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誉
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「面をあげよ」
「はっ」
声がする。その声に従い、俺は震えながら顔をあげた。
御簾越しに人影が見え、俺の周りには黒い狗の面を被ったものがずらりと囲んでいる。少しでも無礼を働けば斬り殺されてしまうだろう。
緊張しながらすっとその人物に顔を向けて、ごくりとつばを飲み込んだ。
今俺の目の前にいるのは、この都で最も尊いお方、帝様である。
今朝方、俺は黒狗の一人に皇宮に来るようにと命令を受けてすぐさまやって来た。一人で行かせるのは心配だと途中までは叢雲さんと紫さんがいたのだが、今は別室で待ってもらっている。それもそのはず、帝様に呼ばれたのはきっとこの俺だけなのだから。
緊張で息が詰まる。気づかれないようにゆっくり息を吐くと笑い声がした。
「そんなに緊張することはない。取って食おうなど、思っていないぞ」
「は、はい!」
どうにか返事をするがふふふっと帝様が笑う。これは俺も笑った方がいいのだろうかと頬をひきつらせながらも口角をあげようとしてすっと御簾が少しだけ上にあがった。
「此度の活躍は聞いている」
「はっ、え?」
「福禄の次期当主を救ったそうだな」
「いえ! 私はたまたまその場に居合わせただけでございます!」
俺は慌ててそう口にした。
本当に偶然だし、そもそも俺だけの力ではない。だから俺は頭を下げながらそう言うとまたしても帝は笑った。
「謙遜もいいが、過ぎると毒だぞ? それとも、私の判断が間違いだと言いたいのか?」
「そのようなことは!!」
「そうかそうか、では受け取ってくれるな?」
「勿論でございます!!」
勢いのままそう答えるとすっと帝様が何かをこちらに押し出した。それを近くに控えている黒狗の人が受け取り、俺の前に置く。
俺はそこに置いてあるものに息を飲んだ。
「あ、の、これは……」
「貴殿の働きを認め、黒狗に任命する」
「―――っ!!」
黒い狗の仮面。
帝直属の部下になるとすれば誰もが羨む栄転である。
同時に、俺が貰うには余りにも重すぎる褒美である。
「いつまで経ってもお前は私の褒美を使わないからな」
「そ、れは……」
「責めているわけではないぞ。ゆっくり考えて使うといい」
「は、はい……」
帝様が話しているというだけで一つ一つの重みが違う。
震えあがりながらどうにかそう答えていると帝様がまた言葉を発した。
「それで、要らぬか?」
「あ、ありがたく頂戴いたします……」
「そうかそうか。では新たな門出を祝い、今からお披露目と行こうか」
「は、い……?」
そしてあれよあれよと隊服に着替えさせられ、俺はお面を被り、他の黒狗の人に連れられて俺は昨日そーちゃんがいっていた集まりに参加することになった。
「よく似合っている」
「お、恐れ入ります……」
着替えて出てきた俺に帝様がそう声をかける。もしや、ずっとここにいて俺を待っていたのだろうかと思ったら慌てて近づいて頭を下げる。そんな俺に笑った帝様は翻して俺に背を向け歩き出した。
「行くよ。皆もう集まっているだろうから」
「あ……」
帝様の命には逆らえない。
でも、今ここで俺があそこに足を踏み入れたら多大な迷惑をかけるのは目に見えていた。
毘沙門家がいないはずがない。
弟に当主様。顔を隠しているとはいえ、声や容姿で分かってしまうだろう。毘沙門家の長男で、法術のつかえない子供だと分かったらその場にいる俺のお友達はどう思うだろうか。
想像してしまって、足がすくんで動けない。
すると、そんな俺に誰かが自然に手を取って上を向かせた。
「え……」
「何立ち止まってんだよ。行くぞしーちゃん」
「く、九郎!?」
そこには同じく隊服を着ていた九郎がいた。お面は額の上に置いてちゃんとかぶっていないので彼の顔がよく見える。無事だった。そう思ったが彼のもう片方の腕がない事に気が付いた。
「う、うで、が……」
「ん? あ! これしーちゃんが斬ったからじゃないからな!? だいぶ前に無くなってた奴で、俺がへましただけ」
嘘だ。
あの時、俺が弟と一緒に妖魔退治をしたときに俺を助けようとして無くなったもの。だから九郎が下手をうったわけではない。
それに、それに、今までずっと俺が誰なのか分かっていながらこの人は―――。
「今度は、見捨てて。お願いだから……」
嘘をついて本当の自分を隠している卑怯者の俺を助ける必要はない。そのせいで、九郎が傷つくのはもっと嫌だ。ぎゅうっと胸が苦しくなって涙がこぼれそうになる。ぐっとどうにか唇を噛んで堪える。すると九郎がぽんっと俺の頭を優しく撫でた。
「俺は友達を見捨てることはしない。例え、危険にさらされても俺は同じことをする。だって、大事なものは守りたい。しーちゃんもそうだろ?」
