【完結済】やり直した嫌われ者は、帝様に囲われる

紫鶴

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家路

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ばしゃり、と床に水がこぼれた。今しがた拭いていた場所がどんどん濡れていき悲鳴が聞こえる。



「酷い!なんで僕に水かけるの!!」

「え……」



弟の声がして、はっとして顔をあげて見上げるとぐすぐすと涙をためて泣いている弟がいた。彼の声に慌てて使用人たちがきて、最近お気に入りの女性に抱き着いたと思えばわんわん泣きだす。



「坊ちゃまになんてことを!!」

「ち、ちが、理央が勝手に……」

「坊ちゃまの名前を呼び捨てにする上に自分のおこないを認めないなんて恥を知りなさい!!」



そう言って彼女が俺の頬をはたく。それを皮切りに他にも集まった使用人が俺の腕を掴んで庭に放り投げた。地面に転がって土が顔につく。



「お前なんかが呼んでいい名前ではない!」

「毘沙門の恥知らず!理央様を妬んでこんなことをしたなんて卑しい子供だ!!」



庭で座り込んだ俺にどこからか桶の水を頭から被せる。汚れた水のようで埃や髪の毛が服や顔に張り付いた。



「ふん!お前のようなものにお似合いよ!」



最後にその桶も投げられて頭に痛みを感じる。くすくすと笑い声をあげて俺の事を嘲笑う。



これは俺の記憶だ。



その騒ぎを聞きつけて父もやってきて、理央が父に泣きついた。それからその険しい顔で俺を睨みつける。



「兄さまが僕を虐めるのー!」

「ち、違います、俺は……っ!!」

「兄さまなんで僕のせいにするのぉ……。僕何もやってないもん。手伝おうとしただけだもん」

「理央の優しさに付け込んで自分の非を認めないとは情けない!」



始めは、無様にも声をあげて違うと訴えた。

しかしそうすることで彼らは俺を責め立てる理由が出来たと折檻・・を行う。

殴られて、笑われて犬以下の存在だと思い知らされた。



臭いという。

汚いという。

家畜小屋に帰れと小屋に押し込められる。

屋敷の品質が落ちると外に投げ出される。



閉じた門に縋りつくと刀で殴られた。ゲラゲラ笑いながら蹴鞠を行うみたいに蹴って、転がして。

ふらふらと都の中を歩いても誰も俺を助けてくれない。



好奇な目で俺を見て、こそこそと話をする。

それが嫌ですぐに都を飛び出した。



都の外にいる妖魔は簡単に倒すことが出来た。体を湖で清めて、ぼんやりと数日過ごした。



外に出されて一番に困ったのは食事だった。



食べられそうだと草を食べて死にそうになったこともある。土を食べて腹の足しにしたこともある。

でも堪えられなくなってお願いします、入れてくださいと裏門で額を地面につけて何度も何度もそう懇願した。



外は妖魔がいて満足に寝れなくて、ここよりもひどい食べ物で体は弱って、ずっとずっと泣いていた。



ごめんなさい、許してください、お願いします。



子どもだった俺はこの家に頼るしか生きる術がなかった。

そんな哀れな俺を弟はこう言って中に入れる。



「反省しましたか兄さま」



笑っている弟を見て絶句した。

これは俺を弄んで楽しんでいる。目じりを下げて歪み切った表情で俺を笑っていた。

惨めな俺を見て心底愉快だとお腹を抱えて笑い出しそうだ。

すとんと何かが俺の中で落ちてきた。



ああ、俺はこの男にとって玩具でしかないんだな。



そう思った瞬間にぷつんと何かが切れた。



この弟に従順でなければならない。この弟の通りに動かなければならない。この弟を満足させなければならない。



「兄さま」



そう言って彼は決して俺の名前を呼ぶことはなく、お前は俺の兄というただの玩具でしかないのだと思い知らされる。



弟の前だと俺は何もできないな。



ぺたんと座り込んで動けなくなってただその弟を見つめる。彼は近づいてきて手を伸ばし、俺の首に手をかけた。



「死んで」



ぐっと手に力が入り苦しくなる。

弟は笑顔だった。



「死んで、死ね、死んじゃえ!!僕の為に死ね!お前みたいな奴はそれぐらいしか価値ねえんだよ!さっさと死ね!!!」



弟が歪む。弟の腹から血が垂れる。口から血が垂れて俺の顔にかかる。

抵抗する気もなくてされるがままにゆっくりと目を閉じる。



「どけこのくそガキ」



不意に第三者の声が聞こえて首の圧迫感が消えた。げほごほっと呼吸が出来るようになって咳き込むと視界に黒い髪が見えた。

そして見たことのある狐のお面をした男がいる。彼は俺を一瞥した後にすっとどこかを指さした。其方を見ると小さな久遠がいる。



「―――しーちゃ!!」



久遠が手を伸ばして俺の手を掴んでぽてぽてと彼の指さす方に歩いていく。



ギィアアアっ!!と不吉な音がして振り返ると弟が黒い霧に覆われたと思えばあの、大きな蜂へと変貌した。



止めなければ。あの人が危ない。



そう思って足を止めたいのに久遠に引っ張られて止まらない。待って、と声を出したいのに出せない。



「こっち、こっち!」



待って、お願い止まって。



久遠を見て、もう一度振り返った。

黒い髪は桃色がかった白色の髪に変わり、鬱陶し気に槍を模した法術で蜂を貫いている彼の後姿が見えた。
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