マイペース元勇者の2度目の人生。

紫鶴

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18、元勇者、拉致後の展開

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アシュレイの目の前に誰かがいる。
それは泣いていた。声をあげず静かに涙を流していた。


「なんで、なんでだよ」


そう呟いて自分の体を見ている。体を震わせてそれから床を拳で叩きつけた。白い壁、白い床、机、いす。それからその目の前にいる男は紫色の髪の男だ。
だが、口調に違和感を覚える。


「あのバカ!」


その瞬間、床の円盤から赤い髪の女が現れる。その人物は慌てたようにして男を呼んだ。


「ちょっと!あんたんとこのお気に入りが下界で暴れてるわよ!?どうするつもり!?まさか、あんなに可愛がってたのに殺すつもりなの!?」
「うるさい!そんなことする訳ない!」
「そうよね……って、は?」


男の荒々しい声にぽかんとした女が次の瞬間さっと顔色を変える。


「まさか、バカだあほだ親ばかだと思っていたけれど、あいつまさかそんなこと……」
「したんだよ!」


ふらっと女の体がふらついたが、ぐっと踏ん張りはあっとため息をつく。その様子を男は見ながら同じようにため息をついた。

それから顔を手で覆う。


「俺はもう子供じゃない」


男がそう呟いた。

そして、そこでアシュレイの意識は暗闇に覆われる。





「おーい、起きろー。大丈夫か君―」
「ん……?」


アシュレイは誰かの声に目を覚ました。ぼんやりとした視界が徐々にクリアになっていき目の前に見知った顔が広がる。


「お、起きた?良かった、昨日凄かったもんね。あははは、はぁっ!?」
「ちっ……」
「ちっ、じゃないよ!?また俺のこと殺す気君ぃっ!?」
「あ?」


アシュレイがふり被った拳が目の前の男の鼻先をかすめる。アシュレイは舌打ちをして起き上がろうとするがぴきっと腰に痛みが走る。ううっとうめき声をあげてアシュレイはゆっくりと体を起こすが、あーあーあーっと男が起き上がらなくていいと声を上がる。


「君は休んでなよ~。記憶ないと思うけど、気絶した後もやられてたんだから」
「ああ、そう」
「んで、休みながらで良いんだけどこの体の事とか、現状とか聞きたくなぁい?」
「特には」
「なんでだよ!興味持てよ!!俺は怪しくないから!」
「ろくなことないでしょどうせ」
「そうだよ♡」
「寝ていい?」
「起きて!!俺の話聞いてよ!!」


アシュレイは鬱陶しい、と言った顔をしてため息をつく。うわあんっと男は大げさに泣きまねをした。それを冷ややかにアシュレイは見つめる。


「俺の体でそういうことしないでくれる?」
「君、反応が淡白すぎるよ!ここはもっとこう、なんで俺の体が動いてるんだっ!?お前は誰だ!!みたいなのは無いの!?自分の顔忘れてるんじゃないかと思ったよ俺は!」
「それは俺の体であって俺じゃないし、仮に俺であっても容赦せずに殺す」
「怖いっ!」
「そんな事より知らない場所にいて怖かった」
「嘘だろ!?自分が目の前にいるより知らない場所にいる方が怖いのっ!?」


腰が痛いっとアシュレイはぼやきながら、うるせえっと顔をしかめる。男、つまりは先ほどまでアシュレイであったその体で叫ぶ。


「まぁ、兎に角君は勇者アシュレイでいいのかな?」
「うん」
「ふうん?この手紙本当だったんだ」


ぺらっと男は一枚の手紙をアシュレイに渡す。それは、いつだかアシュレイのストレージ内に入っていたわけ分からない手紙だ。捨てたはずのその手紙をなぜこの男が持っているか分からない。じとっとアシュレイが睨みつけるとそれに気づいた男がああっと声をあげる。


「これね、レイチェルが持ってたんだよ。棚の隙間に入ってたんだって」
「おい、なんでお前があの子の名前を軽々しく呼んでんだ」
「んー?そりゃ共犯者だからだけど?」
「共犯者……?」


アシュレイはいぶかし気にそう聞き返した。すると、ばんっと扉が開いた。びくっとアシュレイが驚いて体を震わせるとそこには木製のプレートを手に持ったピンク色の髪のアシュレイを昨晩犯した男がいる。じろっとアシュレイを睨みつけるように見た。


「まだ寝てるの君。さっさと起きたら?」
「え、ああ、ごめんね」


アシュレイは痛む腰を抑えながら起き上がる。節々が痛いが、起き上がれないほどではない。そのままベッドから起き上がり、近くの席に座る。その後ろを男がついてきた。


「大丈夫?」
「やめろ、俺の顔を近づけるな」
「ひどい」


男が後ろから覗き込むように顔を寄せてくるのでアシュレイはがっと顔を掴み押しのける。それからアシュレイはピンクの髪の男を見た。

まだ確信が持てないが、やはりレイチェルなのだろうか。

アシュレイはそう思いながらも恐る恐る男を見つめる。男は少しこちらを訝しげに見てから手にしている木製プレートを机の上に置いた。


「えーっと……?」
「朝食」
「あ、ああ。ごめんね、俺がもっと早く起きてれば君の分も作ったのに」
「……?」
「いやいや、その状態じゃ作れないでしょ。君はもう勇者じゃないんだから治癒能力も魔力も大してないでしょ?」


