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前の話5

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「ありがとう!じゃあ早速!」

「え、あっ!?」

「こっちこっち!」



明るい声で俺の手を引きながら歩いていく。俺の持っている弁当箱に気づいてハッとして慌てて持とうと手を伸ばされた時は冷や冷やした。さすがに荷物を持たせる訳にはいかないのでこればかりは折れなかった。



そんな彼に連れられたのは最近できたという菓子店だった。



少しお金に余裕のある庶民にも手が届く位の値段であるが、中々に高いものが並んでいると聞く。名家のものが好んでこぞって買いに来るので毎日賑わっていた。前から気になってはいたが、あまりお金を持っていなかったので行くことは無いだろうと思っていた。



まずい、今あるお金で足りるだろうか……。



思わず計算をしていると、順便が来て慌てている俺をよそに彼は手馴れた様子で2つ、最中という食べ物を注文した。

懐紙に包まれたその最中というお菓子は茶色の見たことの無いものであった。



「はい、口止め料。お金は要らないよ」

「あ、ありがとうございます……」



口止め料にしては大金な気がするが、払える気もしないのでありがたく貰うことにした。しかし、食べ方が分からない。何かを挟んでいるようであるが、これを剥がして食べるものだろうか、それともそのまま……?



いろんな角度から見ようとしていつの間にか体が動いていたようで、「ふ、ふふ」という彼の笑い声で気が付いた。

ハッとしてそちらを見ると口元に手を置いてくすくす笑っている。



「あ……、ご、ごめんなさい、初めて見るもので……」



恥ずかしくなって顔を赤くして俯いてしまうと今度は慌てたような声が聞こえた。



「ち、違うよ!可愛いなって思っただけだから!!食べ方だよね?これはこのままがぶっと食べればいいんだよ!」



聞き間違いか、可愛いと言われたような……?いや、確実に聞き間違いだな。可愛いとかそういう言葉は弟が一番似合うものだし。俺みたいな小汚い男には程遠い。

彼の言葉はあまり気にしないようにして、言われたとおりにがぶりとそのまま口に含んでみた。中身は小豆のようでさくりとした不思議な食感がした後に小豆の甘さが口の中で広がる。



あまりのおいしさに驚いて目を見開いてしまった。



「最近の僕のお気に入りなんだけど……」

「お、美味しいっ!!」



あと一口で終わってしまうのがもったいなくて、ちびちびと食べ始める。口の周りにも甘いのがついたようで舌でぺろりと舐めていると、目の前にずいっと最中が現れた。

彼の持っていた最中だ。きょとんとしてそれと彼を見比べる。



「ええっと?」

「たった今、お気に入りじゃなくなったので貴方にあげます」

「ええ?」

「はいどうぞ!まだ食べてないので!!」



連れて来た本人なのにそんな事を言いだした。

何でそんな事をいきなり告げたのだろうと思って先ほどの出来事を思い返す。



まさか、俺が美味しいって言ったからくれた、のか?



そう考えるのが自然だが、もしかすると俺の食べ方が卑しくて見ていられないからという線も考えられる。そう思ってもう一度彼を見た。彼を見て、その考えはないだろうと俺の勘がそう告げる。



彼は俺に最中を差し出しながらも、「もっと買えばよかった……。こんなに喜んでくれるなら他の味も買えば……」と小さい声だが口からそんな彼の思考が漏れ出している。



「ふ、ふふ……」

「!」



今度は俺が笑ってしまった。



彼がこんなにも優しい人だとは思わなった。

おかしくて、でも嫌な気はしなかった。



「貴方が美味しいと思ったものだから、俺も美味しいと思ったんです。同じように私も気に入りました」

「う、そ、そう!」



彼がふわりと笑った気がした。口元が緩んでるからだろうか。顔を面で半分隠しているのに俺は何故かそう思った。



―――金色の髪で、久遠を連想するからだろうか。



あの子はよく笑っていた。ぎこちなく接する俺に嫌な顔一つせずに、しーちゃんと俺を呼んで先ほどのように手を引いてくれた。



ああ、彼に会いたい。



「……あ、こ、これはあげるから!僕はいつでも食べに来れるし!」

「そ、それはいけませんよ」



彼の言葉にはっと我に返ってそう言った。うっかり口に出てしまったが彼は気にすることなく「大丈夫!」と言ってくる。

まあ、これぐらいならば気分転換に良いだろう。とはいえ、塀を飛び越えるのはやめた方がいいと思うが、俺が言える立場ではないのでそっと心の中にしまっておく。



もう一つの最中も最後まで押し付けられてしまい二つも美味しいものを食べることが出来た。



彼も、とても良い人だ。

きっと立場がそうでなければ色んな人に囲まれてずっと笑って過ごせただろうに……。

せめて、この一時だけは何も憂うことなく笑えていればいいな。



―――なんて、俺が思うこと自体きっとおこがましい事なのだろうけど。



「あ!ねぇねぇあれって桜の木?」

「え?あ、あぁ、そうですよ。ここら辺一体はずっと」



握ったままの手を彼は引っ張って桜並木に近づいた。人づてにしか聞いたことがないがその光景は見事だという。俺には関係ない話だと思っていたがまさか来ることになるとは思わなかった。



ただ、少しずつ温かくなっているとはいえまだ桜は蕾のまま咲く気配がない。



「まだ咲かないの?」

「そうですね」

「そっかー。僕桜好きだから早く見たいなー!」

「そうなんですね」



彼が1本の桜の木を見上げた。俺も彼にならって同じようにその木を見上げる。



ただそれだけなのに、何の変哲もないその桜の木が少しだけ特別なものに見えた。
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