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前の話2
しおりを挟むそんな俺がすくすく成長し、結界の役割を担う者の交代が行われた。
今回は比較的近い年齢のものが選ばれるようだ。前の七宝は年齢がばらばらで、中には俺が子供の頃に死んでしまったという人物もいる。
なんでも先帝、つまりは今の帝の親である人物がとある日を境におかしくなり、無茶な妖魔退治を行った結果命を落としたとか。七宝には代わりがいると、今の帝になるまでかなりの人数が交代したとか。俺は知らないが、確かに結界が何度も張り替えられたという。
そんな実力も備わっている七宝に選ばれるのはもちろん優秀な弟だと思っていた。毘沙門には他にも分家に優れた人物がいるというが、本家でこれほどの実力を見せている弟が選ばれないはずがないとほとんどのものはそう思っていた。
もちろん、弟自身も。
しかし――。
「―――毘沙門静紀」
「は?」
選ばれたのは俺だった。
慣習として、このような式には帝は姿も声も出さず代弁者が帝の言葉を述べる。
数々の他の一族の実力者が選ばれていたはずなのに、俺の名前だった。聞き間違いだろうかそう思っていたら、もう一度名前を呼ばれる。
突き刺さる視線を感じながら何か言おうと口を動かすが、喉がからからでうまく声が出せない。
自分ではなく弟の方がいい。そう進言した方がいいはずだ。そう思って顔をあげる。
御簾越しに目が合った気がした。
帝の影が見える。ゆっくりと顔をあげてじいっと俺を見据えているようだった。
有無を言わさないその雰囲気に呑まれ俺は何も言えずにぐっと唇を噛んだ。
正直に言って怖かった。
今の自分の立場がどれだけ弱くて脆くて、この場で反感を買って切り捨てられたっておかしくない状況に。
自分自身、まだ死にたくないと思っていることにも驚きであったがそれもそうだ。
また、俺の唯一の友達である久遠に会いたかったから。相手がどれだけ俺を嫌っても、例え覚えていなくても、もう一度会いたかったから。
俺も選ばれたものたちと同じようにゆっくりを頭を下げる。
前に座っていた弟が息を呑んだ気がした。
顔を上げるのがこれほど怖いと思ったことはないだろう。
「拝命、いたしました」
自分の声が震えて小さかった。しかし、静まり返っているこの場所ではよく通った。
帝が、もう終わりだとばかりに立ち上がって畳を踏む音がする。それに気づいた者達は彼の背に向かって声投げかけた。
「お待ちください!七宝という名誉ある役割に、法術の使えないものを任命して良いのですか!!」
「その通りです!毘沙門には優れた術師がいるではありませんか!どうかもう一度お考え直しをっ!!」
縋るような声が聞こえる。その間でも俺はなかなかどうして顔を上げることができなかった。そんな俺の腕を掴んで無理やり立たせたのは父だった。
今まで見た中でも一番の怒り狂った目で俺を見た後に唾を吐きながら叫ぶ。
「一体帝に何をした!!」
父の言葉に全員が俺を見た。
俺は、父の言葉に静かに首をふる。
「何も」
「そのような嘘が通用すると思っているのか!!お前がいつもいつも家を抜け出しているのはわかっているんだぞ!!」
「それは……」
父が、俺を家から放ったのではないか。
使用人を使い、反省しろと屋敷から投げ捨てたのではないか。
この年齢になればそんなことも無くなったが物を投げて出て行けと叫んだではないか。
だから俺はそれに従って外に出たまで。それを一番わかっているのは父だろう。それをこの場で言っていいものか、と躊躇って言葉を切ったら弟が泣き出した。
「兄さん、自分を売ってまでそんなことを……」
何を盛大な勘違いをしているのだろうと、弟を見た。皇宮の警備を見てわからないのか。俺のようなものが帝に近づけば一発で死刑だ。
さしずめ、帝暗殺未遂、と言ったところだろうか。
「そんなことはしていない」
「嘘だ!ずっと僕のこと恨んでたんでしょ!!」
「……はあ」
思わずそんな声が出たが、わんわん泣く弟を両親が必死に宥め俺に対する鋭い視線が突き刺さる。
「この恥知らずがっ!!」
「どうしてこんな子に育ってしまったの……」
選ばれた時点でこうなると予想はしていたが本当にその通りになってしまった。この事態をどう収集しようと思っていたら周りからコソコソと話し声がする。
「弟に嫉妬したからといって……」
「役目を一体なんだと思っているのか……」
そう思われても仕方がない言動であったが、こう周りから改めて言われるとこれ以上何を言えばいいのかわからなくなる。
何も知らないで、なんていう資格もないし、役目を放棄する機会は先程あったのにも関わらず引き受けてしまったので自覚が足りないのも分かっている。
―――死にたくなかったから。久遠に会いたかったから。
これがどれほどの私情を抱えて役目につくのはきっと俺ぐらいだろう。選ばれたもの達はきっと今まで努力をして、そうなるべきだと教育されてきたのだから。
俺のような役立たずとは雲泥の差だ。
だから、ズルくてもこう言ってこの場を収めるしかなかった。
「帝が決めたのですよ?帝が決めたのですから俺ではなく、帝に直接言ったらどうですか?」
その瞬間に顔を歪め、悔しそうにして恨めしげに俺を見る家族。蔑んだ視線を隠そうともせずに俺を射抜く数々の視線。
俺はその視線を浴びながらその場を去った。
どっどっと心臓の音がうるさい。手が震えてきて思わず笑い声が漏れた。
帝の言葉を笠に着てどうにかこの場は収められたが、これからどうすればいいのだろうか。
これからのことを考えて俺は不安に駆られながら、俺は頭を振る。
選ばれたからには何か理由があるはずだ。
「静紀さま」
「!」
皇宮を出た時に誰かに声をかけられた。ばっとそちらを見ると白い髪に少しばかり桃色がかった男がいる。恐ろしい程顔は整っており、彼の赤い瞳と目が合うと恭しく頭を下げた。
「私は帝の式神、雫と申します。帝から貴方様の付き人になるようご命令を承りました」
彼の言葉に、ああっと驚くほど納得してしまった。
つまるところ、帝は七宝の中に自分側の人間が欲しかったという事だろう。俺の様に法術もなく役に立たない人間に式神を付けるという采配は不自然なところはない。ないが、露骨すぎる対策だ。
七宝の事を信用していないと言っているも同然だろう。
……ああ、いや、その為の、俺、か。
評判の良くない俺が選ばれれば、帝もそれなりに批判されるだろうが俺の方に目がいく。しかも贔屓しているという噂であればこの式神はお目付け役というよりも、俺の我儘によって帝がつけたと考えるのが自然。
それにしたって、なんて貧乏くじを引いた式神だろうか。
俺の傍にいればいやでも話題にあがってしまう存在。かといって、他の式神に変えて貰う権限も資格も俺にはない。
「よろしくお願いします」
ならば俺はそれを受け入れて、少しでも彼の評判に傷がつかないようにふるまうしかない。
せめて、他のものの足を引っ張るような事はしないようにしよう。
そして俺は雫さんと行動を共にするようになった。
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