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前の話7

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妖魔の活動が過激になっている。



その報告を受けて俺は今日も雫さんと都の外で妖魔退治だ。過激になったというよりは数が増えたと言われた方がしっくりくる状況で増えた妖魔を片っ端から片付ける。



「ここら辺も片付きましたね。報告に帰りましょうか?」

「はい、そうで……っ!」



不意に狼の咆哮が聞こえた。少し遠いところからだ。それには雫さんも気づいたようで何かを言う前にお互い走り出す。

丁度、誰かが倒れておりそれに向かっている狼を模った妖魔の姿が見えた。大きいその横っ腹を思いっきり蹴り上げるときゃんっと鳴き声を上げてそれは転がった。



「雫さん!」

「いやです!こいつは絶対に治したくない!!」

「え!?」



その人を背に立つと後ろから雫さんの全力拒否の声が。どういう事だろうと振り返る前にその妖魔がまた襲ってきたので太刀で一刀両断する。霧のように消えたのを確認してから振り返るとそこには寿老の男がいる。



だいぶやられている様で血が出ている。頭を打ったのか気絶しているようだ。



「妖魔の餌にしてやりましょう」

「だめですよ雫さん」



かなり嫌がっている様で、治療は望めない。ならば早く都に運ぼうと出来るだけ丁重にその体を運ぶ。



「ちょっ!そ、その運び方ですか!?」

「はい。肩に乗せたら頭が下になりますし……」



雫さんがそう言った。俺の力だったらこの人を両腕で抱えることぐらい簡単だ。頭を下にしないように仰向けにして抱きかかえる格好でこれが一番安全だと思うが。



「私が持ちます!!お姫様抱っことか!そいつに勿体ないです!!」

「え、でも……」

「いいですから!!」



寄越せと雫さんにその人を奪われて彼はよいしょっと肩に担ぐ。



あ、あああ。



「そ、その持ち方は……」

「私が見るに、この男は頑丈なので大丈夫です」

「いやでも……」

「大丈夫です!!」



雫さんがそういうので彼に申し訳ないと思いながらもそのまま都に向かった。

報告の前にその男を治療する場所に預けるためそこに向かうと「え!?」と背後で声がした。



「嘘!宗太!!」



そう言って駆け寄ってきたのは弟だ。雫さんに担がれている彼を見てそれからきっと俺を睨みつける。



「彼に何したの!」

「お門違いな言葉をぶつけないでくれますか?倒れているのをこっちは運んできたんですよ?」

「ひどい、酷いよこんな事!!兄さんの馬鹿!誰か、宗太を僕の屋敷に運んで!」

「話聞かねえガキだな……」



一瞬、雫さんらしからぬ言葉が聞こえてぎょっとして其方を見たが彼はにっこり笑顔で、多分聞き間違いだったと思う。

弟の声に慌てて治療担当の法術師が現れて彼は弟の指示通りに運ばれていく。その間、涙を貯めながらずっと俺は弟に睨まれていたが、その視線を隠すように雫さんが前に出てくれた。彼が去った後に雫さんはぼそりと言葉を漏らす。



「だから捨て置けばよかったのに……」

「いいんですよ、雫さん」



そんな優しい雫さんに俺はそう返して報告に行ってきますと彼と別れた。

皇宮を歩いていると、前方から弁財の男と福禄の男がやって来た。俺を見見るとはっと蔑むような笑みを浮かべて話しかけてくる。



「最近、噂のお嬢さんといないようですが別れたんですか?」

「……? 何の話でしょうか?」

「とぼけたって無駄だよ。仕事もしないで美人な女の人を連れて遊んでるってみーんな知ってるから」



女性と遊んでいるような覚えはない。何かの間違いではないだろうかと思ったが、あっと一つの可能性に辿り着いた。



帝だ。彼しかいない。



そうか、周りには女性に見えていたのか。流石だと心の中でそう思っていると、図星を突かれて黙っていると思ったのか畳みかけるように俺に言葉を投げる。



「法術も使えない役立たずに本気になるものなんていないでしょう?」

「理央みたいに美人で可愛かったらまだ分かるけどさー。ねえ?一回鏡でも見たらどう?」



いつもの言葉にただ聞いているだけで黙っていた。そのままでいれば終わるから。いつものことだとそう思うことで耐えられた。



「お前みたいな奴好きになる奴なんているはずないよね」

「はい。お前みたいに責務を全うしないような男を誰が好きになるっていうんです?」

「――――っ!!」



どういうわけか、その言葉に酷く胸が痛んだ。相手には気づかれていないようで代わり映えのない言葉をつらつらとただ述べている。俺はそのまま訳の分からないその痛みに耐えるためにぎゅっと唇を噛んだ。



よく、似たような言葉を聞いたことがある。なのにどうして今はこんなにも胸がきしむおだろうか。



「何を話している」



――今、一番聞きたくない声がした。



下げたままの頭をあげることなく、すすっと廊下の隅によると弁財の男と福禄の男は小さく舌打ちをして彼に話しかけた。



「これはこれは帝様。いえ、同じ七宝として少し話をしていただけです」

「その通りです。仲良くお話していただけですよ?」

「毘沙門静紀」



二人の声を無視するように俺の名前を彼が呼んだ。びくりと体が大きく震え絞り出すようにして「はい」っと小さく返事をする。



「話がある。ついてこい」

「申し訳ありません。所用がありまして……」



即座にそんな言葉が出てきたのは驚きであった。そして、恐れ多くも自分は今帝を拒絶したことに気付く。



二度目だ。



俺が彼を拒絶したのは。しかも今回は、こんな人目があるような場所で、言い訳も何もできない。誰がどう見ても帝に歯向かう愚か者にしか見えないだろう。



「貴様……っ!」

「いい。時間が出来たら来い。いつでも待っている」

「はっ!」



彼は、そう言ってずっと頭を下げている俺の前を通っていった。その後ろを黒装束の男たちがついていくのが視界に入って、漸く俺は顔をあげる。



「七宝になったからもう帝は用済みですか」

「本当に最低だね」

「失礼致します」



俺はそう言ってもう一度頭を下げた後にその場を去る。適当に報告を済ませた後に、所用として都を見回ることにした。



何か異常はないかと見たり、住人の話を聞いたりと今やらなくてもいい事を俺はやっている。



「あ……」



不意に桜の花びらが目に入った。



もう満開に咲いており、一面桜の花びらで桃色になっている道をゆっくりと歩く。



「この場所、こんな景色になってたんだ……」



今まで見たことがなかった。ここの道は帰路でも門に向かう道でもない。だから通りかかることなんかなくて、きっと彼に手を引かれてここに来なければ一生見なかっただろう。それまでにこの場所は俺とは無縁のところだった。



「あれ……」



自分が泣いていることに気付いた。



「なんで……ああ、くそ……っ」



悪態をつきながらぐいぐいと涙をぬぐう。どうにかして抑え込まなければ嗚咽が漏れそうだった。



俺に価値はない。

俺は好かれない。

唯一の友達でさえもいなくなるんだ。



だから、これは、違う。



「久遠と、見たかったなぁ……」



そしてこれが正しい。
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