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さて、あれから三日ほどが過ぎた。

九郎と晴臣さんはその日の夕餉前には帰ったが、毎日朝には来てくれる。それに比べてここの家主であろう久臣さんの姿はなく、沙織さんと久遠と一緒に夕餉を食べて寝たのが昨日の出来事。今日も朝から久遠に顔を拭かれて、美味しい朝餉を食べる。



「しちゃ、きょおは……」



にこにこ笑顔だった久遠の表情が無くなった。突然のことに驚いているとぎゅうと力強く手を握られる。



「若君、おはようございます」

「……」

「今日は若君の教育を頼まれているんです。一緒に行きましょう?」

「……」



この前の男だ。耳は大丈夫なのだろうかと思ったがここにいるということは大丈夫なのだろう多分。

そんな彼をぼんやりと見つめていたら、久遠は俺に抱き着いてじっと無言で彼を見ている。

……なんだろう、これ。久遠何か警戒してる?それとも怯えてるって言った方が正しいのかな?



「若は嫌がっている様子です。機会を改めてください」

「……若、お勉強のお時間ですよ」



無視するだろうとは思っていた。すっと伸びてきた手をパンっと払うとぎろっと男が俺を睨みつける。そんな物では俺はひるまない。似たような視線をずっと浴びてきた俺には。



「何様ですか、貴方」

「それは此方が言いたい言葉ですね。嫌がる子供を無理やり連れていくのが貴方のすることですか?」

「やらねばならぬことをそのように甘やかして遠ざけるのは悪い教育です。私は若君の為を思って言っているのです!!」



何かが俺の近くを飛んだ気がして反射的にそれを払う。すると、男の顔が驚きの表情をしてそして忌々し気に舌打ちをした。

なんだ?こいつの法術か?子供相手にそこまでしないと気が済まないなんて。己の未熟さをそこまでさらけ出せるとはたいしたものだな。

そう考えている間にも、法術の攻撃は続き適当に弾くと彼の顔がとうとう歪んだ。ふっと小馬鹿にしたように鼻で笑うと、一気に顔を赤くして彼の手が振り上げられる。



「この……っ!!」

「やああああああああああああああああっ!!!!」



少し挑発しすぎたかと反省しつつ、暴力には慣れているので甘んじてそれを受け入れようとしたら久遠が叫んだ。そして俺を後ろに思いっきり引きずるので諸共尻もちをついてしまう。

なんてことだ!



「くーちゃん!いたく……っ!」

「しちゃいじめう!どかいけ!きらいきらいきらい!!!!」

「わ、若君、そのような事を仰らないでください。私はただ……」

「いーやーーーーーーーーーっ!!」



そう叫んだ久遠の声と共に俺と男の間に黒い球体が現れる。何か良くないものだと瞬時に察して俺は久遠を抱えて素早く後方に下がった。「若!」っと男の声が聞こえたが、奴がどうなろうと知ったことじゃない。

突風が巻き起こる。その黒い球体に吸い込まれるような強い風で、久遠を挟んで柱に捕まりながら踏ん張るとそれは収まった。

ほっと一息ついていると、何の騒ぎだと屋敷の皆が集まってくる。



「いったい何がっ!?健次郎!?」



健次郎?あ、あいつの名前か。

一番早くにやって来たのは晴臣さんだった。

男の名前は健次郎というらしく、晴臣さんの知り合いでもあるらしい。



「晴臣さま。いえ、大したことありませんよ。その少年と少し揉めてしまっただけです」

「もめた?それだけでこんな危ない法術を?」

「私ではなくて、その……」



彼はちらりと俺に視線をよこした。あとから騒ぎを聞きつけた使用人たちの視線が刺さる。

俺が法術使えないって普通の人には分からないのか。ならばこれ以上追及されるよりも先に謝ってしまおうと頭を下げた。



「申し訳ありませんでした。私がやりました」



俺がそういうと嬉々とした声が聞こえてきた。



「ええ。本当に困りますね。ここは大事な居住区域ですのにこのような勝手をされては」

「はい」

「素性のしれない者を若君の温情で泊めて差し上げているという自覚がないのでは?このような者をいつまでおいているのか」



くすくすと笑い声が聞こえた。

これぐらいだったら平気だ。いつもやってることだし。こうやって言葉を連ねるということはきっとまだ謝罪が足りないのだろう。

膝をついてもっと深く頭を下げようとしてぐいっと腕を掴まれた。





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