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いない。
いない。
何処にもいない。
消えた。
死んだ。
燃え尽きた。
どれが誰か分からず、ただ黒い塊となってそこにある。
あれは、大事なものだった。
男にとっての大事な人だった。
叫び声すら上げられず、呆然とその光景を見て崩れ落ちた。
「お、れが、おれの、せい……」
かつて、過去に吐いた言葉が漏れる。
やはり己のせいだった。
やはり自分が起こした惨劇だった。
ふらりふらりと足を運びながら、ふと子供の死体がない事に気が付く。
無口で、あまりしゃべらなくて、貴方に似ている。兄さんによく似ていると言われていたあの子がいなかった。
かつて、無口でよく無表情だった男は今では自然に笑みを浮かべ、明るくおしゃべりなのでそれしか知らない者たちはいっせいに首を傾げたが、男は恥ずかしくてなんでそんなところが似てしまったんだと嘆いた。
こんな性格の子供は好かれないだろうと心配した。
そう言うと二人はそろって笑って、男と同じだから大丈夫と言葉を紡いだのを思い出す。
ああ、まだ、生きている。
そんな大事な人で大事な家族がまだ生きている。
「ど、こ、どこに……」
探し出して、見つけ出して、より安全な場所に。
自分にはまだやるべきことがあって――――。
―――やるべきことって?彼女たち以上に優先すべきものなんてある?
「あ、あ、無理だ―――」
無理だ。
この気持ちを抑えることなど無理だ。
殺してやる。
男の大事な人を、大事な家族を奪ったやつらに復讐を。
男の大事な人で大事な家族が生きていようとも、男は我慢ならなかった。
探し出して、見つけ出して、より残虐に、より残酷に。
同じ目に遭わせるだけでは飽き足らず、一族郎党鏖。
一族どころか、関係者を全員血祭りに。
お前もそいつも全員地獄に送ってやろう。
男は笑って、刀を手に取る。
さて、はて、男が最初に殺したのはとりあえず手近にいた護衛だった。
そう、役に立たない護衛たち。
からからからと笑い声をあげながら、「帝様がご乱心だ!」なんて情けない声をあげて逃げ惑う。
逃がすか。逃がすものか。
男の大事なものを守れずおめおめと自分の前に現れた無能共。
何が奥方様は、妖魔に捕まり死んでしまいました、だ。
何が私共は晴臣さまをお守りしようとしましたが力及ばず、だ。
どうして生きてるお前たち。
役目を果たせない者は要らない。
そら死ね。
消えろ。
いなくなれ。
どうせここは都の外。
妖魔に殺されてしまいました、はいそれで話は終わり。
どんな死に方をしようとも、そういう妖魔が現れた。
泣く泣く男が語ってしまえば、首を垂れるだけの有象無象は残念な話です、と一言でおしまい。
ああ、なんて滑稽な話だろうか。
ああ、こんな都をどうして守らねばいけないのか。
ああ、ああ、こんな都、早く、滅んでしまえばいいのに。
***
「しーちゃん……?」
そんな男に希望が見えた。
そんな男に終わりが見えた。
さあ、その人物は誰だ。
言え。
こんな都の外にいるような者なんて、どうせろくでもない人物に違いない。
随分、これ・・がなついているようだが男の目まではごまかせない。
―――口を閉ざされた。
何も言わない。目を合わせない。
ずっと様子を見ていれば、男を覚えていないのが簡単に分かるのに、些細なことだと男は無視した。
詰め寄る男に誰かが怒鳴る。制止する。
こいつ誰だっけ?
男はそれを安全な場所に隠してから面倒なそれを殺した。
ああ、そうだ。護衛だった。
わりと長い付き合いだったけれど、まあ、二人には及ばない。
しーちゃん、という名前だけで男は誰か突き止めた。
そも、都の外で活動している者なんて物珍しくてすぐに調べ上げることが出来た。
子供だ。
小さな子供。
それだけだったら、男の興味関心はきれいさっぱり無くなって次を探しただろう。
いや、それの記憶を引っ張り出そうと連れ込んで仲良く飼ってあげただろう。
しかし、それは世にも珍しい毘沙門の子供だった。
―――七宝の一つ毘沙門の一族には数百年に一度凄い力を持った男の子が必ず生まれるらしい。持って生まれた剣術は、子どもであろうとも大人に勝てるほど強く、己の持つ強靭な肉体は、自身の精神が続く限り再生する。
―――いわば、妖魔を倒すだけの生物兵器。毘沙門の一族は、数百年に一回、都の最強守護者が生まれる。
男は、それを誰から聞いたか思い出せなかったが、情報として思い出した。
都の外で暮らせている毘沙門の子供。
条件はぴったり当てはまる。
さあさあ、男の復讐劇の終幕だ。
確たる証拠がなかろうと、やっていなくても関係ない。
狂った男にとって、そんな事はどうでもいい。
終わらせる。
終わらせたい。
全て、全部、早く、すぐに、死んでしまいたいから。
だから男は刀を持って彼を殺しに行くのである。
「―――あ」
そうして、愚かな男の話はこれで終わり。
かつて、誰に救われたのか忘れたまま、大事な人で大事な家族が頼んだそれが、心臓を一刺し。
それで終わった過去の話。
いない。
何処にもいない。
消えた。
死んだ。
燃え尽きた。
どれが誰か分からず、ただ黒い塊となってそこにある。
あれは、大事なものだった。
男にとっての大事な人だった。
叫び声すら上げられず、呆然とその光景を見て崩れ落ちた。
「お、れが、おれの、せい……」
かつて、過去に吐いた言葉が漏れる。
やはり己のせいだった。
やはり自分が起こした惨劇だった。
ふらりふらりと足を運びながら、ふと子供の死体がない事に気が付く。
無口で、あまりしゃべらなくて、貴方に似ている。兄さんによく似ていると言われていたあの子がいなかった。
かつて、無口でよく無表情だった男は今では自然に笑みを浮かべ、明るくおしゃべりなのでそれしか知らない者たちはいっせいに首を傾げたが、男は恥ずかしくてなんでそんなところが似てしまったんだと嘆いた。
こんな性格の子供は好かれないだろうと心配した。
そう言うと二人はそろって笑って、男と同じだから大丈夫と言葉を紡いだのを思い出す。
ああ、まだ、生きている。
そんな大事な人で大事な家族がまだ生きている。
「ど、こ、どこに……」
探し出して、見つけ出して、より安全な場所に。
自分にはまだやるべきことがあって――――。
―――やるべきことって?彼女たち以上に優先すべきものなんてある?
