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第四章 恐らく、人違いかと。

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「こん、やく……ですか?」
「ああそうだ」


 次の日、お母様に呼ばれた俺は一人で執務室に来ていた。猊下も一緒に来ようとしていたが、学校に行けとお母様に言われて渋々出かけていった。俺の手のことも把握済みなようで、次は何があっても自分の身だけ守るようにと言われてしまった。


 説教、なのだろうか。それにしては不思議な感覚になってしまう言葉だった。まるで、俺に力があるという事を知っているような……。


 ちらりとお母様を伺うが、彼女は相変わらずの無表情でひとまず話の区切りはついたとばかりに別の話を始めたのだ。


 それが、皇室のお手紙。


「皇太子が俺を婚約者に……?」
「そうだ」
「……何故?」


 俺に関しての情報はまだ社交界に出回っていないはず。恐らく多分。自信が無いのは一斉解雇の時に出て行った使用人達を考えたからだ。あの子達なら公爵家に孤児が養子になったなんて話しが出手もおかしくはない。が、それでも孤児を婚約者にと打診されるのはおかしい。


 昨日のあれが原因か?いやでも……。


「皇太子と面識が?」
「! そ、それは……」
「ああ、理由も経緯も要らない。はいかいいえで答えてくれ」
「……はい」
「成る程」


 お母様はそう言うとゆっくりと足を組んだ。それからふむっと神妙に頷いてその手紙をじっと見つめる。


「どうしたい?」
「どう、とは?」
「婚約者になりたいか、なりたくないか」
「それは俺の一存で決められることでは無いと思います」
「いや、決まる」


 お母様がとんっとその手紙の上に指を置いた。


 いやいや、何を言っているのか。貴族社会に疎い俺でも分かるよ?こういう婚姻って大層な理由がないと断れないんでしょ?俺は皇太子と婚約者になったって構わない。多分この怪我が原因だろうから。きっともっと時間が経てば俺は要らないと分かるはずだ。


 俺が、神子だったときと同じ。


 はじめは感謝されても、後々俺の力は恐ろしいものに変化し人々が俺に刃を突き刺したのと一緒だ。これも長続きしない。


 そもそも、俺は誰かに愛されるような人間ではないのだ。神子で会った時もそう、好きなBL小説を読むことが生きがいの寂しい人生を送っていたときの自分もそう。


 だからこそ、俺はこの命をハッピーエンドのために使いたい。まあ、死んでもまた生き返るっていう特典があるからこそこんなことが出来るんだろうけど、誰かのために死ねるってそれだけで素敵な事だと思う。


「俺は、貴方の決定に従います」
「……私は、君に感謝している」
「ん? はい?」


 お母様がどんな判断を下そうとも異論は無いときっぱりと答えた。そのはずなのだが、何故かお母様はそう言葉を発した。俺は脈絡のない話に思わず首を傾げてしまう。


 するとお母様は少しだけ微笑んで背もたれに寄りかかった。


「私は、私達はたとえ子が悪魔でも愛し続ける。私達の可愛い息子達だからな。変わっている事が悪いとは思わない。少しばかり困ったことはあったが、別段それであの子達を、あの子を嫌うことはなかった」


 お母様は真剣に話を始めた。何となくだが、猊下かリュネお兄様の話だろうと推測した。だって彼の息子達と言えばその二人しかあり得ない。


「しかし、それだけではだめなんだ。あの子には、あの子の傷に共感し、そして導いてくれる子が必要だった。大人が気にしなくて良いと言っても、本人がその素振りを見せていなくても結局は心のどこかで思うところがあったのだろう。心残りだった。あの子を普通に産んであげられなくて」
「……」
「でも、君が現れた。きっと心強かっただろう。全てを受け入れてくれるこんな可愛い子を欲しない訳がない。だが、君を必要としてくれる者も慕ってくれる者も山ほどいるだろう。きっと私の想像以上に。だが、どうか、少しでもあの子に対する心があるのならば、自分で選んで欲しい」


 ……多分人違いではなかろうか。


 お母様の話を聞いて全く心当たりがない。共感して導く?必要として慕ってくれる?そんな人俺の周りにいたかな……?いや、いないな……?


 冷や汗が出てきた。ここでいや、勘違いでは?というのは難しい。お母様は俺がその人物であると確信しているようだ。違うよ?本当に違うよ?


 神子様時代エロ本を漁り、今猊下に迷惑と心の傷を抉りながら周りを巻き込んでいる俺はそんな人物ではない!!


 その第六感滅茶苦茶ハズしてますぅ!!


「あ、えーっと、じゃ、じゃあ、断りたい、な?」


 俺は色々飲み込んで、最終的にその結論にたどり着いた。俺が皇太子妃になればそれだけこの公爵家に恩返しできるかもしれないが最終的に死ぬ人物がそんな大それた事をして良いのか、いや、良くない。


 皇太子妃、死す!?みたいな記事がでかでかと残り後世に受け継がれていくのは普通にいや。


 そんな事を諸々考えてのお断りだったが本当に良いのだろうか。ちらりとお母様の様子を伺うとお母様は、そうかと言い終わるや否やその手紙を燃やした。


「じゃあ、要らないな」
「そ、そうですね……」


 燃やして良いのか!その手紙!!断るからってそんな扱いを……。


 そんな不安を察してか、お母様はお断りの手紙を送るから大丈夫だと言って、軽く俺とお茶を楽しんだ。


 ちなみに、どこから漏れたのか俺の手が使えないという情報を握られて本当はもう完治しているのにお母様の手ずからお菓子をいただく羽目になった。俺はもう、手を使えないような傷を負わないと誓った。
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