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好きなもの

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さて、晴臣さんが何かお詫びをせねばというのでならばと俺はこんな提案をした。



「その刀に俺が乗ってこうぶん投げる事ってできますか?」

「……え?」

「空中で足場がなくても対応できるようになりたくて」

「いや!危険ですよ!?」

「九郎がいるので大丈夫です」



晴臣さんがそう言うが、万が一はさっきみたいに九郎が受け止めてくれる、と思う。多分。

ちらっと彼を伺うと彼は苦笑しつつもこう言ってくれた。



「いいぜ。晴兄もしーちゃんがこう言ってんだし協力しろよ、な?」

「ですが、さっきみたいになったら……」

「俺が居るから大丈夫だって。ほら早く!」

「晴臣さん、お願いします」



じっと彼を見つめてお願いする。

ぐうっと渋っていた晴臣さんだが、諦めたようにため息をついて刀を手に取り、抜けないようにぐるぐると鞘を固定して一度二度と素振りをする。晴臣さんほどの怪力ならばきっとかなり高くまで飛べるだろう。さっきみたいに。



「しちゃ、とぶの……?」

「うん、練習しないとさっきみたいになるから」

「……やぁ」



ぎゅうっと手を握って久遠は俺の腕に縋りつく。よっぽど先ほどの出来事がきいたようだ。しかし、ここでじゃあやめようというわけにはいかない。



「大丈夫。九郎が助けてくれるから」

「……う」

「怖かったら見ないでいいから」

「みう、くちゃ、しちゃまもう」

「ありがとうくーちゃん」



久遠から離れ、準備万端の晴臣さんを見る。



「行きます!」

「はい!」



だだっと走って晴臣さんが降った刀に乗っかりそのまま上空に跳ぶ。先ほどとは勝手が違い不意打ちじゃないからかくるんと上空で回る。勢いよく落下していく身体。耳元で風音がうるさい。刀を持っているていで手を動かすと結構うまくできた。



後は受け身。

落ち着いて、落ち着いて。

先ほどかなりの恐怖をあおった落下であったが今はそんなでもない。かなり余裕で受け身を取りながら地面に着地。



うん。

何処かをぶつけたわけでもないし、自分の運動神経は結構いい方だと思っているので動揺しなければきっと大丈夫だ。とはいえ、もう少し心の余裕を持つために研鑽は必要だ。



「もう一度お願いします!」

「も、もう一回!?」

「はい!」



そして、晴臣さんは俺が満足するまで付き合ってくれた。何も文句を言うことなく付き合ってくれたら日が傾いていた。

それぐらい練習をしたらかなり様になってきて、上空からの着地も九郎の手助けなしに出来るようになった。



「す、すごいですねしーちゃん。あんな高くまで跳んだのに……」

「いえ、晴臣さんや九郎が付き合ってくれたおかげです。もし上空に妖魔が現れたらぶん投げてくださいね」



かなり自信がついたのでもう怖くない。

訓練が終わったと思った久遠がすぐに俺にはしってきてぎゅうっと抱きしめてきた。



「しちゃ、だーじょぶ?」

「大丈夫だよ」

「う……」



安心させるように頭を撫でるが、彼の表情は暗い。申し訳ない気持ちになるが、これは久遠を守るために必要なことだ。今の俺は小さいからもっと頑張らないといけないし。



「俺は死なないから大丈夫だよ」

「……ん」



ぎゅうううっと久遠は俺にくっついて離れない。離れないのでそのまま家の中に入る。



夕餉の時間になっていたようでそのままいつも食事をする場所に向かう。晴臣さんや九郎の分も用意されていたようで二人も一緒だ。燕さんも呼ばれたが妹がいるんでと言って帰っていった。妹さんのこと好きなんだな。ああいう人が兄弟だったらきっと楽しいんだろうなと思う。



「さあくーちゃん。今日はくーちゃんの好きなものたくさん用意したわよ」

「!!!」



沙織さんがそう言って久遠の前に膳を置く。昼間の様子を見ていたのだろう。好物を目の前にした久遠は暗い表情からきらきらと顔を輝かせる。



ありがとうございます、沙織さん。



目でそう訴えると彼女はにっこりと笑顔で答えてくれた。流石久遠のお母さまだ。



「しちゃしちゃ、これおいしおいしよ!」

「あ、そうなの?」



そう言って指さす先には厚揚げ豆腐がある。他にも焼いた豆腐に味噌が乗っていたり、巾着になった油揚げ、形を崩した豆腐と青菜の胡麻和えなどなど豆腐料理が沢山ある。

久遠は豆腐が好きなようだ。

久遠に勧められて俺の膳に乗っている厚揚げを食べる。



「美味しい!!」



ぱっと顔を輝かせてそう言うと、久遠がはっとしたような顔をする。それからずいっと厚揚げ豆腐が入った皿を俺に出した。



「くちゃ、きらーになったのでしちゃにあげう!」

「え?」

「あげう!!」



ぐいぐいとそれを俺に渡すのでぽかんとしていたが、その行動に既視感を覚えてふっと思わず笑ってしまった。



「ふ、ふふ、くーちゃん大丈夫だよ。くーちゃんが好きなものだから俺も気に入ったよ。ありがとう」

「ほーと?しちゃもすきになた?」

「うん」

「えへへ~」



久遠も帝と同じようなことするなぁ。

そう思ったら懐かしく感じた。遠い日の思い出のようだ。実際にそうなのだが、帝もきっと今は久遠くらいの歳だろうから、どこかで元気にやってくれればいい。多分、もう会うことはないだろう。少し胸が痛んだが、仕方ない事だ。



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