上 下
17 / 208

しおりを挟む
「え?」

「かか!ぶくぶく!」

「そうね、ぶくぶくの時間ね。しーちゃんもおいで」

「え、あ、はい」





ぎゅうっと久遠に抱き着かれて一緒に行くしかない。とてとてと短い脚を動かす久遠の隣で彼が転ばないように注意しながら一緒に歩く。歩いているとこの屋敷の使用人が沢山いて、ぺこりと頭を下げている。二人にではあるけれど、こんな扱いをされたのは初めてなので少し驚いてしまった。



彼女たちと一緒に向かった先は一つの場所だった。どんな場所だろうと思っていると、使用人が扉を開ける。





「お風呂場です。しーちゃんも綺麗にしましょうねー」

「!!」





お風呂。いつも井戸水を汲んで手拭いで拭くだけだったが、今目の前には大量のお湯が入っている大きくて四角い木の枠から湯気が立ち上って、いい匂いがする。ぜいたくにも柚子を浮かべたお湯であった。





「あ、ぼ、僕は良いです!!」

「服は気にしないで。ほら一緒に入りましょ?ねーくーちゃん」

「しーちゃぶくぶくしよ!」





がっちり久遠に抱き着かれて慣れた手つきで沙織さんに着物を脱がされる。

ああ。まずい。こんなところで着物を脱がされたら……っ!!





「―――っ!」

「ご、ごめんなさい!見苦しいものを!!」





沙織さんが俺の体を見て絶句していた。それもそのはず、赤黒くなっているあざだらけの身体に火傷の後だって至る所にある。汚い体を見せてしまいかっと顔が赤くなった。





「……いいえ?気にすることじゃないわ。ほら脱いだ脱いだ」

「え、あ、でも……」

「はい早く!くーちゃんはこっちにおいでー?」

「やー!!」

「ほぉらこの我儘坊やだめよ」

「あーやー!!」





久遠が嫌々首を振る。沙織さんは俺の体を見て何か思うところがあったのに何も追求しなかった。それがありがたい。



しかし、このまま甘えていいのだろうか……。





「しーちゃん、ごめんね、くーちゃんの為に早く服脱いで中に入ってくれる?」

「しーちゃ、しーちゃあ!ああああああっ!!!」

「あ、は、はい!」





久遠を引き留めるのに沙織さんは忙しそうだ。このままごねる方が彼女に迷惑をかける。俺は素早く脱いで中に入る。



立派な風呂場だ。どうすればいいのか棒立ちで二人が来るのを待つが、はっと我に返る。



今の俺子供だけど、沙織さんと一緒に入るのはいけないのでは?え、ど、どうしよ!



他の問題が浮上したが、今から出るわけにもいかず頭を抱える。俺があまり見ないようにすればいいか。でもそういう問題でもないだろう、ああ!!





