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久遠の家族

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久遠と紙で文字を書いている間にお茶と菓子があった。



見たことある。

雫さんに貰ったことがある奴だ!





「お菓子は嫌いかしら?」

「い、いえ!」

「そう、良かった。くーちゃーん。少し休憩しましょうね」

「ん!」





彼女の声に久遠は素直に机から体を離して筆を持ったままこちらに来る。それを慣れた手つきで受け取って、墨を手拭いで拭って手を拭いた彼女は四角くて小豆が入っているそれを切り分ける。

名前は知らないけれど美味しかった奴だ。確か、小麦粉と卵とで作って蒸す食べ物。





「沢山あるから遠慮しないでね」

「いたーきます!」

「あ、い、いただきます……」

「はいどうぞ」





久遠が口いっぱいにそれを頬ぼった。ちらっとその様子を見ながら俺も一口大にちぎって食べる。

ふわっと甘くて柔らかい食感。もったいなくてもっと小さくちぎってちまちま食べる。美味しい!雫さんに貰ったお菓子と同じくらい美味しい!



夢中でパクパク食べていると、女性があっと声をあげた。





「そう言えば、自己紹介してなかったわ。私はこの子の母親、沙織って言います」

「あ、え、と、僕は……」





名前、言った方が良いんだろうけど。この人は大人だからすぐに俺の情報に行きついてしまうだろう。

ましてや息子にいきなり付きまとう要注意人物だし。



いくら俺が七宝の集まりに呼ばれなかったり、行けなかったりしたとしても。



どうしても自分の名前を言うのは怖くて口ごもると彼女はふわりと笑顔を見せる。





「いいのよぉ、しーちゃんって呼ぶから気にしないで」

「え、で、でも……」

「うちの子ね、この屋敷にいる人たちにも懐かなくて、私にもこんなに笑顔にならないのよ?ほとんどしゃべらないし、ふらふら色んな所にいつの間にか行っちゃうの」





え、そ、それは大丈夫なのか?少し心配になったが、きっと俺よりも久遠のことを彼女は心配していたのだろう。





「だから、安心したの。貴方みたいなお友達が出来て、こんなにうれしそうなんだもの。これからもよろしくね」

「は……い……」





沙織さんにそう言われて俺は小さくうなずいた。

それにしても久遠がしゃべらないし懐かないなんてあまり信じられないが……。



ちらっともう一度彼を見ると口いっぱいにお菓子を詰め込んでおり俺と目が合うと目じりが下がって笑ってくれる。



可愛い。





「しーちゃんは、もう帰らないといけない?門限とかある?」

「あ、いえ、一週間ほどは大丈夫です」

「あらそうなの?ふふ、じゃあお泊りしてくれるかしら?」

「いえ、そこまでお世話になるわけにはいきません」





きっぱりと断る。すると沙織さんは不思議そうな顔をした。





「一週間は大丈夫で、お泊りはだめなの?どうして?」

「僕汚いし、何の役にも立たないので」

「……あらあら」





沙織さんはそう言ってん―っと考え込む。そろそろ日も暮れてきたし、これだけ食べたらお暇させて貰おう。



これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。久遠の為に力をつけないといけないし。

そう思い立って挨拶をしようとするとぐいっと横から腕を引っ張られた。





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