上 下
101 / 208

しおりを挟む
美味しそうなご飯の匂いがする。



厨では一人の、見覚えのある・・・・・・男が何か、料理を作っていた。そっと気配を消してゆっくりと近づいたはずがくるりと彼が振り返ってしまう。どうやら自分がいたことに気づいていたようだった。最近になって少しばかり表情が緩んできた。いい兆候である。彼には出来ればもっと自然に笑顔になって欲しいが、きっと無理な願いだろう。



「お腹すいたんですか?」



そう言う彼にいや違うと首を振ろうとしたが、その前に口元に丸くて白いものが目の前に差し出される。

これは何だろうか。彼の作るご飯はいつも美味しいが今作っているものは初めて見る。



「あーん」



そう言われて反射的に口を開く。自分がいかにこの環境に慣れてきていることを自覚した。悪い気はしない。



あ、美味しい。



***



目が覚めた。

まだ時刻は真夜中で家の中は静まり返っている。数人の警備兵たちが部屋の前にいるのを感じながらふわあっと欠伸をした。



(いやあ、最近の夢は平和的でいいんだけど……)



久臣はそう思いながら苦笑をする。

前までは、悲惨な夢ばかりで気分が悪くなるものばかりだった。それが彼の宿命であることは分かっているがそれはそれ。



(どうにかして欲しいとは思ったけど、これはこれで夜中にお腹すくんだが)



久臣はもう一度欠伸をしてくうっと小さな腹の虫を鳴らす。それから深い深いため息をついた。

考えるのはまだまだ小さい自分の息子のことである。



最近ずーっとにこにこだった息子は彼のお友達が急にいなくなってしまってから瞬時に今までの無表情で何を考えてるか分からない顔に戻ってしまった。泣きわめきもせずじっとただ見つめる。あんなにおしゃべりだった小さなお口は完全に閉ざして首を振るだけしか反応を示さなくなった。

だからここ最近は、はいかいいえで答えられる話しかできない。それ以外を求めようとするとふいっとそっぽを向いて去ってしまう。



何より、ご飯を食べない。



前まではとりあえず膳の半分は食べていた(お友達が一緒にいた時は分け与えていたが、最後は全部お利巧に食べていた)が今は固形物を受け付けないのか長く咀嚼をした後にべえっと吐き出してしまう。だからおかゆのようなものや汁物が食卓に乗っているがそれでも一口、二口で終わりにして代わりに水ばかり口にする。苦肉の策でその水に極限まですりおろした果物を混ぜておくと顔をしかめるが大人しく飲み干すのでもっぱら果物を買い占めてどれが一番よく飲み干してくれるのか注意深く見ている。



さて、そのお友達であるが名前は毘沙門静紀。いくら息子がなついていたとしても得体のしれない子を傍に置くわけにはいかないので彼の素性は調べ上げた。

名家に生まれたのが運の尽きともいうべきか、法術が使えないために毘沙門一族に秘匿されていた。

彼の装いや態度を見るに屋敷内での立場は明らかだ。あそこは頭が固いし、その上一年後に優秀な弟が生まれたため風当たりが強いはずだ。

何より、顔が似ていない。

服装をとっても名家の息子だなんて思わないだろう。久臣も最初は何処かの物乞いかと思っていた。



ただ、育ちが悪いだなんてことはない。環境は劣悪なはずなのに礼儀正しく、教養もある。その環境でどうしてそんないい子に育ったのか疑問なくらいだ。



(報告では、しーちゃんと対峙した妖魔は消えたらしいし、何かしら俺の知らない力を持っているのは確かなんだけどね。それにあの刀も……)



静紀が持っていた子供に不釣り合いな大太刀。何かしら法術がかけられている特別なものだと思うが特殊な構造なのか詳しく調べる事は出来なかった。近日中に専門家を呼んで調べさせる予定だったが跡形もなく消えてしまった。



探させたいが、それよりも考えることがある。



(しーちゃん、どこ行った!!)



数日前までは毘沙門の屋敷にいる事は知っていた。毘沙門の監視役から報告を受けていたので確実だ。そして、妖魔狩りに行ったことも。

名家の為、定期的に妖魔狩りに行くことは義務となっている。この前は毘沙門の担当であった。それに加えて一応霊峰院の術者がついていくのだが、まさか、それに子供を連れていくとは思わなかった。



(いくら優秀とはいえ五歳の子供に行かせるか……?)



それの侍従だと言ってついていったのも子供。確実にそれが静紀であることは明白である。

そして偶々偶然、二番目の弟である九郎が駆り出されたので頃合いを見て捕まえろという指示を出していた。本人が嫌がるようなら気絶させて連れてこいとも。



(まあ、くーちゃんがごはん食べなくなったって言えばきっとついてきてくれると思うけど)



ただ、そこで予想外の事が起きた。

三部隊に別れて行動し妖魔を襲撃したが、突然妖魔が強くなった。報告によれば、複数いた妖魔は共食いを始め、残ったものが桁違いの力を発揮したという。ただ、とある瞬間・・・・・から弱体化してどうにか倒すことが出来たらしい。



そして、九郎が瀕死状態で発見された。左肩から切断されてその部位は見つかっていない。出血がひどく、助からないかもしれないという状態で奇跡的に生還。容体は安定しているが、まだ寝たままである。しばらくすれば目が覚めるというが……。



その為、詳しい状況はまだ分かっていないのである。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

狐の嫁入り〜推しキャラの嫁が来たので、全力でくっつけようと思う〜

紫鶴
BL
俺はその日、全てを思い出した。 「御館様ぁ!大変です大変です!御館様の未来のお嫁さんが現れましたぁ!!!」 「……はあ?」 そう、ここが前世でやり込んだ18禁BLゲーム「花嫁探し」の世界だということを!!なんで思い出したかって?その主人公が現れたからさ!!これはぜひとも御館様ルートに入ってきゃっきゃうふふの人生を間近で見たい!!生で見たい!スチル見たい!! 御館様!任せてください!俺絶対貴方と主人公君くっ付けますから!! ーーーー 妖和風ファンタジー。設定はふわっとしてますのであしからず。 第7回BL大賞参加中です! よろしくお願いします!

処理中です...