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ふたりめ 

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はっと目が覚めると見たことのある顔が見えた。



「あ……」

「!?」



予想外の人物で顔を起こすとごちんっと彼の額に思いっきりぶつかってしまった。



「~~~~~っ!!!!」

「ご、ごめんなさい!!」



俺の頭突きを食らった彼が額を抑えて悶えた。俺は手をあげようとして右腕が動かないことに気付いた。丁度、噛まれた方の肩だ。動かないので動く方の左腕を動かす。そして彼の額を診ようと手を伸ばすと涙目の彼の瞳と目があった。



「だ、いじょうぶ……っ」

「ごめんなさい……」



ふるふると彼が首を振ってそれからすっと立ち上がる。それから静かに部屋を出ていってしまった。

子どものころから静かなんだな、あの子。

俺はそう思いながら、先ほどの夢を少しずつ思いだす。

見たことのない光景。



三ノ宮、二ノ宮、八ノ宮……。



「一ノ宮お兄様……」



ぼそりと俺はそう呟いた。

彼らのあだ名だろうか。でも、兄と言ってたのだから兄弟であることは確実で……。あれ?似たような夢を前も見たような……?



それにしてもどういうことだろうか。前まではこんな夢なんか見なかったのに……。



思い出そうとして考え込んでいるととたとたという足音が聞こえた。それからゆっくりと障子が開いて知らない男がそこにいる。



「良かった!!酷い怪我だったから死んじゃったと思ってたよ!熱はないかな?具合悪くない?」



そっと布団の横に座って俺の額に手をのせて熱を測る。その横にぴたっと彼が張り付いていた。

彼の知り合いだろうけど、誰だろうか。

俺の不躾な視線に気づいたというのに男は気にしていないようでふわりと優しく笑みを浮かべてくれる。



「驚かせてごめんね。俺は叢雲むらくも。こっちは宗太君。君の名前を聞いてもいいかな?」

「……しーちゃんです」

「しーちゃんね。よろしく」

「……」



聞いてこない、か。俺は助かるが……。



「右肩は大丈夫?手は動くかな?」

「あ、動かないけど大丈夫です」

「うごかないけどだいじょうぶです……?」



笑顔で叢雲さんが固まった。俺は慌てて動く方の手をぶんぶん振ってついでに頭も横に振る。



「本当に大丈夫です!経験上、数週間たてば動くようになります!」

「けいけんじょう……。すうしゅうかん……」

「あ、あの、本当に平気で……」



ぐっと動かない方の右腕を思いっきり引っ張られた。よろめいて軽くそちらに体が傾くとじいいいっと俺を見つめている彼が。



「しーちゃん……」

「は、はい……」

「そうちゃん……」

「?」



彼が俺と自分を指さしてそういった。

これはそう呼んでほしいという事だろうか?



「そうちゃん……?」

「!」



こくこくと興奮気味に彼は頷く。

前の彼は俺のことを邪険にしていた気がするが……。

いや、尊君も別に……そんな事は……。

遠い日のように彼との出会いを思い出して、目の前の彼と比べる。

彼よりは初対面好意的と考えてよさそうだな。



そう思って伺っていると、ばたばたと此方に走ってくる足音が聞こえた。



「兄さん!!!!!」



そしてもう一人の男がやって来た。ばっと部屋を見渡した後に真っ先に叢雲さんに突進していく。



「どうして起きた時にいないの!!死んじゃったかと思ったじゃん!!!」

「ご、ごめん、紫……。でもこの子が心配で……」

「そんな子より俺のことを大事にしてよぉ!!!!俺は兄さんしかいないのに!!!!」



そう叫んでいる声とぐずぐずと鼻をすする音がする。

あれ、この人泣いてる……?

叢雲さんの肩口にぐりぐりと顔を押し付けてひっくひっくとしゃくりあげる。



「……怖い夢見た?」

「みたぁ……っ!!」

「ごめんね……。こっちにおいで」

「にいさあん!!!」



そう言って手を広げた叢雲さんの前に回り込んで膝に顔を埋めている。なでなでと叢雲さんがその男の頭を撫でており、その様子を俺はぽかんとしてみるしかない。



「またやってる……」



日常茶飯事!?

宗太君、もといそうちゃんがそう呟くので思わず彼を見てしまう。

多分、いや確実にあの宗太である確信はあるが彼がそう呼んでほしいというならばそれに従うしかないのでうっかりそう呼ばないためにもその呼び名で統一することにする。



「あれなるとうるさいから、こっちいこ」

「え、あ……」



ぐいっと力強く引っ張られる。よろめきながら俺は立って彼についていく。年齢は近いと思っていたが、如何せん力が強い。俺だったらいいけど、これは同年代の子にとっては痛い思いをするのではなかろうか。

でも、ほぼ初対面に近い俺が指摘するのも……。

そんな事を考えていたからか、思いっきり引っ張られて転んでしまった。



「―――っ!!」

「……?」



右腕が不自由でうまいこと受け身が取れずに思いっきり床に顔をぶつけてしまう。

鈍い音を立てて痛む顔を動く方の手で摩っていると、巻き込まれることなくぽかんとして俺を見ているそうちゃんがいる。彼は不思議そうに首を傾げてじっと俺を見ていた。



「なに、してるの……?」

「え……?」



俺は起き上がって彼を観察する。俺よりも背の低い彼は本気でそう言っているようだった。



このまま放置するべきか、きちんと話をすべきか……。



俺はそう思ってじっと彼を見つめると、彼がもう一度手を伸ばして思いっきり俺を引っ張った。ぐらっと体が傾くが今度はきちんと踏ん張れた。

しかし、その事によって立ち止まった俺に彼はぐっと不満げな顔をしてくしゃりと顔を歪ませる。



「……なんで止まったの。お前も俺の事……っ!!」



何か、彼のひんしゅくを買ってしまったようだ。

興奮気味に何かを話し出そうとするのでこれはまずいと素早く声をあげる



「痛いです」

「……え?」

「強く引っ張られて痛いです。だから転びました」



少し強めにそう言うと彼はゆっくりと俺の腕を掴んでいる手を見つめた。それからそろそろと手を離す。

うろうろと目があっちこっちに動くとしゅんっと彼が小さくなった。



「ごめん……なさい……」

「……はい」

「その、そんなに、強く、引っ張ったつもりはなくて……」

「ええ、顔を見ればわかります」

「ごめんなさい……」



とても反省しているようだ。

ぺこりと頭を下げてそう俺に謝る。



ただ単に慣れていなかっただけのようだった。それか、誰もこういう事を言う人がいなかったのか。どちらにせよ、彼が反省していることに変わりはない。



彼は頭を下げたままなので俺は彼の目に見えるように動く左手の方を彼の方に差し出す。


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