大事なもの。
それに俺も入っているのだろうか。入っているから助けてくれたのだろうか。
「お、俺は、今まで、嘘を……」
「黙っていただけで、嘘はついてないだろ?」
「そんなことない」
嫌われたくないから黙っていた。嘘をついた。それは変わらない事実だ。
「俺は嘘つかれても別に嫌いにならない。しーちゃんは、俺が嘘ついてたら嫌いになるのか?」
「嫌いになるわけない!」
「俺も」
九郎が微笑んだ。
久遠以外で出来たお友達。耐え切れなくてぼろぼろと涙がこぼれてしまった。
怖い。お友達に嫌われてしまうのが怖い。
特に、やり直し前で俺をよく思っていない彼らがまた同じような目で俺を見たらと思うと辛い。
「でも、皆がそうだとは、かぎらない、し……っ」
「そうだな。でも、しーちゃんが思っているよりもしーちゃんは好かれてると俺は思う。俺がしーちゃんを好きなように」
「俺は、俺は……」
そんなに好かれるような人間じゃない。弟のようにかわいくないし、笑顔もうまくない、法術も使えない役立たずだし、多分ずっと誰かが一緒にいてくれることはない。
それに俺は、まだ、まだ弟の前で平静を保てる自信がない。
「しーちゃん、俺も隣にいるから」
「え……」
「いやな奴はぶん殴る」
「そ、それは……」
ぶんっと素振りをする九郎に慌てて首を振ると少し力を入れた九郎が俺の手を引っ張った。
「大丈夫。一人で立つ必要はない。だから、ほら。堂々と、帝に選ばれたんだって見せつけてやれ」
そう言って、九郎が手を引くと一歩自然と足が出た。そのまま引っ張られるように二歩、三歩と足が進む。
九郎に手を引っ張られながら、歩く。日の光に照らされて、金色の髪が揺れる。
俺は、その光景を見たことがある。
―――お兄様。ぐずぐずしていないでとっとと来る!貴方が、私たちの一番なのですから。しゃんとして、堂々と!
そうだ、九郎の顔、は―――?
ばつんっと何かが切れたような音がしてはっとする。今自分が何を思っていたのか分からずに慌てて前を見た。
なんだか、とても懐かしいものを見た気がしたが、心当たりが全くない。
また俺は変な夢でも見ているのだろうか。こんな時に何を呑気な、と思わず苦笑してしまう。
すると、手を引いていた九郎がぴたりと止まった。そこには帝様がいて手招きをしている。
「お、あそこだ。もうみんな集まってるみたいだからとっとと入ろうぜ」
「うん」
でも不思議と、不安は吹き飛んだ。
「はっ」
声がする。その声に従い、俺は震えながら顔をあげた。
御簾越しに人影が見え、俺の周りには黒い狗の面を被ったものがずらりと囲んでいる。少しでも無礼を働けば斬り殺されてしまうだろう。
緊張しながらすっとその人物に顔を向けて、ごくりとつばを飲み込んだ。
今俺の目の前にいるのは、この都で最も尊いお方、帝様である。
今朝方、俺は黒狗の一人に皇宮に来るようにと命令を受けてすぐさまやって来た。一人で行かせるのは心配だと途中までは叢雲さんと紫さんがいたのだが、今は別室で待ってもらっている。それもそのはず、帝様に呼ばれたのはきっとこの俺だけなのだから。
緊張で息が詰まる。気づかれないようにゆっくり息を吐くと笑い声がした。
「そんなに緊張することはない。取って食おうなど、思っていないぞ」
「は、はい!」
どうにか返事をするがふふふっと帝様が笑う。これは俺も笑った方がいいのだろうかと頬をひきつらせながらも口角をあげようとしてすっと御簾が少しだけ上にあがった。
「此度の活躍は聞いている」
「はっ、え?」
「福禄の次期当主を救ったそうだな」
「いえ! 私はたまたまその場に居合わせただけでございます!」
俺は慌ててそう口にした。
本当に偶然だし、そもそも俺だけの力ではない。だから俺は頭を下げながらそう言うとまたしても帝は笑った。
「謙遜もいいが、過ぎると毒だぞ? それとも、私の判断が間違いだと言いたいのか?」
「そのようなことは!!」
「そうかそうか、では受け取ってくれるな?」
「勿論でございます!!」
勢いのままそう答えるとすっと帝様が何かをこちらに押し出した。それを近くに控えている黒狗の人が受け取り、俺の前に置く。
俺はそこに置いてあるものに息を飲んだ。
「あ、の、これは……」
「貴殿の働きを認め、黒狗に任命する」
「―――っ!!」
黒い狗の仮面。
帝直属の部下になるとすれば誰もが羨む栄転である。
同時に、俺が貰うには余りにも重すぎる褒美である。
「いつまで経ってもお前は私の褒美を使わないからな」
「そ、れは……」
「責めているわけではないぞ。ゆっくり考えて使うといい」
「は、はい……」
帝様が話しているというだけで一つ一つの重みが違う。
震えあがりながらどうにかそう答えていると帝様がまた言葉を発した。
「それで、要らぬか?」
