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その場所に近づくにつれて、何となく空気が澄んでいるように感じる。俺は法術を使えないので何となくの感覚であるが。



記憶を頼りにその場所に向かうと、見たことない屋敷があった。いや、あった。火事があったようで黒炭になった支柱や倒壊した屋根、塀があった気がする。

焦げ臭くて異臭もしたので、こんな場所から久遠を離さなければならないと思いすぐに違う場所に移動したからそこまで覚えていなかった。



いや、そもそもこんな場所に人が住むような屋敷を作るのがおかしいだろ。都の中の方が安全なのになんで?



そんなことを思ったが、その場所を通り過ぎて祠の方に向かう。屋敷からは少しばかり離れた場所にある。するとそこには子供がいた。





「んきゃぁ~!」

「!」





その子を見て俺は思わず隠れてしまう。そして物陰からその子を見た。



金髪に短い手足。きゃっきゃっと笑いながら地面に指を付けて何かを書いているようだ。



久遠だ。



小さいが絶対に彼だ。えっちらおっちらと不安定な足取りで立ち上がってふらふらと歩く。

ああ、危ない。転びそうだ。



そう思いながら見守っているとぐるんっと久遠がこちらを向いた。





「……う?」





そしてそのまま、砂のついた指をくわえそうになって―――。





「だめーーー!!」





思わず叫んで飛び出した。



俺の声に驚いてぺたんと久遠が尻もちをついてしまう。申し訳なさでいっぱいになるが、久遠に近づいてその砂がついた指をどうにか払う。今の俺に綺麗な手拭いも、洗える水もない。





「汚いからだめ!」

「めぇ?きちゃ?んめ?」

「ばっちいの」

「ばっちぃ!」





きゃっきゃっと笑っている久遠が可愛い。それなのに俺は今の彼の手を綺麗にできるものが何もないのが悔しい。



それにしてもいくつぐらいだろうか。俺の記憶よりもかなり幼い。言葉もあんまり話せている様子じゃないし。

今の俺の歳も定かではないが、久遠は俺より年下なのは確かだから不思議ではないが……。





「水で手洗いに行こう?」

「みーぅ?」

「こっちおいで」

「んよぉっ!!」

「ありがとう」





手を差し出すと分かったようで小さな手を重ねてくれる。ふんふふーんと鼻歌を歌い久遠はためらいなく俺についてきた。可愛い。



山中で見つけた湧き水で久遠の手を洗う。





「た!!!!」

「あ、ちょっと我慢してね」

「んー!!」

「偉い偉い」





ぐしゅっと水が冷たくて変な顔になっていた久遠だったが、我慢して手を洗わせてくれた。残念なことに俺の着物が汚いので拭くものがないが。





「くちゃ!」

「え?」

「くぅちゃ!!」





自分を指さしてくちゃと言っている。

くちゃ?ん?く、って久遠のくか?

じゃあ名前かな?俺の名前が知りたいのか?





「えーっとお、じゃなくて僕は静紀です」





あまり久遠の前で俺なんて言葉を使わないようにしないと。久遠が汚い言葉を覚えてはいけない。





「えー……しー?」

「あ、しーちゃん。しぃちゃん」





自分を指さしてそういうと久遠はぱっと顔を明るくさせる。それからぎゅうっと俺に抱き着いた。





「しちゃ!」

「あ、うん、くーちゃん」

「しちゃ、かう!」

「……え?」





かう?

そう思って首をかしげると、久遠の首元に下がっていた石が光だした。

え!?



なにが起こるか分からずに久遠を守ろうとぎゅっと抱きしめる。ふわっと体が浮いたような感覚と優しく頬を撫でるような風が吹いたと思えば、人の声が聞こえた。





「あら、くーちゃんお帰りなさ……」





一人の女性がそこにいた。おっとりとした雰囲気で、何となく久遠に似ている。

その女性は、俺と久遠を見るとあら?と首をかしげる。





「しちゃ!」

「あら、あら」





女性は俺をまじまじ見る。

そりゃ、知らない子がいきなり現れたら不思議がるのも当たり前だ。俺だったら叩きだす。

しかし、久遠が普通に話しをしているということは何かしらの知り合いである可能性が高い。

ならば、俺が取る行動はただ一つである。





「はじめまして」

「はい、初めまして。しちゃくん?」

「あ、お、い、いえ、僕は」





ここはきちんと挨拶をしようと思い居住まいを正すとその間に久遠が入ってきた。そしてびしっと俺を指す。





「しーちゃ!かあ、しーちゃ!!」

「しーちゃんね。初めてのくーちゃんのお友達嬉しいわぁ。誰か、お茶持ってきて」

「え、あ、い、いえ、お、お構いなく」





女性がそういうので俺は慌ててそういうが、彼女はくすくすと上品に笑う。





「いいのよ、いいのよ。くーちゃんのお友達だもの」

「しちゃ!しちゃ!!」





久遠が俺の手を引いて文机に連れていく。俺はその文机に座らされて、久遠はよいしよいしと引き出しを引っ張る。俺はそれを見て慌てて代わる。引き出しを引っ張ると文鎮、筆、硯、墨、半紙が入っていた。久遠がその中に頭から突っ込もうとしていたので止めて、彼の望むとおりに物書き一式を机の上に広げる。





「これでどう?」

「ん!あーがと!」





そう言って一生懸命硯に墨を作る。そして、高そうな筆を手に持って勢いよく墨につける。

あ!!高そうな着物が!!





「ぐるぐる!しーちゃも!」

「あ、う、うん」

「ぐっちゃぁ!」





作法なんて関係ない。ただ好きなように半紙を墨で濡らしている。毛筆も絶対に痛んでいるだろうと思えるほど強く押しつけていた。なんて贅沢な使い方だろう。道具一式も高そうな模様がついてあり、それが子供の遊び道具になっているなんて……。



俺には勿体なさ過ぎてとりあえず渡された紙と筆で文字を書く。



くーちゃんと書いているとじーっと横にいた久遠が俺の半紙を覗いている。





「なぁに?」

「これは、くーちゃん、って書いてるんだよ」

「くーちゃ?しーちゃは?」

「しーちゃんはこう」





さらさらと文字を書くとじっと久遠はそれを見て、「ほしぃ!」っとその紙に手をかける。





「あ、うん、いいよ、はいどうぞ」

「ん!」





にぱっと笑顔でそう言って紙を手にした後に、墨で真っ黒になった半紙をぽいっと畳に投げる。



あ、あああ。



さっともったいないが新しい半紙を下にして墨に畳がつかないようにする。予想通り、半紙に墨が染み出ていた。危ない。





「こー?」

「えーっと、くーちゃんはこう書いて……」

「や!しちゃ!!」

「え?あ、僕の名前書きたいの?」

「ん!」





こくこくと頷く久遠に、俺はしーちゃんという文字を彼に教える。久遠はにこにこ笑顔で嬉しそうにしーちゃんっといっぱい紙に書いてくれる。



嬉しい。しかしなんでこんなに俺を信頼しているんだろうか。それが少し不思議だ。



不思議だが、今だけでも久遠に好かれているならばそれでいいや。
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