マイペース元勇者の2度目の人生。

紫鶴

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34、塔攻略再び

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アシュレイはいつの間にかベッドの上にいたことに驚く。
まさかあのまま寝てしまったなんて……。思わず頭を抱えてしまう。もう少しリナと話をして塔には来るなと言い含めたかったが……。
アシュレイはぼんやりとそう思ったが、どうせ言っても聞かないだろうなと思いなおす。
はあっとため息をついくと扉が開いた。
「あ、おはよう、アーシュ。朝ご飯出来たよ?」
「おはようレイチェル」
にっこりと笑顔のレイチェルがいた。アシュレイがベッドから出ようとする前にひょいっとレイチェルがアシュレイを抱える。ここで歩けるだの言うと面倒なことになることは知っているのでアシュレイは黙ったまま連れていかれる。今日の朝食はホットサンドのようだ。中身はチーズとハムのものとポテトサラダが挟まったものだ。あーんっとアシュレイは大きく口を開いて頬張る。
目の前では湯気の上がった甘いカフェオレをレイチェルがアシュレイの前に置く。それからレイチェルはアシュレイの前に座り、同じくカフェオレを口にする。
「んまぁ……」
「アーシュ、ついてるよ」
「ん……」
アシュレイの小さい口の中にめいいっぱい詰め込む姿は可愛い以外の何者でもない。真正面からその可愛い姿を独占しているレイチェルはご機嫌である。アシュレイのもぐもぐと膨れている頬にかぶりつきたいという欲求を抑えながらレイチェルも同じようにホットサンドを食べる。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末様です」
朝ご飯を食べ終わり、アシュレイは手を合わせてそう挨拶をした。そして明日こそは朝ご飯を作ろうと決意しながら食器を運ぶ。その姿さえもレイチェルはでれでれと嬉しそうに破顔する。それに気づくことなく食器を洗うためにアシュレイは踏み台に乗って食器を洗う。洗った食器をレイチェルが拭いて、食器棚に戻した。
そこで、アシュレイが思い出したかのように声をあげる。


「あ、レイチェル。俺、塔を攻略するから出かけるね?」


アシュレイは何でもないようにそう言って、それを聞いたレイチェルの手が一瞬だけ止まる。


「僕も行く!」
「え?いいの……?」
「ん!僕もアーシュの役に立ちたいし!」


こくこくと頷きながらレイチェルはそう言った。
その言葉は本心である。
レイチェルはアシュレイの役に立ちたいし頼られたいと思っている。


「ありがとう。絶対、レイチェルを守るからね?」
「うん!」


アシュレイがあっさりとそう言うのには訳がある。
レイチェルは今、一応勇者である。つまり、即死であっても回復ないし、蘇生ができる存在である。なので、たとえアシュレイが死んでもレイチェルは絶対に大丈夫ということ。
何度でも、何度でも蘇り、再生し、治癒が施される体。アシュレイは便利だな、という印象しかなかったが今となってはありがたい特典である。

さて、アシュレイはレイチェルに自分が持っていた一番軽くて小さいナイフを取り出させて、適当に振るい腰に装備する。それからアシュレイとレイチェルは適当に目立たない場所に転移した。今回もあの冒険者に絡まれないようにローブでフードを被っている。アシュレイも同じような格好だ。

そして、霧を抜け塔の姿が現れるほど近づいて気が付いた。

6人の人影。その姿を見てアシュレイの顔が歪んでいく。相手も気づいたようで彼らは慣れたように片膝をついた。


「我らが栄えある太陽、王太子殿下におかれましては―――」
「いや、俺もう王子じゃないからやめて。大体、なんでいるの?仕事は?子供はどうしたのさ。奥さんないし旦那さんは?」


一番に声を出したのはルーファスだ。
時がたっているがそもそも皆が青年期の時の旅仲間であったため大して変わった様子はない。とはいえ、歳が重なり勇者パーティーで栄光を飾った彼らにはそれなりの地位についているはずだ。で、あるのでこのように突然休暇貰いましたーなんてことが可能だろうか。いや、地位が高いから寧ろ可能なのだろうか。

