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本編
神子
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酷い目に遭った。
俺は次の日、ベッドからどうにか起き上がった。隣には既にヴィはおらず、布団の上に彼のシャツが置いてあり、俺はそれを着てふらふらと扉に向かう。ベルが鳴ったのかどうかなんて分からない。その場合、ヴィは行ってしまったのだろうか。そう思ったが扉を開けると甘いカフェオレの匂いがしてきた。
「おはようベルちゃん」
「ん……、おはよう……」
ヴィがコップを持ったまま身をかがめてキスをする。
俺はそれを受け入れつつ、離れた後にコップを貰う。片方は真っ黒だったのでヴィの奴だ。茶色の奴じゃないと苦くて飲めない。
ふーふーっと俺は受け取ったそれに息を吹きかけてこくんと一口飲む。甘くてほっとする味だ。
「今日はベル鳴らなかったの?」
「ん?鳴ってないよ」
「そうなんだ」
それなら良かった。
ヴィに連れられてキッチンに向かうと朝ご飯が置いてある。
今日はスコーンだ。ジャムやクリーム、バター、などが置かれている。他にしょっぱいもののディップが小皿に入っている。朝から豪華な朝ご飯だ。相変らず。
席についていただきまーすと口にした後に俺は食べ始める。最初にブルーベリージャムとクリームを塗ってかぶりついた。
因みに、家だと家庭用菜園があってそれを使ってジャムを作っている。
「……?」
だからだろうか。多分そうだろうけど、このジャムあんまり美味しくない。でも食べれないほどではないので黙って食べ進める。次に他の瓶に入っているマーマレードをつけて食べた。
「!」
これは美味しい!ヴィのマーマレードと同じ味がする。もぐもぐっとブルーベリージャムではなくそのマーマレードを沢山塗って食べた。美味し~!!
ふとヴィを見るとヴィが一瞬怖い顔で笑みを浮かべていた、気がした。目が合うとにっこりといつもの笑顔に戻っていたので確信は持てないが。
―――気のせいかな?
「マーマレード美味しい?」
「うん」
「ふふ、口についてる」
そう言ってヴィが俺の口元を拭った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ヴィはそういって指についたジャムを舐める。俺は気にせずに食べ進めたが、ふと、ヴィが食べていないことに気が付いた。
「ヴィは朝ご飯食べたの?」
「ん?うん」
「そうなんだ。凄く早起きしたんだね」
俺だったらできないや。
朝ご飯も食べ終わり、ヴィに着替えを持って来てもらって着替える。それから朝の準備をしていると扉を叩く音がした。
直接ここに来るなんていったい誰だろう。
俺がそう警戒するが、ヴィは誰なのかが分かるようで、すぐに扉に向かって出迎える。
「おはようございます。殿下」
「うん、おはよう。ベルはもう起きた?」
え!まさかのウィル!!
慌てて俺も出迎えるとウィルがいつものように近衛を二人つけてやってきた。どうしてこんな時間に来たんだ!?何しに来たのそもそも!?
俺の表情から何が言いたいのか分かったのかウィルは「一先ず中に入れて」っと話し出す。
ヴィと一緒にウィルをソファに座らせた後に正面二人で座る。
「漂流者をランディール王国に受け渡すことにした」
「え?」
今なんて言った?おかしなこと言ってなかった?
ウィルを見る。ウィルはにっこりと笑顔のままだ。
「詳細を話すと、ランディール王国では漂流者は神子として崇め奉るみたい。この前漂流者の話をしたら食いついちゃって……引き取ってくれるみたい……」
「それ本人には……」
「いう必要ある?」
これだから王族は!!
俺は頭を抱える。酷すぎる。なんて所業を行うんだ。秋可哀想……。
そして、そういう割にはすごく嫌そうな声を出すウィル。何か問題でもあるなら辞めたらいいのに。
そんな俺の思考を読んだのかウィルはむすっとしながらもこう言う。
「決定事項だから。そろそろその国の王子が迎えに来るからねー、ルナに身支度を整えて貰ってる」
「うっわぁ……」
超引くわ~。王族ってこんなもんなの?
「最後だからお見送りよろしくね。一時間後に秋を迎えに行くように」
「承知いたしました」
「はいはい、それじゃ」
ウィルはそれだけ言ってとっとと出て行った。まあ、態々君が出向く必要のない言伝だったのにご苦労様、とは思う一応。
「お家に帰れるね、ベルちゃん」
「そ、う……だね……」
清々しい程の笑みでヴィは俺を見た。俺は苦笑をするしかなかった……。
ヴィと一緒に俺は正装で集合場所に向かうと何故かアルフレッドがいた。ひらひらと手を振ってきて此方に近づいてくる。後ろにはレインもいた。
「レインはまだしも何でアルフレッドまで……?」
「分かりません。でも会えてうれしいです!」
「いや、俺は嬉しくない」
お前の目が相変らず怖いんだよ。捕食者の目だもん。ササっとヴィの後ろに隠れるが、彼は喜んでいるようでにやにやと笑っている。怖い。
【いや、あの王子がファンだからでしょ?】
「ああ、成程……」
え?何?なんのファンなの?
