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「え?」

「かか!ぶくぶく!」

「そうね、ぶくぶくの時間ね。しーちゃんもおいで」

「え、あ、はい」





ぎゅうっと久遠に抱き着かれて一緒に行くしかない。とてとてと短い脚を動かす久遠の隣で彼が転ばないように注意しながら一緒に歩く。歩いているとこの屋敷の使用人が沢山いて、ぺこりと頭を下げている。二人にではあるけれど、こんな扱いをされたのは初めてなので少し驚いてしまった。



彼女たちと一緒に向かった先は一つの場所だった。どんな場所だろうと思っていると、使用人が扉を開ける。





「お風呂場です。しーちゃんも綺麗にしましょうねー」

「!!」





お風呂。いつも井戸水を汲んで手拭いで拭くだけだったが、今目の前には大量のお湯が入っている大きくて四角い木の枠から湯気が立ち上って、いい匂いがする。ぜいたくにも柚子を浮かべたお湯であった。





「あ、ぼ、僕は良いです!!」

「服は気にしないで。ほら一緒に入りましょ?ねーくーちゃん」

「しーちゃぶくぶくしよ!」





がっちり久遠に抱き着かれて慣れた手つきで沙織さんに着物を脱がされる。

ああ。まずい。こんなところで着物を脱がされたら……っ!!





「―――っ!」

「ご、ごめんなさい!見苦しいものを!!」





沙織さんが俺の体を見て絶句していた。それもそのはず、赤黒くなっているあざだらけの身体に火傷の後だって至る所にある。汚い体を見せてしまいかっと顔が赤くなった。





「……いいえ?気にすることじゃないわ。ほら脱いだ脱いだ」

「え、あ、でも……」

「はい早く!くーちゃんはこっちにおいでー?」

「やー!!」

「ほぉらこの我儘坊やだめよ」

「あーやー!!」





久遠が嫌々首を振る。沙織さんは俺の体を見て何か思うところがあったのに何も追求しなかった。それがありがたい。



しかし、このまま甘えていいのだろうか……。





「しーちゃん、ごめんね、くーちゃんの為に早く服脱いで中に入ってくれる?」

「しーちゃ、しーちゃあ!ああああああっ!!!」

「あ、は、はい!」





久遠を引き留めるのに沙織さんは忙しそうだ。このままごねる方が彼女に迷惑をかける。俺は素早く脱いで中に入る。



立派な風呂場だ。どうすればいいのか棒立ちで二人が来るのを待つが、はっと我に返る。



今の俺子供だけど、沙織さんと一緒に入るのはいけないのでは?え、ど、どうしよ!



他の問題が浮上したが、今から出るわけにもいかず頭を抱える。俺があまり見ないようにすればいいか。でもそういう問題でもないだろう、ああ!!





「しーちゃ、ぶくぶく~~~~~っ!!」

「おわっ!」

「くーちゃん危ないでしょ!!お風呂場では抱き着かない!」





ぎゅうっと体当たりするように抱き着かれて俺は転ばないように踏ん張った。そして沙織さんの声に反射的にそちらを見てしまう。



彼女は、きちんと着物を着ていた。心底ほっとした。





「ぶくぶくはいる!」

「ぶくぶくはあとね、こっちにおいで。しーちゃんは湯船に入っててね~」





手際よく沙織さんは久遠の髪を濡らしたり、身体をこすったりする。



使用人がいるのに沙織さんは自分で子供のお世話をするようだ。俺どころか、理央すら乳母に育てて貰ったというのに。他の家だとこんなにも違うようだ。



言われたとおりに柚子の香りのする贅沢なお湯に入る。温かい。こんなに温かいお風呂に入るのは初めてだ。





「はいくーちゃんは終わり。しーちゃんは一人でできる?」

「はい」

「くーちゃ!しーちゃごしごしする!」

「だめだめ。くーちゃんはぶくぶくよ?ほーらぶくぶく~!」





久遠を湯船に入れて空気を含ませた手拭いを湯船に浮かべ、丸くなっている部分を沙織さんが押すとぶくぶくと空気がそこから出ていった。



さっきからぶくぶくと言ってるのはあれか、と横目に見ながら手拭いを借りて自分の身体をこする。





「ぶくぶくない!や!」

「本当にー?」

「や!!!」

「あーでちゃだめ。じゃあ数数えようか?ひとーつ」

「やあぁああぁああああっ!!!」

「くーちゃん、背中届かないからやってくれる?」





子供特有の甲高い悲鳴をあげられてキーンと耳が痛い。慌ててそう言ったが少し間に合わなかったようだ。そんな中でもきちんと聞き取れたのかぴたりと叫ぶのやめて久遠は「かーか!」っと嬉しそうな声をあげる。





「しーちゃん、気を遣わなくていいのよ?」

「大丈夫です。くーちゃんお願いね」

「いぃお!」





俺の許可が下りてご満悦で久遠は受け取った手拭いでごしごし拭う。むず痒いが少しの我慢だ。





「しーちゃはね、くーちゃのでねー?いたいいたい、ないないよー」

「ん?うん、ありがとうくーちゃん」

「えへ、えへへ」

「あら、くーちゃん流石ね。しーちゃん痛くない?」

「え?あ、大丈夫です」





小さい子供の言葉は脈絡ないって聞くし、これもそういうもんだろう。そう思ったが、沙織さんがなんでそんな事を聞くんだろう。何か意味あったかな……?



そう思ったが、考えても分からないので気が済むまでやらせて湯船につかり、そこから出ると如何にも高そうな着物が置いてあった。



お、俺の着物は一体どこに……?





「あ、あの、沙織さん……」

「しーちゃんのは今お洗濯してるから待ってね」

「い、いえ、そこまでお世話になるわけには……」

「いいのよ。ほら、夕餉の支度も済んでるから」

「え?」





夕餉?夕餉とは?え?夜のご飯、だよね?



がっちり久遠に掴まれたままずるずると引っ張られるように連れていかれたのは広い部屋。膳が四つ並んである。



は、白米だ!!しかも煮魚に三つほどの小鉢も並んであってお味噌汁もある。な、なんて贅沢なご飯!!

誰かにご飯を作って貰ったのは初めてだ。



お菓子といい、この着物といい、久遠に出会えただけでも幸運なのにこんなに幸せなことが続いていいのだろうか?



そう考えたらあとが怖くなってきた。





「あ、あの、やっぱり……っ!」





もうこの家を出ようと別れの挨拶をしようとしたらなにやら外が騒がしい。反射的に、久遠の近くに陣取って何かあればすぐに対応できるように、ここで武器になる箸を手にする。



足音がこちらに近づいてきてごくりとつばを飲み込むと、襖が開いた。





「ただいま~!あー、疲れ、え?なんで箸構えてるのそのこ?」





男の人がいた。



この人も何となくだが久遠に似ているような気がする。そう思っていたら、「とーと!」と久遠が声をあげた。





「くーちゃん元気してたー?ととはもう疲れたよ~」

「とと、め!こない!!」





ふるふる首を振って近づいてくる男性から俺も一緒に遠ざかろうと引きずるので転ばないようについてく。

すると彼はとても悲しそうな顔をしてしくしくと泣き真似をした。





「何で毎回そんな拒否するのー!?とと悲しいんだけどー!!」

「しーちゃはくーちゃの!」

「とと、とらないよぅ!」

「や!」





全力拒否する久遠。それを見て彼は肩を落とした。



……も、もしかしてこの人は久遠のお父様、なのか?



今の俺って久遠の家族に囲まれてる、てことになる、よね?

どうしよう、抜け出す機会を完全に逃しちゃったかも。
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