メンドクサイっとアシュレイはそう思いながらはあああっとため息をつく。すっと、ルーファスが顔をあげて立ち上がった。そして、流れるように俺の頭に拳骨を落とした。


「こんのバカがぁあああああっ!!」
「いったああああああっ!」


前までは痛みに対して鈍感であったアシュレイだったが、加護のない今のアシュレイはダイレクトに痛みを感じる。
涙目になりながら痛みに悶えながらルーファスを睨みつけようとしたが彼の顔を見て呆然とする。


「ほんと……よかった……」


涙のたまった目でルーファスは絞り出すような声を出す。アシュレイはそれ以上何も言えずに黙りこくる。ちらっと後ろの5人、昨日のリナでさえ静かに涙をぬぐっていた。
アシュレイは、やはり何で泣いてんだこいつという気持ちであるがここでそんなことを言ったらこのこわーいルーファスに殴られてしまう。


「それで?なんでここにいるの?悪いけど帰らないよ俺は」
「そうではありません。我々も塔の攻略の為に参りました」
「ああそう。じゃあお先どうぞ」


どうせ無理だろうけど。という言葉は飲み込んでアシュレイはそう言った。
このパーティーレベルであれば取り合えず死ぬことは無いだろう。塔で死んだ奴がいるとは聞いたことがないし。


「言い方が悪かったですね。私たちも供に連れていってください。拒否した場合、無理やり本国に連れていきます」


後ろの方で縄を持ったベン、杖を構えていつでも何か魔術を発動させようとしているアリサにサイラス、軽装だなあっと思っていたが多分俺に襲い掛かろうとしているアデル。
アシュレイは、もう一度ため息をついて頭を振る。


「いや、俺もう勇者じゃないから君らの事守れないんだけど。死んでも責任取れない」


アシュレイはノーっと明確に拒否をする。しかし、その瞬間ぴりっとした雰囲気が漂った。ん?っとアシュレイはその雰囲気に首を傾げる。

ぶるぶると震えながら一番に声を出した、いや、その持っている杖で殴りかかろうとしたのはアリサだ。


「守ってもらわなくて結構よ!!守られるほど私たちは弱くないわ!この大バカ者ぉ!!」
「ア、アリサちゃん!落ち着いて!!」
「いやよ!今まで庇護対象だと思っていたわけっ!?仲間って思ってなかったの!?だから言ってくれなかったの貴方はっ!」


泣き叫ぶアリサにアシュレイがえ?っと声を出し、首を振る。


「仲間と思ってるよ?」


仲間じゃなかったら守らないし。という言葉もアシュレイは添える。その清々しい程の選民意識の高さにアリサの方がえっと言葉を漏らした。そして、思い出す。

この元王子、世間知らずな上に家族以外には冷たい男である。そんな奴が他人を守るなんて言うはずがない。
首を傾げて何をそんなに嘆いているのか本気で分からないアシュレイを見て、アリサは気が抜けたように座り込んだ。それは他の5人も同じようで苦笑を漏らす。


「殿下……いえ、アシュレイ様。我々はもとよりその覚悟はあります。どうか、我々をお使いくださいませ」
「……そう。ならいいんだけど。レイチェル、彼らも一緒に行ってもいいかな?」


ルーファスがそう言って再び頭を下げた。アシュレイはレイチェルを見上げてそう聞くと、レイチェルはにこっと笑顔でいいよっと答える。


「君は、あの時の子なんですよね。我々の力が及ばず、申し訳ありませんでした。君が生きてくれて本当に良かったです。今代の勇者は貴方だと聞いています。全力で守らせていただきますのでよろしくお願い致します」
「あ……はい、どうぞよろしく」


レイチェルはそれだけ答えてひょいっとアシュレイを抱える。それからぎゅっと力強く抱きしめた。

アシュレイには見れないようにじろっと6人を睨みつけることを忘れずに。それぐらいのことをされることはしたと自覚のある彼らはその対応を甘んじて受ける。

そして、新生勇者パーティーが結成された。戦力は十二分である上に、今回は敵の場所が予めわかっているので大して時間がかからないだろう。

自分の時の魔王も一か所でどっしりと構えてくれれば簡単だったのにっとアシュレイはそう思いつつ、レイチェルに運ばれた。

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ひよこリンゴさん感想ありがとうございました!
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