俺は首を傾げるが、この状況的に考えて関係ないアルフレッドのファンであると推測。ならばわざわざ呼ばれたのも納得がいく。
ご機嫌取りに呼ばれたなんてなんて災難だなと少し同情しかけるが、目が合って気味の悪い笑みを浮かべるのでその気持ちが一気に引っ込んだ。なんて奴だ。
【ベルはあの王子のことどう思ってるの?】
「は?いや、会ったことないけど?」
一介の貴族、しかも貧乏貴族が会えるわけないじゃん。今回が特別なだけでしょ?
俺がそう返すと、レインが目をぱちくりさせた。それからさらさらと紙に書く。
【冗談?】
「なんで今俺が冗談言わないといけないの?」
レインは次にヴィを見た。それからヴィに何か紙を見せるが、ヴィはにっこりと笑顔のままで何もしゃべらない。その紙を見ようとしたがその前にヴィがそれを奪ってぐしゃぐしゃに丸めた後にポケットに入れた。
どんな会話をしていたんだ?
そう思ってヴィを見つめるが、彼は何も言わない。まあ、俺に不利益になるようなことではないだろう。多分。
「ベル様って結構記憶力ないんですね」
「うん、知ってる」
アルフレッドにそんな事言われたが、俺は静かに頷いて同意する。大体にしてそんな頻繁に会わない人物の名前を覚えるって無駄だと思うし。
ふわあっと欠伸をすると、丁度ウィルにエスコートされながらやってきた秋がいた。後ろにはウィルの護衛としてなのか、キャンベルホープがいる。それと―――。
「……?」
侍従君が控えている。うん、それは分かるけど何故かキャンベルホープを気にしているようだ。なんでだろう。
「あ!ヴィアン!」
そんな事を思っていたら秋がそう声をあげてヴィに駆け寄った。俺たちはその邪魔をしないようにそそくさとすぐに離れようとしたが、アルフレッドが捕まった。
「貴方は……?ヴィアンの友達ですか?」
ぐいっと無遠慮に腕を掴まれてアルフレッドは逃げそびれた。レインと俺に助けてほしいと視線を向けるが俺たちはそろって視線を逸らし距離を取った。
「アルフレッドと申します、漂流者様」
「秋って言います!」
秋はアルフレッドの腕を掴みながらそう自己紹介をする。それからアルフレッド様はどうしてここにいるんですかー?とか何処所属なんですかー?とか色々と聞いてくる。今から他国に渡るというのになんて余裕がある……。俺だったら吐きそうだよ。え?連れてかれるの?って思……。そこで気が付いた。そうだった。知らないんだった……、と。俺だったらかなり不審に思うが秋の世界は平和だったのかそんな事は考えていないようだ。うう、このまま何も伝えないでいいのだろうか。良心が痛み口を開きかけて鋭い視線を感じた。
びくっと体を震わせてそっとその視線の先、ウィルを見る。彼は口元に人差し指を置いた。黙っていろということだ。なんてひどい奴なんだ。
アルフレッドと秋が話している内に馬車がやってきた。
あの家紋は例の国のものだ。その馬車は丁度秋の前に止まる。きょとんとしている秋の前で御者が扉を開ける。そして中から腰まである長い金髪の男の子がいた。
あれが例の国の王子……なのか?ずいぶん若いな。あれか、二番目とか三番目なのかな?あんまりよその国の状況なんて知らないけど。
彼はそれから秋を見た後に恭しく頭を下げた。
「初めまして、神子様。私はカルロ・ランディールと申します」
「は、初めまして!秋です!」
「お噂はかねがね聞いております」
外見の割には大人びていると言った方が良いだろうか。まあ、王子だしそれなりに責務とかあるからね。うちんところとは大違いだ。ちらっとウィルを見てうんうんっとひとりで頷く。
「これはこれは、カルロ様。わざわざご足労ありがとうございます」
「いいえ。私共の神子様をご迎えできるのですから当然です」
「え?」
そう言って王子は膝まづいた。
こんな他国のしかも王城でそんな事をするなんて大丈夫だろうかと俺がひやひやするが、彼はその体勢のまま秋の手を取って甲にキスを落とす。
「わっ!」
「この時を切望しておりました。神子様。どうか我が国に来ていただけないでしょうか?貴方が必要なのです」
そう言って下から潤んだ瞳で彼は秋を見つめる。なんて同情心を誘う表情なんだ。あんな表情、しかも年下、しかも低身長にそんな事をされたら誰だってぐらつく。秋も同じようにたじろいだ。それからヴィを見た。
