【完結】断罪された神子様は、前世養父だった冷徹公子に溺愛される。

紫鶴

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第一章 悪役神子様、改めラスボスです☆

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 俺は猊下に浴室まで連れて行かれた。分かる。俺も身体洗いたいと思ってた。申し訳ないが、臭いもやばいから本当に助かった。猊下は手慣れたように魔術を使いバスタブにお湯をため近くに石けんを用意する。それからなんだか高そうな衝立を広げていた。内側に俺を置いてそれから猊下は膝をつく。


「一人で入れるか?」
「うん」
「私は外で待っているからゆっくり入れ」
「分かった」


 猊下はそう言って部屋から出て行った。大変助かる。今の俺は相当汚いのでその汚れを見られるのは少し恥ずかしい。俺はボロ雑巾のような服を脱いでどこに置こうかと場所を探すが、どこにおいても汚しそうな予感がしてそっと燃やしておいた。新しい服が用意されているので甘んじてそれを貰うことにする。

 衝立から顔を出し、ぺたぺたとバスタブの方に向かう。そして気づいた。

 このバスタブ、結構でかい……?

 遠目から見た時はそこまで感じなかったが、今俺は年齢の割には小さく、発育が悪い。それもありより大きく感じるのかも知れない。とはいえ、入れないほど大きいわけではなく縁に捕まって身体を持ち上げる。足をかけて中に入ろうとした途端、ずるりと縁を捕まっていた手が滑った。


「お、わっ!?」


 反射的に石けんが置いてあった机に手を伸ばしてしまう。しかし、うまく掴めずに俺の指先を石けんの入れた容器がかすった。それはそのまま床に滑って派手な音を立てて壊れてしまう。陶器で作られたものだったようだ。そんなことを考えながら、ばしゃんと水飛沫を上げて俺は頭から突っ込んでしまう。

 お湯の中で呼吸を止めながら、やっちまったぁと心の中で反省する。普通に考えてそのままお湯の中に突っ込めば良かったのにどうしてどこかに掴まろうと思ってしまったのか。反射とはいえものを壊すぐらいだったらやらなければ良かった……。まあ、気づかれないうちに直せば良いか。魔術を使える世界に生まれて良かったぜ全く。

 高そうなものを壊して軽く落ち込んでいたが、考えてみればすぐに魔術で治せるので気楽に考えよう。

 ――と、不意にお湯の中に誰かの手が入ってきた。その手は俺の脇を掴むと勢いよく上に持ち上げる。ざばあっとお湯の中から顔を出して俺はげっと顔色を悪くした。

 俺をお湯の中から掬い上げたのは猊下だ。彼の藍色の瞳が焦りに満ちており、片手で俺を支えると、もう片方の手で俺の頬や肩に触れ俺の安否を確認する。


「け、怪我は? 痛いところはないか? 苦しいところは?」
「だ、大丈夫です」


 彼の水を含んだ革手袋が大事なものを扱うような手つきで俺の肌に触れる。革手袋の感触は少しくすぐったくて身をよじりそうになるが、彼の手はかなり震えていた。

 猊下は、動揺しているのだ。

 単に手を滑らしてバスタブの中に頭をつっこんだだけなのに、こんなに心配されるとは思わなかった。その上、ものを壊した事も相まって申し訳なさが倍増する。


「その、あの、ごめんなさい。ものを壊してしまって……」


 正直にそう言って謝った。バレなきゃいいだろと邪な気持ちを抱いていた自分を恥じて素直に謝罪する。弱くて卑怯な人間で大変申し訳ない……。

 俺がそう言うと猊下は、そっと優しく身体を抱きしめる。


「ものなんて、どうでもいい。お前が無事で、生きていればそれでいい」
「え……?」
「だから――」


 そこで彼は一度言葉を切る。それから猊下は何かに耐えるようにぎりっと奥歯をかみしめた。そして――


「お願いだから、私より先に逝くな……」


 猊下は、絞り出すような震える声を出した。その切なげな声に俺は言葉を失う。それから、先ほどよりも一等罪悪感でいっぱいになる。

 まさか、そこまで深刻になるとは全く思わなかった。そうか。今の俺は見た目が子供、しかも恐らく年齢よりもかなり下に見られているから余計な心配をさせたみたいだ。状況から察するに、猊下は昔に溺死した大事な人がいるのだろう。そんな年で大事な人を亡くしてしまったなんて……。考えるだけで泣きそうになる。猊下、業を背負いすぎぃ……。

 だから俺は、どう答えようかもにょもにょと口を動かす。だがしかし凡人なので、こういうときに気が利いた言葉一つ出てこない。

 結局俺は何も言えずに暫く猊下に抱きしめられていた。
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