「あ、ありがたく頂戴いたします……」
「そうかそうか。では新たな門出を祝い、今からお披露目と行こうか」
「は、い……?」
そしてあれよあれよと隊服に着替えさせられ、俺はお面を被り、他の黒狗の人に連れられて俺は昨日そーちゃんがいっていた集まりに参加することになった。
「よく似合っている」
「お、恐れ入ります……」
着替えて出てきた俺に帝様がそう声をかける。もしや、ずっとここにいて俺を待っていたのだろうかと思ったら慌てて近づいて頭を下げる。そんな俺に笑った帝様は翻して俺に背を向け歩き出した。
「行くよ。皆もう集まっているだろうから」
「あ……」
帝様の命には逆らえない。
でも、今ここで俺があそこに足を踏み入れたら多大な迷惑をかけるのは目に見えていた。
毘沙門家がいないはずがない。
弟に当主様。顔を隠しているとはいえ、声や容姿で分かってしまうだろう。毘沙門家の長男で、法術のつかえない子供だと分かったらその場にいる俺のお友達はどう思うだろうか。
想像してしまって、足がすくんで動けない。
すると、そんな俺に誰かが自然に手を取って上を向かせた。
「え……」
「何立ち止まってんだよ。行くぞしーちゃん」
「く、九郎!?」
そこには同じく隊服を着ていた九郎がいた。お面は額の上に置いてちゃんとかぶっていないので彼の顔がよく見える。無事だった。そう思ったが彼のもう片方の腕がない事に気が付いた。
「う、うで、が……」
「ん? あ! これしーちゃんが斬ったからじゃないからな!? だいぶ前に無くなってた奴で、俺がへましただけ」
嘘だ。
あの時、俺が弟と一緒に妖魔退治をしたときに俺を助けようとして無くなったもの。だから九郎が下手をうったわけではない。
それに、それに、今までずっと俺が誰なのか分かっていながらこの人は―――。
「今度は、見捨てて。お願いだから……」
嘘をついて本当の自分を隠している卑怯者の俺を助ける必要はない。そのせいで、九郎が傷つくのはもっと嫌だ。ぎゅうっと胸が苦しくなって涙がこぼれそうになる。ぐっとどうにか唇を噛んで堪える。すると九郎がぽんっと俺の頭を優しく撫でた。
「俺は友達を見捨てることはしない。例え、危険にさらされても俺は同じことをする。だって、大事なものは守りたい。しーちゃんもそうだろ?」
大事なもの。
それに俺も入っているのだろうか。入っているから助けてくれたのだろうか。
「お、俺は、今まで、嘘を……」
「黙っていただけで、嘘はついてないだろ?」
「そんなことない」
嫌われたくないから黙っていた。嘘をついた。それは変わらない事実だ。
「俺は嘘つかれても別に嫌いにならない。しーちゃんは、俺が嘘ついてたら嫌いになるのか?」
「嫌いになるわけない!」
「俺も」
九郎が微笑んだ。
久遠以外で出来たお友達。耐え切れなくてぼろぼろと涙がこぼれてしまった。
怖い。お友達に嫌われてしまうのが怖い。
特に、やり直し前で俺をよく思っていない彼らがまた同じような目で俺を見たらと思うと辛い。
「でも、皆がそうだとは、かぎらない、し……っ」
「そうだな。でも、しーちゃんが思っているよりもしーちゃんは好かれてると俺は思う。俺がしーちゃんを好きなように」
「俺は、俺は……」
そんなに好かれるような人間じゃない。弟のようにかわいくないし、笑顔もうまくない、法術も使えない役立たずだし、多分ずっと誰かが一緒にいてくれることはない。
それに俺は、まだ、まだ弟の前で平静を保てる自信がない。
「しーちゃん、俺も隣にいるから」
「え……」
「いやな奴はぶん殴る」
「そ、それは……」
ぶんっと素振りをする九郎に慌てて首を振ると少し力を入れた九郎が俺の手を引っ張った。
「大丈夫。一人で立つ必要はない。だから、ほら。堂々と、帝に選ばれたんだって見せつけてやれ」
そう言って、九郎が手を引くと一歩自然と足が出た。そのまま引っ張られるように二歩、三歩と足が進む。
九郎に手を引っ張られながら、歩く。日の光に照らされて、金色の髪が揺れる。
俺は、その光景を見たことがある。
―――お兄様。ぐずぐずしていないでとっとと来る!貴方が、私たちの一番なのですから。しゃんとして、堂々と!
そうだ、九郎の顔、は―――?
ばつんっと何かが切れたような音がしてはっとする。今自分が何を思っていたのか分からずに慌てて前を見た。
なんだか、とても懐かしいものを見た気がしたが、心当たりが全くない。
また俺は変な夢でも見ているのだろうか。こんな時に何を呑気な、と思わず苦笑してしまう。
すると、手を引いていた九郎がぴたりと止まった。そこには帝様がいて手招きをしている。
「お、あそこだ。もうみんな集まってるみたいだからとっとと入ろうぜ」
「うん」
でも不思議と、不安は吹き飛んだ。
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