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まずい事を言った気がする。



いや確実にまずい事を言った。



俺ってば久臣さんにああ迫られると判断力がかなり鈍る。あの時きっと尊君が入ってくれなければ頷いてしまっていたかもしれない。そんなことを思うが、それほどまでに思われている事に少しうれしく思う自分もいて自分の浅ましさにため息が漏れる。



「んむんむ……」



久遠のお昼寝の時間で俺も横になって彼が寝るのを待っていたら漸く寝てくれた。瑠衣お兄ちゃんと瑠奈お姉ちゃんも今日はいないみたいで、晴臣さんが道場で月彦君と柊君の稽古をしている。今日は尊君は外せない用事があるようで来ていない。



久遠が持ってきたお気に入りらしい布団を引っ張って冷やさないようにしながらそっと窓の方に向かった。外の様子を見ようと思ったからだ。



……?



何だろう。門のところに誰かいる。尊君と同じような色の髪の子供だ。うろうろきょろきょろしながらそっと中を伺っているようだけど……。

ちらりと久遠を見た。それからすっと顔の前に手を置いたり呼吸音を確認する。暫くは起きないようだ。



少しなら動いてもいいという輝夜先生のお墨付きも得たので窓からそっと飛び出して塀に着地し、その子供の上から登場する。



「うわ!?」

「初めまして、こんにちは」

「え、あ、こ、こんにちは……」



とりあえず挨拶をして頭を下げる。すると彼も動揺しながらも挨拶をしてくれた。



「俺はしーちゃんです。此方に何か御用ですか?」

「え、あ、お、俺は、拓海で、えーっと……」



彼は俺の自己紹介につられてそう名乗ってくれた。割と素直な子なのかもしれないが、ちらちら中を見るだけでうろうろとどうしようという雰囲気をそのままに焦っているようだ。

ただ様子を見るにもしかして中に入りたいのだろうか。



「中に入りますか」

「え! い、いいの……?」

「はい」

「! あ、ありがとう!」



晴臣さんの家だけど、ここにいる間は好きにしていいって言われたし。それにうろうろしてると起きた久遠が不審者―!と叫びかねないので早めに回収するのがいいだろう。



俺が彼を中に入れると興味深そうにきょろきょろ見渡した後に木刀の音に気付いてそちらを見た。



「あ、あの、あっち行っていい!?」

「はい」

「ありがとう!」



ぎゅっと手を握られてぐいぐいそちらの方に引っ張られた。成程。久遠みたいにぐいぐい来るなこの子。そう思っていたら道場について彼はこそこそと隠れながら中を見た。



「……あれ、兄さんがいない……」

「兄さん?」

「うん、尊兄さん」

「尊兄さん!」



兄弟だったのか!確かに髪色同じだし、言われてみれば顔も似てる気がする。彼に弟がいるというのは知っていたが、まさかこの子が例の天才君……。



前の世界でも割と有名人であった。長男の方が七宝に選ばれたが、次男の方がいいのでは?という派閥争いがあったと聞く。結局のところどうなったかは知らないが……。

そういうのもあって尊君には少し親近感を持っていたが見事に裏切られた前の記憶を思い出し少し苦笑をする。それからまじまじと彼の顔を観察した。兄共々整った顔だ。



「尊兄さん知ってるの?」

「あ、うん。一応弟弟子だから……」

「成程!じゃあ兄さんの偉大さが分かっているっていうことだね!」



拓海君が凄い笑顔で瞳を輝かせながら俺にそう言った。俺は少しその迫力に気圧されながらもどうにか言葉を紡いだ。



「え?あ、うん。この前助けてもらっ……」

「分かってるじゃん!兄さんは優しいの!ふふん、兄弟子として弱いものを守るのは当たり前だし、兄さんは努力家だからいっつも鍛錬を欠かさないんだよー!それなのに俺と遊んでくれて……」



食い気味でそう言って鼻高々に自慢を始めた拓海君が尻すぼみになる。どうしたんだろうと彼を見るとしょんぼりとした表情でしゃがみ込んだ。



「最近……遊んでくれないけど……」



その言葉で全てを察した。

拓海君は最近遊んでくれなくなって寂しいんだ。こんなに弟に思われてて尊君は幸運だなっと思いながらぎゅっと彼を元気づけるために手を握る。



「ごめんなさい。尊君きっと俺を気遣ってくれてるから拓海君と遊ぶ時間が減ったんだと思う」

「え!ううん大丈夫!元々兄さん、俺といるとあまり嬉しそうじゃないし……」

「そうなの?」



意外だ。てっきり身内には甘いものだと思っていた。

俺の表情から拓海君は少し苦笑をして恥ずかしそうに頬をかく。



「俺は……兄さんと仲良くなりたいけど……」

「拓海さまー?どこにおられますか拓海さまー!!」



すると外の方から彼を呼ぶ声が聞こえた。それを聞いた拓海君がやばっと声を出してそれから慌てて立ち上がる。それからくるくるとその場を回って、着物の土を払ったり身なりを整えたりする。



「ごめんね、ありがとう!」



そう言って彼はすぐに去っていくので俺は慌てて彼の背に声をかけた。



「はい、また来てくださいね!」



俺の家じゃないけど。そう言わないとこの拓海君は来ない気がした。彼はこちらを振り向いて驚きの表情を浮かべると次ににこっと笑ってぶんぶん手を振ってきた。それに振り返して彼を見送る。

随分性格の違う弟君だったな……。



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