だから何?とでも言いたげな顔でアシュレイは男を見た。男は呆れ顔である。
とはいえ、朝食と置かれた木製プレートにはフレンチトーストにサラダが乗っており、オレンジジュースの入ったコップが置かれている。また、カボチャスープの入ったマグカップもあった。アシュレイは手を合わせて頂きまーすと挨拶をしてからもぐもぐと食べ始める。


「うま!」


蜂蜜とバターが染みたフレンチトーストは噛むほどにじゅわっとそれらが染み出てくる。サラダのソースも美味しい。

アシュレイは美味しいご飯に舌鼓しながらにこにこと笑顔で食べる。


「……ねぇ」
「ん?」
「その……もしかして……」
「……?」


ピンク色の髪の男がアシュレイに何かを言おうとするが、口を開閉するがはっきりしない。アシュレイはそんな様子の彼に首を傾げながら朝食を食べ進める。


「ちょっと、はっきりしなよレイチェルぅ」


その様子の彼に男がそう茶化し、肩に腕を回そうとしてアシュレイがすかさず持っているフォークを投げる。


「おい、不用意にその子に近寄るな」
「危ない!危ないからぁっ!!!」


男の頬からたらっと軽く血が流れる。ひいっと悲鳴を上げてその場所を抑えて男が下がった。アシュレイは次にスプーンを用意して投げる準備をすると、男がダッシュで離れる。その様子を見たアシュレイがふんっと鼻を鳴らしスープを啜ると、アシュレイは熱視線を感じた。其方を見るとピンクの髪の男である。アシュレイはごくんとスープを飲み込んだ。


「な、なに……?」
「アーシュ……?」
「え、あ、うん。てことは本当にレイチェルなの?大きくなったねぇ、うわあっ!?」


がばっと次の瞬間ピンクの髪の男、レイチェルが正面からアシュレイに抱き着いた。それからぐいっとアシュレイを抱き上げてベッドに降ろす。アシュレイはきょとんとしてスプーンを口にくわえる。


「ど、どうしたの?」
「ごめんなさい。アーシュって気づかなくてまだ体痛いでしょ?休んでていいよ、ごめんね……?」
「え?ああ、もう大丈夫だよ。動けるし」


確かに節々は痛いが、動けないほどではない。だからレイチェルは気にすることは無いとアシュレイは言いたかったが、レイチェルはしゅんとしてごめんなさいっと繰り返す。

あーっとアシュレイは困ったような顔をしてとりあえずレイチェルを抱きしめる。


「あー、じゃあ少し質問してもいい?」
「うん!」
「昨日の、その、えーっと……」


どういえばいいのか、また、昨日の自分を思い出してアシュレイは恥ずかしそうに顔を赤くして言葉を濁す。レイチェルは何?っと身を乗り出してアシュレイの言葉に耳を傾ける。


「昨日の、奴……で、通じる……?」
「……?」
「う、うぐ……」


アシュレイは昨日の行為をどう言えばいいのか分からずに、口ごもる。レイチェルはアシュレイが言わんとしていることがまるで分らずに首を傾げた。えーっと、えーっととアシュレイはそう言いながら段々と昨日のことを鮮明に思い出し完全にゆでだこ状態になると、レイチェルが驚きの表情を見せた。


「どうしたのアーシュ!お顔が真っ赤だよ!?」
「ま、待って、あの、うん、もういいや……」
「大丈夫っ!?風邪ひいたっ!!??」
「違う。違うから大丈夫」
「でもっ!」
「アシュレイは恥ずかしがってるだけだと思うよ」


男がまさかにアシュレイの今の状態を当てた。図星をつかれたアシュレイは次の瞬間枕で顔を隠した。え?っとレイチェルが耳を疑い、ますます首を傾げる。


「どうして?」
「どうしてって、昨日のことを思い出したら?」
「昨日……?」


レイチェルはそう言ってはっとする。それから顔を青くした。そして、そろそろとアシュレイから離れていく。


「あの、違くて……あの、えっと……」
「ど、どうしたのレイチェル」
「ごめんなさいぃっ!」
「!?」


レイチェルが部屋を飛び出していった。アシュレイはえ?っとぽかんとして、残っている男と顔を見合わせる。男はきょとんとしてぽんっと手を叩いた。


「俺、魔神って言うんだ!」
「お前の事なんか聞いてねえよ」
「冷たい!」


男、改め魔神はにこっと良い笑顔でそう言った。アシュレイはじろっと睨みつけつつアシュレイはレイチェルを追いかけようとして、魔神に道を塞がれる。


「追いかけるより先に、現状を把握した方がいいんじゃない?」
「……」
「ね?とりあえず、君が死んだあとから話をしようか」


魔神がそう言ってにっこりと笑う。アシュレイはちらっとレイチェルの出て行った扉を見たが、魔神の方に向き直る。

そして、アシュレイは事の顛末を聞くことになる。
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