「あ、あ、無理だ―――」
無理だ。
この気持ちを抑えることなど無理だ。
殺してやる。
男の大事な人を、大事な家族を奪ったやつらに復讐を。
男の大事な人で大事な家族が生きていようとも、男は我慢ならなかった。
探し出して、見つけ出して、より残虐に、より残酷に。
同じ目に遭わせるだけでは飽き足らず、一族郎党鏖。
一族どころか、関係者を全員血祭りに。
お前もそいつも全員地獄に送ってやろう。
男は笑って、刀を手に取る。
さて、はて、男が最初に殺したのはとりあえず手近にいた護衛だった。
そう、役に立たない護衛たち。
からからからと笑い声をあげながら、「帝様がご乱心だ!」なんて情けない声をあげて逃げ惑う。
逃がすか。逃がすものか。
男の大事なものを守れずおめおめと自分の前に現れた無能共。
何が奥方様は、妖魔に捕まり死んでしまいました、だ。
何が私共は晴臣さまをお守りしようとしましたが力及ばず、だ。
どうして生きてるお前たち。
役目を果たせない者は要らない。
そら死ね。
消えろ。
いなくなれ。
どうせここは都の外。
妖魔に殺されてしまいました、はいそれで話は終わり。
どんな死に方をしようとも、そういう妖魔が現れた。
泣く泣く男が語ってしまえば、首を垂れるだけの有象無象は残念な話です、と一言でおしまい。
ああ、なんて滑稽な話だろうか。
ああ、こんな都をどうして守らねばいけないのか。
ああ、ああ、こんな都、早く、滅んでしまえばいいのに。
***
「しーちゃん……?」
そんな男に希望が見えた。
そんな男に終わりが見えた。
さあ、その人物は誰だ。
言え。
こんな都の外にいるような者なんて、どうせろくでもない人物に違いない。
随分、これ・・がなついているようだが男の目まではごまかせない。
―――口を閉ざされた。
何も言わない。目を合わせない。
ずっと様子を見ていれば、男を覚えていないのが簡単に分かるのに、些細なことだと男は無視した。
詰め寄る男に誰かが怒鳴る。制止する。
こいつ誰だっけ?
男はそれを安全な場所に隠してから面倒なそれを殺した。
ああ、そうだ。護衛だった。
わりと長い付き合いだったけれど、まあ、二人には及ばない。
しーちゃん、という名前だけで男は誰か突き止めた。
そも、都の外で活動している者なんて物珍しくてすぐに調べ上げることが出来た。
子供だ。
小さな子供。
それだけだったら、男の興味関心はきれいさっぱり無くなって次を探しただろう。
いや、それの記憶を引っ張り出そうと連れ込んで仲良く飼ってあげただろう。
しかし、それは世にも珍しい毘沙門の子供だった。
―――七宝の一つ毘沙門の一族には数百年に一度凄い力を持った男の子が必ず生まれるらしい。持って生まれた剣術は、子どもであろうとも大人に勝てるほど強く、己の持つ強靭な肉体は、自身の精神が続く限り再生する。
―――いわば、妖魔を倒すだけの生物兵器。毘沙門の一族は、数百年に一回、都の最強守護者が生まれる。
男は、それを誰から聞いたか思い出せなかったが、情報として思い出した。
都の外で暮らせている毘沙門の子供。
条件はぴったり当てはまる。
さあさあ、男の復讐劇の終幕だ。
確たる証拠がなかろうと、やっていなくても関係ない。
狂った男にとって、そんな事はどうでもいい。
終わらせる。
終わらせたい。
全て、全部、早く、すぐに、死んでしまいたいから。
だから男は刀を持って彼を殺しに行くのである。
「―――あ」
そうして、愚かな男の話はこれで終わり。
かつて、誰に救われたのか忘れたまま、大事な人で大事な家族が頼んだそれが、心臓を一刺し。
それで終わった過去の話。
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