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その視線から逃れるように目をそらそうとして、「あー!!!」と声が響く。



「くちゃもあちいく!」



はっとして声の方を見ると久遠が晴臣さんに抱えられて俺の方を指さしていた。



「ああ、だめですよ。あっちは行けません」

「やっ!」

「んー、ちょっと失礼しますね」

「あー!!! やー!!!」



晴臣さんが騒ぎ立てる久遠を抱えてどこかにいってしまう。その間も「いやー!!」と声を出していたが遠ざかっていった。はっとして帝様を見る。気分を害して久遠と晴臣さんに何か罰でも与えるのではないかと思ったが帝様は笑っていた。それから気を取り直してんんっと咳払いをする。



「皆、これから都を守るこの子をよろしく頼む」



そして、何事もなかったかのようにそう話をした。そのことにほっとしながらも彼の言葉に併せてもう一度頭を下げた。

そしてゆっくりと息を吐き、頭を上げてじろっと睨み付けた。

臆することはない。今の俺に彼らは手を出すことはできない。

だから、今は堂々とすればいいのだ。

それに今は、敵は彼らだけではないのだ。



「……」



予想通り、彼らは口を閉ざしている。そしてちらちらと周りに目配せをしていた。

口にしなくてもわかる。俺に不満があるということが。

すっと帝様の雰囲気が冷たくなる。



「なんだ? 不満があるならばいってみろ」

「では言わせていただきますが、その子供は一体どのような功績を挙げたのですか?」

「ほお? お前が一番に言うとは思わなかったぞ、恵比寿」



一番最初に進言したのは、恵比寿のご当主らしい。俺にとってはほぼ初対面に近い。やり直し前でも七宝選抜ぐらいしか見ていないが、忠誠心が高いのだろう。俺が七宝に選ばれたときとても反対していた覚えがある。



「申し訳ありません。しかし、帝様の身の回りにふさわしい者かどうか私どもではわかりませんので……」

「ああ、そうだなぁ。ならば試すか?」

「は?」

「こういうのは、体感した方がいいだろう? 用意しろ」

「はっ!」



帝様がそう言うと、九郎が返事をして手招きをする。俺を呼んでいるようで帝様に頭を下げつつ彼のところに向かうと自然と恵比寿の当主様の前に立つことになる。彼は俺を見定めるような目をしており、すっと俺は自然と背筋を伸ばす。



さすが、尊くんや拓海くんの父親だと思う。そんなことを思いながらちらっと彼らの方を向いてしまう。

あ、しまった。関係性を疑われるようなことをすれば俺だけじゃなくて彼らも巻き込んで追求されるかもしれない。そう思って慌てて目をそらす。気づいた人はいないと信じたい。



そんなことを思っていると九郎が俺に木刀を手渡ししてきた。もう一本は恵比寿のご当主様の手に渡る。



「帝様のご命令通り、うちの新入りの実力を体感したらいかがでしょう?」

「……わかりました。実力を測りますので、子供だろうが手加減はいたしません」

「ええ、もちろん。お互いに」



気のせいだろうか。九郎と恵比寿のご当主の間に火花が散っているように見える。

ひとまず、俺と恵比寿のご当主様は庭に出る。審判には九郎がついて俺と恵比寿のご当主様は木刀を構えた。



「では、模擬戦として二人の傷を肩代わりする人形をこちらに置きます。相手の人形を先に砕いた方が勝ちとします」

「はい」

「お願いします」



九郎に法術をかけてもらい、俺は彼を見据える。俺と彼の準備ができたと確認した九郎が、開始の合図を出した。



「それでは、はじめ!」



子供らしく、先制を仕掛ける。ここで警戒しても意味がない。ひとまず一撃は俺の怪力を見せる。地を蹴って上から下に木刀を振り下ろした。ごっと木刀らしからぬ音がして目の前の彼の表情が驚きに満ちる。



しかし―――。



「ふっ!」

「……」



恵比寿のご当主様はすぐに順応して反撃を仕掛けてきた。それを難なく受け止めてはじく。木刀を構え直し、姿勢を低くして走り出す。



「―――っ!」



肩を狙いたかったが、子供で背が低いので届かない。だからみぞおちを狙って切っ先を突き刺す。素早く恵比寿のご当主様は体をひねらせ、よけるが脇腹に突き刺さる。ぐっと苦悶の表情を浮かべた彼がぶんっと木刀を振り、距離をとろうとする。



その隙を逃がすほどお人好しではない。



ぐるんっと体を回転させ、追撃を仕掛ける。予想していたのだろう。恵比寿のご当主様は軽く体勢を崩しながらもどうにか応戦をした。

だから俺はそのまま体勢を崩すように攻撃の手を緩めない。

かんかんかんと怒濤の勢いで木刀の打ち合う音が響く。その間に俺の人形も軽くヒビが入った。とはいえ、俺もその分ご当主様に攻撃を当てている。



そろそろ終わらせるか……。



一度下がって大きく跳ぶ。真上からの攻撃に反射的にご当主様はそれを受けた。これが成人男性だったら避けていたであろう。今の俺は子供だからたいした重さもないからすぐに弾くことができると考えたはずだ。現に、木刀は真横でそのまま振りかぶろうと大きく足を開いていた。

だから俺はそうされないようにがっともう一方の手で先を持ち下へ下へと力を加える。



「っ!」



―――勝敗はついた。

がくんっと耐えきれずに彼が膝をついて木刀が手から滑る。俺はそのままの勢いで振り下ろすと、ぱんっと何かがはじける音がした。



「両者そこまで!」



九郎の声にふうっと息を吐き、素早く木刀を下げる。そしてぺこりと頭を下げた。



「ありがとうございました」



俺がそう言うと、ご当主様は緩く首を振った。



「いや、こちらこそ。実力を疑ってすまなかった」

「いいえ。私の年齢からしても疑って当然です」

「ん?」

「え?」



あれ?俺が子供だから疑っている訳ではないのか?

彼の反応に首をかしげると、じっと彼は俺を見つめた後に「差し支えなければ」と話し出す。



「ご年齢は……」

「6歳、だと」

「6!? て、てっきり背が低い男性かと……っ! いや、失礼! どうあれ、貴方はその地位にふさわしい実力をお持ちでした。帝様の真意に気づけなかった私の不徳です。申し訳ありません」

「いいえ。先ほども言いましたが、私のような小さく幼いものが帝様の直属の部下になると言われ、実力を疑うのは当然です。ですので、これ以上の謝罪は要りません」



きっぱりとそう答える。

大体にしてこの人はもう子供に負けたという屈辱を受けているはずだ。だから、謝罪をされるとは思わなかった。ずるをした、と言われるのではないかとてっきりそう思っていたから。

誠実な人、なのだろう。自分の非を認め、相手の実力を尊重できる人物。

だから、これ以上は不要だ。

それなのに、彼は深々と頭を下げた。俺の顔よりも深く。そしてすっと顔をあげる。



「これからよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」



そして握手を求められて俺は恐る恐るその手を取った。あ、この人剣だこがいっぱいだ。きっと剣術の稽古を欠かさず行っているんだろうな。

ひとまず、これで俺の実力を認めてもらえたと言うことでいいのだろうかと一安心する。



しかし安心するのはまだ早かった。



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