければ良いけど……。
「こ、こ……」
大きな門だ。やはりそれなりの位があるひとだろうと思っていたが目の当たりにすると衝撃が大きい。怖じ気づく俺に九郎がお構いなしに門をたたいた。
「ごめんくださーい!」
「そ、そんな大きな声を出していいの……?」
「良いんだよ。じゃないと誰も気づかないし」
人の家に行く機会はあまりなかったのでおろおろしていると中から足音が聞こえてきてばんっと荒々しく扉が開いた。
「何のよう?」
出てきたのは女性である。九郎と同い年くらいに見えるが化粧をしていて気の強い印象を持つ。ふんっと鼻を鳴らす態度と腕組みも相まって気難しい女性のようだと俺は思った。
こんな人物に会うのは初めてではないので普通に受け答えをしようと思ったが、九郎は気に障ったらしい。
「おいお前! いきなりその態度は何だよ!」
「はあ? そっちこそ約束も何もないのに急に来て、出てやったことに感謝するべきでしょ?」
確かに約束もなしに訪ねたのは悪かった。しかし、落とし物を届けに来ただけだからそこは大目に見て欲しい。
「別にお前に会いに来たんじゃねーよ! 鉄二はどこだ! 鉄二を出せ!」
「お前みたいな礼儀のなってない男に鉄二兄さんを会わせるわけないじゃない!!」
兄さん?
興奮して口論を始める九郎を落ち着かせようとしたが、不意に彼女がそう言ったので思わず気がそれる。九郎も同じようで疑い深い目で彼女を見ていた。
「鉄二に妹がいたなんて聞いてねえんだけど」
「そりゃそうよ。私は従妹だもの」
「従妹ぉ?」
九郎がそう言うが彼女は胸を反らして誇らしげに話を続ける。
「そうよ。そして、鉄二兄さんの婚約者になるの」
「……はあっ!?」
「え!?」
これには九郎と一緒に俺も驚いてしまった。じゃあもしかして、この手ぬぐいの持ち主がこの人……? 着物の刺繍なども見て派手な物を好んでいそうだが、手ぬぐいは控えめなもの何だなと一瞬そう思うがはっと我に返る。それからじっと彼女を見て、なんともいえない気持ちになった。
手ぬぐいの素材は、今の彼女が来ているような上等な着物が手に入る家庭で使われるようなものではない。少しゴワゴワしていて、刺繍も巧妙なものではなかった。おそらく、自身で縫ったのだろうと考えられる。指先から頭の先まで綺麗に整えられている彼女が持っているようなものではないだろう。
それに、従妹ならば昨日今日で鉄二さんがあんな風になることは考えにくい。とはいえ、ほんのわずかな可能性もあり得ないことはないが……。
九郎が完全にこいつが鉄二さんの思い人か!?と固まっているのでどう言ってあげれば良いのかと困っていると彼女がくいっと顎を動かす。
「それで、何の用よ」
彼女の声に我に返った九郎が渋い顔をしながら唇をとがらせる。
「お前の―――」
「わー! ちょっちょっとまって九郎!」
彼女が一生懸命縫った手ぬぐいを届けに来たと言い出しそうで慌てて俺は九郎の言葉を遮りぐいぐい外に引っ張り出そうとする。突然の奇行に彼女が不機嫌そうに顔をしかめるが構うことはない。
恐らく、恐らくだが、今この手ぬぐいを彼女に渡せば火に油を注ぐ行為であると思われる。可能性は限りなく低いが楽観的に考えれば彼女の物だとも思えるが、俺の第六感がそうではないとささやいている。
ここは一度九郎にも話をした方が良いかもしれないと思い直し、別の機会にこれを渡そうと思っていたら「霞?」と見知った声が聞こえた。
今、この場で一番に会いたくなかったその人物の声だ。
「鉄二兄さん!」
俺たちと話すよりも大分高い声で彼の名前を呼ぶ彼女は中に入って彼に抱きついた。それを難なく受け止めて鉄二さんはそして俺たちを見た。
九郎が、わかりやすく表情を崩してしかめっ面になる。俺はだらだらと冷や汗を流していた。
今は、とても会いたくなかった!!
俺たちに気づいた鉄二さんが不思議そうな表情でこちらに近寄る。その間にも彼女は抱きついたままで、ちょっと久遠みたいとか思ってしまった。
「どうしたんですか? 何か問題でも?」
「兄さん、この人たちの知り合いなの?」
「ああそうだ。可愛い部下だよ」
「ふーん?」
若すぎる故かじろっと九郎を見た後に俺にも視線を寄越すが、すぐに鉄二さんに戻った。九郎が青筋を立てて睨み付けるが、こらえて鉄二さんに話をする。
「手ぬぐい置いてったから届けに来た」
「手ぬぐい……? いえ、私のは……」
鉄二さんが懐に手を入れていつも使っている自分の手ぬぐいを出す。しかし、次の瞬間さっと顔色を変えた。どうやら、落とした物を察したようだ。
これは、逃げられない!!
俺は恐る恐る懐から一枚の手ぬぐいを出す。するとぱっと鉄二さんが表情を変えてほっとしたような顔でそれを受け取った。
「ありがとうございます……。人から借りた物で……」
「へーへー、おあつ……」
「届けられてよかったです!! では俺たちはこれで!!」
九郎が余計なことを言いそうだったのですぐにそう言って九郎の手を掴み、頭を下げてその場を立ち去った。
九郎は驚いた表情であったが、俺に引っ張られるまま離れた通りまでやってくる。
俺は先ほどの彼女の表情を思い出しぎゅっと目をつぶる。
「た、大変なことになった……」
「何? どういうことだよ?」
概ね、俺の予想は当たっていたと言っておこう。
恐らく、彼女が鉄二さんに片思いをしていて婚約者云々は自称。そして鉄二さんは彼女を従妹で妹みたいとしか見ていないのは先ほどの行動でよく分かる。
それを踏まえて、鉄二さんの好きな人が手ぬぐいの人であり、ぼーとしてたのも恋煩い。並びに鉄二さんが手ぬぐいの人に恋しているかもと彼女が感づいた可能性がある。
そのことを九郎にあくまで予想だけどと言いつつ、話をすると「燕には話さない方が良い」と言われた。
俺も流石に話せない。
人の恋路に首を突っ込むと馬に蹴られるなんて言っているのを聞いたことがあるが本当にその通りだ。
俺と九郎はこれ以上関わるのはやめようとお互いにそう決めた。
このまま何もなければ良いけど……。
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