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第二章 やめてー!!俺の屑を連れて行かないでぇ!!!

11-3

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「コイヨン……?」


 ぐらりとコイヨンの体が傾いた。赤い血が勢いよく噴き上げて、白い煙が見える。悪徳魔術師の杖の先が、こちらを捉えてもう一度爆発音が聞こえた。


「――っ!!」
「お兄ちゃん!!」


 すぐさま俺を庇うために猊下が俺を抱きしめた。猊下の肩から血が噴き出て俺が悲鳴を上げる。

 な、治さなきゃ!!傷が!!


「ひひ、ひひひひっ!! ざまあみろ!! お、お、お前らみたいな奴らが俺は一番嫌いなんだ!! 自分が正しいと、何をやっても良いと思って! お、俺を、稀代の天才を、こんな目に……っ!!」


 銃口がまだこちらに向いているが、悪徳魔術師はこの大逆転の余韻に浸っているようで未だに笑っている。動揺するな。こんなもの、ラスボスの俺にはどうって事ない。どうってこと、ないんだ!!

 落ち着いて、相手は油断している。まずは猊下の傷を……。


「ルド、動くな」
「! お、お兄ちゃん……っ!」
「良いから、大人しく……」


 撃たれた場所が悪かったのか、猊下の傷口から血が流れ出ている。今すぐにでも止血しないと命の危険が……。


「……魔法が」
「え?」
「そうだ!! この空間は俺が作った、魔力が無く、魔法が使えない空間!! お、お前らみたいな奴は、この空間でなすすべもなく死ぬんだ!!」
「……?」


 悪徳魔術師がなんか言っている。虚言で俺を動揺させようって言う作戦か……?

 別に今俺は魔法が使えない訳ではない。発動させようと思えばすぐに出来る。だから思わず変な顔をしてしまう。

 あれかな、そう思っているだけとかそういう奴じゃないかな?まあ、所詮ラスボスの前では致し方ない。俺が強すぎるんだなぁ!!


「ま、まあ、お、お前は、他とは違って、か、変わった魔力を持っていたな。その子供と一緒に、つ、つ、使ってやる!」
「は?」


 え?今この三下なんて言った?

 そいつは銃口をこちらに向けたままよたよたとこちらに近づいてきた。

 んー?えー?この三流今猊下のこと、なんて?


「み、見た目も申し分ないし、ち、ち、力も、強い、使える駒にしてやる!!」
「汚え手で触んな三下ぁ!!!」


 てめえ!誰の許可を得て猊下に触ろうとしてんだ!!ああ!?お前みたいな三流噛ませ悪役が!猊下を使うだって?ふざけんな!!


「そんなちゃちなおもちゃで! 俺からこの御方を奪おうなんて百年はええんだよ三流!!」
「な、な、何だとこのガ……っ!?」


 杖を丁寧に分解してやった。バラバラになったそれを見て悪徳魔術師の体が大きく動いて尻餅をつく。コイヨンと猊下の傷も治しながら、彼を鋭く睨みつけ蔑みを込めた笑みを浮かべた。


「お前には、地べたがお似合いだ」


 お前の本性はたかがしれている。この力のお陰で、軽く彼の過去を覗いたがそれはそれは酷いものだった。

 小心者、臆病。それなのに自尊心が異常に高く、同じ研究者であり、遙かに優秀だった同僚に激しく嫉妬した後に禁忌の魔法に手を出した。

 あまりにも非道な実験の数々に足一本だけで済んだのは、その優秀な同僚が庇ってあげたからだ。素晴らしい人格者だな。所々、暴走したように「神」について話し出すのは気になったが、誰にだってそういう変なところはある。うん。

 そんな温情を受けたのにもかかわらず、寧ろ劣等感に苛まれて監視の目がない中、またしても禁忌の魔法に手を出す。人の思考を奪い、支配する非人道的な魔法。その魔法で犠牲になった子供達。

 三流らしい、お粗末な過去だ。

 今でも武器がなくなった途端、情けなく震えて這いながら逃げようとしている。


「く、く、くそ! どうして! か、神は、お、俺を見捨てたのか!? そんなはず、そんなはずがない!! あ、あ、あいつだって、神はいつも見守っていると! 助けてくれると……っ!!」
「不快です」
「ひっ!!」


 腰を抜かして逃げようとしている悪徳魔術師の背後から撃たれたコイヨンが起き上がってそう言った。


「コイヨン!? だ、だめだよ! 安静に……っ!!」


 俺の力が凄いとはいえ、すぐさま体を起こしてしまうなんて!痛みがなかったことになるわけではないのでその時の衝撃がまだ残っているはずだ。あんな普通の人は味わうことのないものを受けて平気なはずがない。

