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「―――雫さん!!」

「きゃあ!」



がばっと体を起こすと久遠の悲鳴が聞こえた。見れば起き上がった俺の勢いに驚いてころんと後ろに転がっている。

俺は慌てて周りを確認した。久遠の屋敷、ではないどこかだ。見たことのない間取りの部屋にきょろきょろと頭を動かしてみてしまう。



「え? あ、あれ?」

「しちゃおきた!ととー!しちゃおきたおー!!」

「しーちゃん!!!!」



戸惑っている俺をよそに久遠はそう言って次の瞬間には何処からともなく現れた久臣さんが泣きながら俺を抱きしめる。



「おおん!!晴臣があんなぴんぴんしてるのにしーちゃんが目覚めなくて心配したよおおおお!!!」

「あ、す、すみません……」



先ほどのは夢だったようだ。

そう思っていたら何かがのどに詰まったような感覚を覚えてゴホゴホと咳き込む。慌てて久臣さんが俺の背中をさすり、うえっと俺は口から何かを吐き出した。



「え、石……?」

「! くーちゃん!!しーちゃんの口に何入れたの!!」

「? くちゃおみじゅいれた!くうしいってしちゃ!」

「逆効果!窒息しないでよかった!!」



言われてみれば枕元が濡れていたり俺の顔も濡れていたりする。一先ず、その黒い石を捨てようとして久臣さんが持っている懐紙に包んでくれた。息子の不始末は親が責任を取ると言ってきかない。大した手間じゃないのに。



「今お医者さん呼んでくるからじっとしててね」

「いえ、あの、何日くらい寝てましたか?」

「二日だよ」

「ああ」



流石にそろそろ戻らないといけない。



前の記憶のように切羽詰まって帰ることはないが、あんまり長いともう外で暮らせばいいじゃないかと言われるかもしれない。あそこの資料を見るまでは無理にでもいないと意味がない。

俺はすっと居住まいを正し頭を下げた。



「お世話になりました」

「え!?」

「何も返せなくて申し訳ありませんが、お暇させていただきます」

「待って待って!急すぎじゃない!?」



久臣さんがそう焦った声を出す。

何も急に思いついたことではなく、そろそろ帰らないといけないと思っていた。

だからそれに俺は首を振ってそれっぽい事を言う。



「俺の両親が心配しますので」

「え?いや、別に届け出とかも出てないよ?いやでてないからずっとこのまま家に引き留めても問題にならないなとか思ってないからね!?うん本当!!」

「これは代々受け継がれる秘術を習得するための儀式なのです。ですから行方不明届けなどを出して公にできないのです。協力していただいた久臣さんには心苦しいですが、秘術なので詳細は話せません」



この噓が通用するか分からない。反応を待つようにじっと久臣さんを見る。



秘術師、子供の割に戦闘慣れした動きで普通ではないことをほのめかしつつ、秘術習得の為と言えば大概そうなのかと納得する大人が多かった。心配する者も多かったが、法術が使えない哀れな子供が認められるために頑張っているという図が完成するので最終的には応援された。



これが都の外で暮らしていた俺が編み出した技だ。果たして、この人にも通じるかどうか……。



「……ごめんね・・・・。うん、無理に引き留める気は、えっと、うん、少ししかなかったんだ。少ししか……」



久臣さんはそう言って俺の嘘を信じてくれた。心苦しく思うがそれを悟られないように表情を引き締める。



「引き留められないのは分かったから代わりにお願いがあるんだけどいい?」

「はい、何でも構いませんよ」

「うんありがとう。で、これなんだけど」



そう言って久臣さんは懐から一枚の木札を取り出した。裏には帝の一族「皇すめらぎ」の家紋がついている。



「帝がお礼の品を渡してくれたんだ。一度だけ、どんなものでも許すっていう何でもお願いを聞いちゃう札です!」

「……え?」



呆然とそれを見る。

聞き間違いだろうか?この都で一番偉い人がどんなものでも許してくれるやばい札だって言ったような?

俺の戸惑いをよそにそっと久臣さんが俺の首にそれをかける。



「ま、ま……っ!!」

「『はい、何でも構いませんよ』って言ったよね?」

「!!!」



はっきりと承諾するとは言っていないなんて逃げ道を言おうとしてぐっと堪える。久臣さん、俺が嘘ついてるの分かっててあんなこと言ったんだ!それを分かって見逃されている。

なら、俺はその嘘を飲み込んで頷くしかない。



「でも!これは久臣さんに預けます!!」

「え?なんで?」

「弟にとられると思うので!」



確実にこんなものを持っていたら取り上げられるに決まっている。そうなったら自然と俺の出自がばれる。それだけはどうしても避けたい。



「なーるほど!じゃあ預かっておくから困ったことがあったら何でも言ってね?」

「はい……」



とんでもないものを手に入れてしまったと俺は思いながらよろよろと立ち上がる。状況がよく分かっていない久遠がう?と首を傾げると起き上がった俺に抱き着いた。



「しちゃ!ねんね!」

「あ、俺は……」

「くーちゃん、しーちゃんはばいばいだよ。ほらばいばい」



それを久臣さんが抱えてばいばいっと久遠の手を無理やり振らせる。それをきょとんとしてみていた久遠が思いっきり久臣さんの顎に頭突きをした。



「いた!?」

「とと!おろす!!くちゃばばいしない!!」

「だめだめばいばいするの」

「や!やああああ!!!」

「つ、強い!しーちゃん!ごめん、飛ばすね!」

「あ、い、今までお世話になりました!!またねくーちゃん!」



景色が切り替わって、俺はどこかの都の中。目立たないように人の少ない路地に移動してくれたようで一緒に刀もある。先ほどまで久遠と一緒にいたのが夢のようだ。



―――帰らなければ。あの家に。



先ほどの夢を思い出して足がすくむ。弟に首を絞められたこと、執拗に死ねと言われた事。夢の出来事なのに、どうしてか怖くて体が震えた。



こんな事で……。

そう苦笑を漏らすとするりと首に冷たい何かが這った。



「おわ!!」



ばっとそちらを見ると白蛇様がいた。ついてきたようだ。彼は俺を慰めるようにすりすりと頬を寄せてくる。

それだけで身体の震えは止まった。今俺は一人ではないのだと実感した。



「よし!」



久遠が安全に暮らせるようにあの家で七宝についての情報を集めなければいけないのだ。それが終われば用済みだ。

用済みになったら都の外で暮らせばいい。何なら縁を切るのもいいだろう。そうした方があの人たちの為になるだろうし。



―――もしかしたら、久遠と気兼ねなく暮らせたり……。



そんな想像を膨らませてほおが緩み慌てて気を引き締める。

そして、俺は家路を急いだ。
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