「しーちゃ、ぶくぶく~~~~~っ!!」

「おわっ!」

「くーちゃん危ないでしょ!!お風呂場では抱き着かない!」





ぎゅうっと体当たりするように抱き着かれて俺は転ばないように踏ん張った。そして沙織さんの声に反射的にそちらを見てしまう。



彼女は、きちんと着物を着ていた。心底ほっとした。





「ぶくぶくはいる!」

「ぶくぶくはあとね、こっちにおいで。しーちゃんは湯船に入っててね~」





手際よく沙織さんは久遠の髪を濡らしたり、身体をこすったりする。



使用人がいるのに沙織さんは自分で子供のお世話をするようだ。俺どころか、理央すら乳母に育てて貰ったというのに。他の家だとこんなにも違うようだ。



言われたとおりに柚子の香りのする贅沢なお湯に入る。温かい。こんなに温かいお風呂に入るのは初めてだ。





「はいくーちゃんは終わり。しーちゃんは一人でできる?」

「はい」

「くーちゃ!しーちゃごしごしする!」

「だめだめ。くーちゃんはぶくぶくよ?ほーらぶくぶく~!」





久遠を湯船に入れて空気を含ませた手拭いを湯船に浮かべ、丸くなっている部分を沙織さんが押すとぶくぶくと空気がそこから出ていった。



さっきからぶくぶくと言ってるのはあれか、と横目に見ながら手拭いを借りて自分の身体をこする。





「ぶくぶくない!や!」

「本当にー?」

「や!!!」

「あーでちゃだめ。じゃあ数数えようか?ひとーつ」

「やあぁああぁああああっ!!!」

「くーちゃん、背中届かないからやってくれる?」





子供特有の甲高い悲鳴をあげられてキーンと耳が痛い。慌ててそう言ったが少し間に合わなかったようだ。そんな中でもきちんと聞き取れたのかぴたりと叫ぶのやめて久遠は「かーか!」っと嬉しそうな声をあげる。





「しーちゃん、気を遣わなくていいのよ?」

「大丈夫です。くーちゃんお願いね」

「いぃお!」





俺の許可が下りてご満悦で久遠は受け取った手拭いでごしごし拭う。むず痒いが少しの我慢だ。





「しーちゃはね、くーちゃのでねー?いたいいたい、ないないよー」

「ん?うん、ありがとうくーちゃん」

「えへ、えへへ」

「あら、くーちゃん流石ね。しーちゃん痛くない?」

「え?あ、大丈夫です」





小さい子供の言葉は脈絡ないって聞くし、これもそういうもんだろう。そう思ったが、沙織さんがなんでそんな事を聞くんだろう。何か意味あったかな……?



そう思ったが、考えても分からないので気が済むまでやらせて湯船につかり、そこから出ると如何にも高そうな着物が置いてあった。



お、俺の着物は一体どこに……?





「あ、あの、沙織さん……」

「しーちゃんのは今お洗濯してるから待ってね」

「い、いえ、そこまでお世話になるわけには……」

「いいのよ。ほら、夕餉の支度も済んでるから」

「え?」





夕餉?夕餉とは?え?夜のご飯、だよね?



がっちり久遠に掴まれたままずるずると引っ張られるように連れていかれたのは広い部屋。膳が四つ並んである。



は、白米だ!!しかも煮魚に三つほどの小鉢も並んであってお味噌汁もある。な、なんて贅沢なご飯!!

誰かにご飯を作って貰ったのは初めてだ。



お菓子といい、この着物といい、久遠に出会えただけでも幸運なのにこんなに幸せなことが続いていいのだろうか?



そう考えたらあとが怖くなってきた。





「あ、あの、やっぱり……っ!」





もうこの家を出ようと別れの挨拶をしようとしたらなにやら外が騒がしい。反射的に、久遠の近くに陣取って何かあればすぐに対応できるように、ここで武器になる箸を手にする。



足音がこちらに近づいてきてごくりとつばを飲み込むと、襖が開いた。





「ただいま~!あー、疲れ、え?なんで箸構えてるのそのこ?」





男の人がいた。



この人も何となくだが久遠に似ているような気がする。そう思っていたら、「とーと!」と久遠が声をあげた。





「くーちゃん元気してたー?ととはもう疲れたよ~」

「とと、め!こない!!」





ふるふる首を振って近づいてくる男性から俺も一緒に遠ざかろうと引きずるので転ばないようについてく。

すると彼はとても悲しそうな顔をしてしくしくと泣き真似をした。





「何で毎回そんな拒否するのー!?とと悲しいんだけどー!!」

「しーちゃはくーちゃの!」

「とと、とらないよぅ!」

「や!」





全力拒否する久遠。それを見て彼は肩を落とした。



……も、もしかしてこの人は久遠のお父様、なのか?



今の俺って久遠の家族に囲まれてる、てことになる、よね?

どうしよう、抜け出す機会を完全に逃しちゃったかも。
しおりを挟む
感想 90

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...