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「ひ、らけ……っ」



男は懸命に扉に攻撃を仕掛ける。段々自分の思考が鈍ってきて、視界がぼやける。ここにいるだけで何か、法術の影響を受けているのは明白だった。

今の状態をいつまで保てるか分からない。それはつまり、この二人に手をかけて殺すということ。



ぞっとした。



男はそんな事をするぐらいなら死んだほうがましだった。

だから、男は足元を見ることはない。

先ほどまで、人のうめき声だったのに今は聞いたことのない動物の声だ。男はそれを見たら殺してしまうと直感していた。



鉄さびの臭い。

弱弱しい呼吸音。



「た、すけ……て……」



誰か、誰でもいい。



男は初めてその言葉を口にした。

男は初めてそう思った。

別段、今まで不幸だと思ったこともなかったし、助けてほしいとも思ったこともなかった。

自分のことはどうでもよかった。

自分がどうなろうとも構わなかった。

それと同時に自分と一緒に誰が死のうが不幸になろうが全く関心がなかった。

でも、この二人を道連れにするようなことは男には出来ない。



「ああああああああああああっ!!」



扉を叩いて男は叫ぶ。

開け、開けろ。

誰か―――。



「誰かいるの?ちょっとどいて」



ふ、と誰かの声が聞こえた。

それと同時に外側から衝撃で扉が少しきしむ。はっとして男は慌ててそこから離れると扉が真っ二つに斬られた。

まばゆい光に男は一瞬目をつぶると真横を何かが横切った。いや、何かが打ち捨てられた。



「これ、貰うね」

「え……?」



外から誰かが入ってきた。

そっと男の懐から札を持った誰か。



はっとして振り返った男はふと初めに投げられたそれに目がいった。



見たことのある着物を着ている女だ。

それが誰なのか男はすぐに予想がついたがふいっと目を逸らし弟と少女を抱える。



あんなものはどうでもいい。

それよりも自分が傷つけた彼らを助けなければ!

男が二人を抱えて外に出る。それと同時にばたんっと背後で扉が閉まる音がした。



「は……?」



先ほど真っ二つに斬られた扉は無くなって壁がそこにあった。男は先ほど入っていった彼が気がかりであったが、それよりも目の前の二人の方が先であった。

法術が使えるようになり、治療をする。傷は塞がり、血も止まったが男はぐっと唇を噛む。

致命傷に近い傷だった。



自分がいかに躊躇いなく殺しにかかったのがよく分かる。謝って済む問題でもなく、だからといってどのように償えばいいのかも分からずただ男は呆然とした。



「ごめん、なさい……」



頭ではわかっているのに男の口からはそんな言葉が漏れる。

ごめんなさい、ごめんなさいと男は必死で謝った。

何度目かの謝罪を口にしたとき、「こ、いろ、さん……?」と少女の声が聞こえた。

男はばっと少女の方を見た。ゆっくりと瞼が開き、少女はその瞳に男を移すと弱弱しく笑顔を見せた。



「泣いてるの……?」

「おれ、の、せいで……」

「えぇ?」



くすくすと笑って少女は体を起こした。それを慌てて男が支えようと手を伸ばすがぴたりと不自然に止まる。それからそっとその手を引っ込めようとして掴まれた。



「助けてくれてありがとう」

「お、れが、おれが……っ!」

「あのね、紺色さん。私全然怖くなかったわ。紺色さんの弟さんが守ってくれたのよ。貴方は兄さんのところに帰すって」



よしよしっと少女は男を抱きしめて震える彼の背中を優しくなでた。

男は再び涙が溢れた。

男に斬りかかったのは弟であった。

必死に彼は守っていた。こんな、簡単に、大事なものを傷つけるような男の為に。



「う……」

「ああ、起きた。ほら彼も無事じゃない。紺色さん、助けてくれてどうもありがとう。もう大丈夫、大丈夫だから」



少女は優しく男に語り掛ける。

貴方のせいではないと、言ってくれたのだ。



起きた弟もそうだった。

泣いている男を見てぎょっとして、慌てて自分は大丈夫だと男のせいではないと口にする。



男の大事な人。

男の大事な家族。



男はそして、もう二度と大事なものを傷つけることがない様にと固く誓ったのである。







だがしかし、男はまたも簡単に二人を失うのである。







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