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(まあ、あれから見つかってないし、死んでるでしょ。気の毒なお兄様)



ふっと、理央は人知れずに笑みをこぼす。

思い出すのは、あの自分の兄がいなくなった日だ。

兄という存在は理央にとって単なる比較対象でしかなかった。それも、自分を優位に見せるための道具。

彼がそこにいるだけで、立派、綺麗、才能がある、などなど数え切れないほどの賛美が与えられる。

だから、別段理央は兄は兄のまま死んでいようが生きていようが関心はあまりなかった。



ただ、いるなら使うぐらいである。



しかし、その認識が変わったのはある日のことだ。

いつものように父が追い出して、いつものように戻ってきた彼に違和感を感じた。

いつもならば物乞いのように泣いて謝っていたのに、淡々とした表情でそこに佇んでいたのだ。

汚い格好で、上等な刀を持って、どこからどう見ても不自然な姿に理央はもしかしたらと考える。



―――この兄は誰かに庇護されていたのでは?



いつもならば都の外でひもじい思いをしながら暮らしていたはずだ。しかし土と草のような耐えがたい匂いはなく、上品な香の匂い、ボロ布を纏ってはいるが、髪には艶が見えた。そんな細かいところまでも理央は観察してこの兄は以前とは違うと感じ取ったのである。



―――もしかしたら、邪魔になるかもしれない。



一度芽生えた猜疑心は徐々に徐々に膨れ上がり、二度目。彼に疑いをかけた時を一と数えて、もう一度戻ってきた彼に確信した。



―――ああ、なんて綺麗な服を着ているのだろう。



切羽詰まってここに来たらしく、取り繕う暇もなかったのかはたまたそれを見せつけるために来たのか。

以前とは比べものにならないほど、健康的で人らしくなったそれが理央は心底気持ちが悪かった。

彼には死人のような顔で、青白く痩せているそんな姿がお似合いだ。



使用人たちは気づいていないが、服をよく見るととてもじゃないが理央が普段着のようにして使えるような物ではなかった。この目の前の人物はその価値も分かっていないだろうと思うと嘲笑できたが、それと同時に知らないのに着ている彼に腹が立った。



―――もしかしたら、それを着られたのは自分だったかもしれない!



そう考えたら言い知れない不快感を覚え、理央は半ば強引に持っていた仮面を彼に渡した。

彼が来ると予想はできていなかった。ならばどうして持っていたのかと言うと病床で伏せっているかんしゃく持ちの兄に渡されてしまったからだと言いふらすつもりだった。



道中、これを最初だけつけてよろけてみせれば周りの者は心配して声をかける。そして、兄からもらった物で……と口ごもれば不審に思った誰かが仮面を調べるだろう。



そこで、穴が一つもないその仮面にすぐに気づくはずだ。



それからの流れは簡単。理央の才能に嫉妬したろくでもない兄だと皆が勝手にわめきちらす。それを理央が必死に庇えば、なんて良い弟なのか!と感動と敬意を示してくれる。

兄というのはそういう使い道があるのだ。

だがしかし、今のように出しゃばってこなければという前提であるが。

とはいえ、その憂いも完全に消え去った。



傑作であった。

あの仮面をつけてもあまり転ばなかったのは、予想外だったが吹っ飛ばされて、大きな狼に追いかけられているその様は思い出すと笑えてくる。



なまくら一本で何ができるか。慈悲で刀を渡したが、早々に死んでいるだろう。



最期を見届けてあげられなかったのが非常に残念であるが、探りを入れても子供が都に入ったと言う情報は入ってこない。その時、商人とかちあったようだが、被害に遭って殺気立っていたので得体のしれない子供を匿う理由はない。

都の外に死体は野ざらし。

あの愚かで無能で思い上がった奴にはお似合いだ。



理央はぎゅっと自分の父親の手を握り、「早く帰りましょう、お父様」と甘えた声を出した。それに答えるようにして彼の父は握り返し笑顔を見せる。



「抱っこしようか? 理央」

「もう! 僕は5歳なので大丈夫です!」

「ははは、そうかそうか。じゃあ私が抱っこしたいんだがだめかな?」

「お父様がしたいならしょうがないですね!」



そうして、理央はご機嫌な父に抱えられて皇宮を後にする。



ふと、やはり何か大事なことを忘れているような気がしたが道中父に菓子を買ってもらってすっかり忘れてしまう。



























こうして、完全に彼らの記憶は改竄された。

そもそも、七宝の屋敷に特殊な術がかけられているというのに皇宮にそれがないと考える方がおかしな話である。

よって、彼らは口をそろえてこう言うのである。

新たな黒狗は若い男性で背が高く、恵比寿の当主様と互角に渡り合えるほど剣術に優れている、と。



だがしかし、例外も存在する。

それは、主に好印象を抱いた者のみ。

そして、その数は多くないと言っておこう。

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