【完結済】やり直した嫌われ者は、帝様に囲われる

紫鶴

文字の大きさ
上 下
10 / 208

前の話9

しおりを挟む
え、と、俺は自分の家の前で立ち尽くした。



玄関先には俺の服や少ない荷物が捨てられていた。それを拾い集めているとばしゃっと頭から水を被る。



「ようやく自分の立場を理解したか!!さっさと消えろ!!お前はもうこの家のものじゃない!!」

「……分かりました」



ついぞ、父と呼ぶことのなかったその男がそう言い放つので俺は静かに頭を下げて、自分のものを手に静々と去っていく。

春先なのでまだ少し寒いが、我慢できないわけではない。



今日はどこに寝ればいいのか、とふらふらと歩いていたら無意識に都の端の方まで着ていた。



きゃっきゃっと楽しそうな声をあげて遊ぶ子供の声が聞こえてきてはっと我に返る。自分の今の格好を思い出しすぐに去ろうとしたが、一人俺に気付いて声をあげた。



「あ!お兄ちゃんだー!!」

「まじ!?ほんとだ!!」

「兄ちゃん遊んで遊んで!!」



一人が声をあげるとすぐに俺の周りに子どもたちがやってくる。

まずい、この姿を見られたら……っ!



「あれ?兄ちゃん濡れてね?寒くねーの?」

「バカ寒いに決まってんだろ!俺とーちゃんから手拭い貰ってくる!!」

「私も!」

「髪に砂ついてるよー?取ってあげるからかがんで!!」

「あ、え、えっと、俺用事があって……」

「あらあらお役人さん。こんな格好で……」



子どもに囲まれて動けないでいたら女性の声がした。



「あ、こ、こんにちは清香さん」

「はいこんにちは。それよりもどうしたの。髪もこんなに……」

「転んだの?」

「お膝も血出てるよ!」

「え……」



下を見ると確かに破れて膝から血が出ている。



恥ずかしい。今まで気づかなかった。

しゃがみ込んでそれを隠すように布を引っ張ると、そっと俺の手を清香さんが包んでくれる。



「お役人さん疲れてるのね。一旦休みましょう?」

「え?あ、いえ、そういうわけじゃ……」

「だめだめ。それともこんなおばさんの家は嫌かしら?」

「清香さんはおばさんじゃありませんし、いやじゃないです!」



力強くそういうと彼女はにっこりと笑った。



「ならいいわね?ほら、てっちゃん、お役人さん案内してあげて?」

「はーい!兄ちゃん歩ける?大丈夫?」

「私支えてあげる!」

「俺も―!!」

「こらこら危ないからだめよー。それに皆にはお役人さんは私たちの家で休んでるって伝える重要な役割があるからね。出来るかな?」

「できる!」

「やるー!」



清香さんは子ども扱いがうまくてすぐに彼らは散り散りになって伝言をしに行く。俺としてはすぐに去るつもりだったのでそう伝えられるととても困る。



「さて、お役人さんは私を嘘つきにしないわよね?」

「あ、は、はい」

「ふふ、良かった」



それを見越しての伝言だったか。清香さんって凄いな……。夫は妖魔退治でなくなって、家族も弟と自分の子供しか残っていないというのにこんなに明るくて。



俺が毘沙門の役立たずって知れば、こうならないだろうな。卑怯者だから本当の事を言えずに霊峰院のものだとしか言っていない。名前も告げていないのでお役人さんやお兄ちゃんと呼ばれていた。

ここでは好意的に接してくれる人が多くて、少し気が……。



「に、兄ちゃん!?そんなにお膝痛い!?」

「あらあら、大丈夫よ、お役人さん。てっちゃん、お役人さんが泣いたこと言っちゃだめよ?」

「分かってる!俺薬貰ってくるから!」



彼らの家に入った途端ぼろぼろと涙が流れた。

情けない。

また泣いてしまったと無理やり目をこすると清香さんに止められる。



「そんなに擦ったらだめよ。今冷たい手拭い持ってくるからね」

「すみません、ありがとうございます」

「いいのよ。お役人さんには助けてもらってるもの」

「俺は別に当たり前のことをしただけで……」

「じゃあ私たちも当たり前にお役人さんを助けてるだけよ」

「清香さん……」



清香さんはふふっと笑って水に浸して絞った手拭いを俺に渡してくれる。俺はお礼を言って受け取り目元に置いた。



この人たちも俺には勿体ない人だ。



彼女たちに押し切られて俺はその日清香さんの家に泊まらせてもらうことにした。俺の手荷物を見て事情も何となく察したのだろう。



今晩だけと俺はその言葉に甘えることにした。



明日には、都の外に出て違うところに行こうと思いながら眠りについた。この都にいたらきっと色々思い出してしまうから一度離れてこの気持ちを整理しなければいけない。



そうだ。久遠も探さないと。

もしかしたら違う都にいるかもしれないし。

久遠に会ったらきっと、きっと大丈夫になるだろうから。



そう考えたら久遠にずっとずっと会いたくなった。



―――そして、その日結界が壊れた。
しおりを挟む
感想 90

あなたにおすすめの小説

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

処理中です...