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―――い、けるっ!!



落下間近、沙織さんの身体を掴めた俺はぐるりと回転して俺が下敷きになるように屋敷に突っ込んだ。

かなりの痛みを覚悟していたが、全くそれはやってこない。はっとして後ろを見ると、晴臣さんが下敷きになっていた。



「! 晴臣さん!!」



ぐったりしていて動かない。俺が突っ込んでしまったからかと思ったが、彼の首や手首に刺されたような跡があり紫色に変色している。



あの蜂の大群にやられたのか!!



慌てて彼の状態を確認しようとすると視界の端で何かが動いた。刀を構えてそちらを見ると彼は勢いよくこちらに飛びついてくる。



「しちゃぁ……っ!!」

「くーちゃん!!」



隠れていたのか襖をあけて出てきた久遠が俺に抱き着いた。涙で顔はぐしゃぐしゃでひっくひっくとしゃっくりをあげている。



「はるちゃも、かかも、だえもうごこない……っ!しじゃたの!」

「大丈夫だよ!まだ二人は生きてるから!」



とはいえ、晴臣さんの状態はよくない。これは早くけりを付けた方がいいだろう。



九郎もそろそろ来るはずだから、合流して―――。



「しちゃ!!」

「うん、わかってる」



俺は法術を使えない。



使えないが、この刀は法術が使えない俺でも法術みたいなことが出来る刀だ。俺がかなりこの刀に執着していたのはこれが理由である。

蜂の大群がこちらを襲うが、一度刀を振るうだけで刀の範囲内に至蜂は霧となって消えた。仕掛けは至って単純。



この刀、摩訶不思議なことに見た目以上に伸びる。

そして蛇のようにうねって曲がる。



つまるところ、それで俺は斬ったのだ。



始めは感覚が分からずに目標諸共違うものも斬ったりしていたが今では手に馴染んでいる。この刀があれば誰でも簡単に妖魔退治が出来るということだ。偶然にしても手にできた俺は幸運だ。

なにが起こったのか分からない、というように寄ってきた蜂が一瞬固まる。その隙に素早く庭まで駆けながら殺していく。俺の独壇場だ。



蜂たちは隊列を乱されぶんぶんと戸惑ったように飛んでいき、中には逃げるものもいたがすぐに切り刻んだ。大きな蜂に近づかせまいと盾のようになって行く手を阻まれるが一振りで全てが無に帰る。



一匹一匹は大したことないようだ、と最後の一匹が飛んできたのを叩き落とし踏みつけた。すぐにその感覚は消えて庭に出る。



「ギィギィギチィイイィイっ!!!!」

「うるさい。久遠が怯えるからやめて」



無数の針が飛んできた。それを刀で叩き落とす。少し掠ったが動きに支障をきたすほどではない。すぐに塀を上り、高い屋根に上り、飛ぶ。しかし、寸でのところで蜂は上空に飛んでいった。



面倒な。だから空飛ぶ奴は嫌いなんだ。



地面に着地して徐に石を拾い上げると、蜂の大きな羽に無数の穴が開いた。



「落ちろ!このでかぶつ!!」



九郎だ。

鳥の式神を複数出して羽を食い破り周りを飛び回って攪乱している。



あんなこと出来たんだ……。



俺が飛ぶよりももっと安全だったかもしれないと先ほどの特攻を思い出してふっと少し笑ってしまう。思いのほか自分は頭に血が上っていたようだ。



「落ち着いて。九郎の式神も斬っちゃう……」



すーはーっと徐々に落下していく大きな蜂を見ながら深呼吸をして構える。そして、屋根に飛んで範囲内まで落ちてきた蜂に向かって刀を振るった。



きんっと一瞬だけ固い音がしたがすぐに砕け散ったような音が響いた。



「―――?」



他の妖魔と同じように弱点を斬ったが感覚が違う。すぐに霧散して消えたのは良いが何だろうかこの違和感は。すとんっと地面に着地してそんな事を考えたが、「しちゃ!!」と久遠に呼ばれて我に返る。



「くーちゃん!晴臣さんと沙織さんは!?」

「俺が診る!」

「九郎!」



同じように地面に降りた九郎が倒れている二人を見る。改めて周りを見ると他にも屋敷内の使用人さんが倒れていた。



「他の人も……っ!!」



―――突然、背後から音もなく何かの気配を感じ取った。反射的に背後の何かを斬りつけるために振りかぶると手首を掴まれる。



「―――っ!!」

「良い反応だ」

「!?」



顔をあげると狐のお面を被った人がそこいた。あのお面は見たことがある。そのお面は代々受け継がれているためその人の象徴であると話を聞いたことがありさっと血の気が引いた。



「み、かどさま……っ!!」



絞り出すようにそう言うと彼はそっと俺の手首から手を離し、ぽんっと頭を撫でられたかと思うとすぐに屋敷に向かっていく。



「状況は?」

「気絶者多数。軽傷者一名です」

「そう……って、晴臣!もう動いて大丈夫なの!?軽傷者って君でしょ!?」

「元凶がいなくなればこんなもんですよ」



帝の護衛部隊である黒狗も現れ、奥から晴臣さんの声もする。



事態が収束してくのがよく分かった。



一先ず彼らが無事なことにほっとしながら先ほどの出来事を思い出す。

帝に刃を向けてしまったことを謝らなければと思う反面、邪魔をしてはいけないという気持ちもあり今の俺は呆然と立ち尽くすしかない。



「しちゃあっ!!」



久遠が俺の名前を呼びながら走ってくる。俺ははっとして彼の方を向いた。そしてにっこりと笑顔になる。



「くーちゃん。怪我は?」

「しーちゃ!いたい!!」

「え!?何処かいたむ、の……?」



ぐわんっと視界が歪んだ。刀を落として頭を抑える。しまった。今になってあの攻撃の毒が回ってきたのか?



てっきり倒せば効果が無くなるものだと思っていた。大概がそうであったから油断していた。



「しちゃ?しちゃ!!しぃちゃあっ!!」



久遠がそう俺の名前を叫んだのを最後に俺の意識は遠ざかっていった。
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