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しおりを挟む「一先ず、帰ろう。しーちゃん」
「あ……」
そう言って手を伸ばした久臣さん。それを手に取ることは躊躇われてちらりと落ちている死体を見る。
一つは九郎だったもの、もう一つは梓さんだったもの。何かの法術にかかっていたのは確かだが何も分からないままここを立ち去りたくないので素直に手を取ることができない。その視線に気づいた久臣さんが、そちらを見て首を傾げる。
「あの子が気になるの?」
「はい、梓さんもだし九郎も……」
「? なんで九郎が出てくるの?」
「あっちの、腕を斬った方の死体が九郎に見えてたので」
「え?」
俺の言葉にすっと瑠衣お兄ちゃんがその死体を確認する。それから落ちている腕を拾って久臣さんに渡した。久臣さんはそれを見た後に成程っと呟く。
「九郎の確認して」
「はい」
すっと瑠衣お兄ちゃんが消えてしまう。それからもう一度俺の方を見た。彼は腰を屈めていつものように俺と同じ視線になって話をしてくれる。
「もう一人の、あずささん?ってどの子かな?」
「え?た、多分福禄の分家の方、かと……」
「福禄……」
久臣さんがそう呟くともう一枚紙を出して飛ばす。かなり手慣れているような気がする。人に指示を出すのに慣れているようだ。
もしかして、久臣さんって黒狗の中でも割と高い位置にいる……?
いや、それとも、もしかして―――。
「しーちゃん」
「!」
不意に呼ばれてそちらの方に意識が向く。俺を呼んだのは叢雲さんだ。彼は心配そうに俺を見ている。
「怪我はない?」
「はい」
軽く切り傷やらがあったが、もうすでに治っている。だから無傷だと言ってもいいだろう。彼の言葉にそう頷きながら答えるとほっとしたように胸をなでおろした。
「しーちゃんは俺と違うから心配した。いや、俺と同じだったら大惨事だったけど……」
「……?」
叢雲さんの言葉に少し引っ掛かりを覚える。それからふわりと笑顔を見せてくれた。
「兎に角、君が無事でよかった。あと、勝手なことしてごめんね。君だったら都までたどり着けると思って……。何があったの?」
「あ、いえ、外套の男性・・がいて……」
「え?」
「え?」
叢雲さんと話をしていると軽く話を聞いていた久臣さんがそう言った。彼の言葉に何かおかしなことを言っただろうかと首を傾げながらそう言うと久臣さんもまた同じように首を傾げる。
「俺、全く分かんなかった。男だった?」
「はい、体格とか……」
顔は見えなくて、確かに外套で体型も隠れていたがあんなに近づかれればさすがにそれぐらいは分かる。
だから男だと今なら断言出来た。
「外套の人?もしかしてこの前しーちゃん連れ去ろうとした人かも……」
「え……?」
叢雲さんがそう口にして今度は俺の方が驚く。そんな場面遭っただろうか?思い出してみるが、あの家から外に出た記憶はない。
じゃあ、考えられる事といえば……。
「どういうこと?お前、この子を危険にさらしていたの?」
「あ、ま、待ってください久臣さん!!」
久臣さんが叢雲さんに迫ってきたので慌てて間に入る。
俺の予想ではあの時だ。
多分、叢雲さんに保護されるとき。大きな妖魔を倒した後は気を失っていたので全く覚えていない。助けられたとは思っていたが、まさか先ほどの男に連れ去られそうになっていたとは……。今度は都の外で気絶しないようにしよう。
そう思うが、どう弁明すればいいのか。
あの中にいた子供といえば限られている。というか、俺と弟しかいない。従者と弟は説明していたがそれをどこまで信じて貰えるか分からないし、そもそも、子供の従者がいたこと自体なかったことになっている可能性もある。
だから、入っては良いがどう説明すればいいのか分からずに口ごもるとすかさず叢雲さんが声をあげた。
「毘沙門様の妖魔退治の時ですよ。その時に用心棒で商人の荷物守ってて、ていうか!こっちはいついつ帰るって提示してんのに派手にやりやがって!こっちは大変迷惑でした!!」
「あ、ああうん。それはこっちの責任だ済まない。だから被害などの補償はした」
「そうですね!でもこっちは本当に大変で!四方から狼は来るわ、その妖魔退治に来たであろう奴らはこっちに逃げてくるわ、役立たずの烏合の衆で!ほんと!俺がいかなかったら金髪の彼も―――」
そこで叢雲さんがはっとしてばっと口を抑える。
金、金色。あの場にいたその髪の色のものは一人だ。
「九郎がどうかしたんですか!?」
「え?嘘知り合い……?」
「俺の友達です!!」
「とも、だち……」
叢雲さんがあーっと凄く困った顔をしている。彼の反応にさーっと顔を青くして最悪の事態を想定した。
「ま、まさか、し……」
「死んでない!片腕どっかに行ってたけど死んでないよ!!ああ、でもそうか。友達だからしーちゃんのこと助けに行こうとしてて、治療しないでずっと法術使ってたよ。多分式神かな?彼の案内のお陰でしーちゃんに会ってそのまま……」
その後の展開は分かったけれど、それでなんで九郎が死んでないって断言できるのだろうか。多分、まだ話していない部分がある。
本当はもっと詳しく聞きたいが、彼がますます困った顔をした。それを見て追及するのはやめた。俺の表情に何かを察したのか叢雲さんがぎゅっと俺を抱きしめた。
「まあ、ほら生きてるって!そうですよね?」
「うん、生きてるよ」
そう言った久臣さんの肩に一羽の鳥が止まった。その鳥には見覚えがある。
「ほら、これ九郎の式神。さっきこれを目にして燕が矢を打ったのかな。助かったけど、しーちゃんに当たるところだったから後で鉄二に叱って貰おう」
「よ、よかった……っ」
そんな事になっていたなんて露ほどにも思っていなかった。まさか片腕を失っているなんて。生きていて本当に良かった……!
思わず泣きそうになってぐっと堪える。すると九郎の式神が久臣さんの肩から俺の方に移動する。そして頬ずりをするようにすり寄ってきた。その子を軽く撫でていると、久臣さんの元にまた何かが飛んできた。今度は蝶だ。それは久臣さんの目の前で姿を変えて一枚の紙になる。
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