 俺はそう思って慌てて彼に声をかけると彼はこちらを見てそれから、胸の前で手を握り深く深く頭を下げた。

 その拝礼に似た様に思わず俺は息をのむ。まるで、神子だった俺に頭を下げる司教達に酷似していたのだ。

 そんなことを一瞬考えていたが、うっとりとした表情でコイヨンがこう言って俺はすぐに冷静になる。


「ああ、不甲斐ない私に御慈悲下さり、ありがとうございます。お陰でこのように動けます」
「動いちゃだめですぅ!!」


 しかもこの前に睡眠魔法もかけているのにそんな急に動いたら体が追いつかないよ!!俺のせいなんだけど!!

 頭を抱えてどうこの頑固な侍従君を説得しようかと思っていたら、彼は這って逃げようとしている悪徳魔術師の背中をその足で踏んづけた。


「うぐっ!!」
「貴方、そう、貴方の事情も過去も全く興味ありませんが、その口から神というお言葉が出るならば話は別。とても不快です」


 あ。そういえば、コイヨンはかなり過激などこかの神様を信じている狂信者だった!!

 そりゃこんな奴に神神言われたら頭くるよね?うーん、放っておこう。俺には止められない。


「神が云々、大変耳障りで……。この、恥知らずが」


 コイヨンの雰囲気が一気に変わる。かっと目を見開いて、彼は悪徳魔術師に畳みかけるように吐き捨てた。


「お前の信仰心が足りないだけなのに何を神様のせいにして!! 見捨てる? お前がもっと神様を信じていれば見捨てることはなかった!! 神様は! どんな犯罪者でもその慈悲深いお心で赦して下さる!! お前がどんな罪を犯したとしても神様は救ってくださる!! 単にお前の努力が足りない!! 単にお前の献身が足り無い!! お前が愚かで自分勝手で、自分が可愛いだけの人間が!! 易々と神様の奇跡を貰えると思ったら大間違いだぞ!!」


 うーん、凄い剣幕。

 コイヨンの熱意に俺は苦笑した。いやあ、本当にあんな子俺の時代にいなくて良かった。

 あまりの気迫と限界が来たのか悪徳魔術師は泡を吹いて気絶していたが、なんとコイヨンは起きろと殴り、延々と神様とは何か、信じるならば我々は死ぬまでその御方だけを信じなければならないと洗脳まがいことをはじめていた。

 害がなさそうなので俺はそのままにした。


「ルド」
「! お兄ちゃん、怪我は? 痛むところ無い……?」


 かっとなって治療してしまったから、もしかしたらちゃんと傷が治っていないかもと慌てて彼の容態を確認しようとして簡単に抱っこされた。


「え!?」
「助かった」


 猊下の笑顔だ!!と、ときめく!!

 俺は心臓が止まりそうになって慌てて深呼吸をしつつ、ぶんぶんと首を横に振った。


「う、ううん。そもそも俺が勝手に部屋から出たのが悪いし」
「それはそうだが、私が傍にいなくて不安になったんだろう? 済まなかった」
「あ、うんそう!!」


 本当は眠らせたコイヨンの様子を見に行ったなんて言える雰囲気ではない。そういうことにしておこうと懸命な俺は頷いた。


「怪我は本当に大丈夫……?」
「ああ、それより、早くここを出よう」
「あ、待ってあの子達も治さないと」


 猊下がこの空間から出るために何か準備を始めるが、その前に芸形が気絶させた子供達を正気に戻すのが先だとそちらを指さす。すると猊下は緩くそちらに視線を送ると軽く首を横に振った。


「だめだ」
「え、でもあのままじゃ……」
「お前がやらなくても、皇室の魔術師が治療する。かえって、今治すと困ったことになる」


 あ!そうか!ここで治したら凄い力があるって目立っちゃうもんね!そうなったら探りに来るかもだし、その時に金髪金目の俺がいれば問題になる。

 まあ俺としては彼らが正気を取り戻せれば良くて、猊下に迷惑をかけるつもりはないので素直に頷いた。


「良い子だ。それじゃあ、帰ろう、家に」
「あ……」


 家、そうか俺の家、か。

 そんな些細な言葉なのになんだか嬉しくなってしまって勝手に頬が緩む。


「うん、帰ろう俺たちのおうちに」


 自分で言っててちょっと気恥ずかしい気もするけど今は俺の家なのだ。

 俺の、猊下の、帰る場所。

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