「ど、どうしよう、ヴィアン……」
そう言ってヴィに縋りついた。少しむっとしたがすぐにヴィが離れた。
「秋様。此方の御方の国は秋様がいないと助からない方がいるのです。心優しい秋様なら最善を選んでくださると思っております」
「ヴィアン……」
心優しい……。な、なんて白々しいんだ、ヴィ。声にうさん臭さが乗っているよ。絶対にそんなこと思ってないでしょ。俺もだけど。
ただ、秋が何だか感動したような表情と声を出す。あまりにも騙されすぎて心配になってきた。
秋はそう言って頷いた。それから王子を見る。
「行きます!必要とされているのなら!」
「ありがとうございます!神子様!!」
王子が感動したように立ち上がって秋の手を握った。それから「あっ」っと声をあげて恥ずかしそうに頬を赤くする。
「ご、ごめんなさい、つい……あっ、じゃない、えーっと、申し訳ございませんでした!」
つい、素が出たような演技だ。
なんでかって?ウィルが白けた目で見ていたからだ。
ウィルがそんな目で見ていなければ俺も騙されていた。秋は完全に騙されてぶんぶん首を振りこういう。
「ううん大丈夫!敬語とか要らないよ!!」
「え、で、でも……」
「いいから!ね?僕も敬語苦手だし」
「そ、うかな……?じゃあ、いい……?」
「うん!よろしくね!」
す、すごい。年下ってすごい。
俺が思わず感心していると彼は、俺を見てからウィルを見た。どうして俺も見たのか分からない。いや、一瞬だったし気のせいかも?
「それではこれで失礼致します。このお礼はいずれ」
「ああ、そうだね。まあ、期待して」
妙な言い回しだが、これ以上深堀したらよくない気がする。
そんな事を思っていたら秋がヴィアンにぎゅっと抱き着いた。
「ヴィアン!短い間だけどありがとうございました!突然こんなところに来て不安だったけど、ヴィアンがいてくれて本当に良かった!本当にありがとう!」
「いえ、お元気で」
ヴィはにっこりとそう言って笑った。最後に抱き着かれたが腕を回すことは無かった。ヴィ、流石だ。その後に秋はルナにお礼を言った。そしてレイン、最後にウィルである。
どうせお礼なんか言われないだろうと欠伸してたら「ベルさん」っと声をかけられた。
「え?」
「今までお世話になりました!」
「あ、ああ、うん……」
それしか言えなかったが、まあ、十分だろう。
秋はそしてウィルに挨拶をしている王子のところに向かい、二人そろって馬車に乗り込んだ。そして馬車が動き出すと秋は窓から身を乗り出して手を振る。それに侍従君とウィル、レインは手を振った。ヴィは微笑んでいた。俺は迷った末軽くだけ手を振っておいた。本当に軽くだが。
若干可哀想だとは思うがこれで日常に戻れるので嬉しさの方が増す。
ばいばい秋!そっちの国でもお元気で!!
俺は次の日、ベッドからどうにか起き上がった。隣には既にヴィはおらず、布団の上に彼のシャツが置いてあり、俺はそれを着てふらふらと扉に向かう。ベルが鳴ったのかどうかなんて分からない。その場合、ヴィは行ってしまったのだろうか。そう思ったが扉を開けると甘いカフェオレの匂いがしてきた。
「おはようベルちゃん」
「ん……、おはよう……」
ヴィがコップを持ったまま身をかがめてキスをする。
俺はそれを受け入れつつ、離れた後にコップを貰う。片方は真っ黒だったのでヴィの奴だ。茶色の奴じゃないと苦くて飲めない。
ふーふーっと俺は受け取ったそれに息を吹きかけてこくんと一口飲む。甘くてほっとする味だ。
「今日はベル鳴らなかったの?」
「ん?鳴ってないよ」
「そうなんだ」
それなら良かった。
ヴィに連れられてキッチンに向かうと朝ご飯が置いてある。
今日はスコーンだ。ジャムやクリーム、バター、などが置かれている。他にしょっぱいもののディップが小皿に入っている。朝から豪華な朝ご飯だ。相変らず。
席についていただきまーすと口にした後に俺は食べ始める。最初にブルーベリージャムとクリームを塗ってかぶりついた。
因みに、家だと家庭用菜園があってそれを使ってジャムを作っている。
「……?」
だからだろうか。多分そうだろうけど、このジャムあんまり美味しくない。でも食べれないほどではないので黙って食べ進める。次に他の瓶に入っているマーマレードをつけて食べた。
「!」
これは美味しい!ヴィのマーマレードと同じ味がする。もぐもぐっとブルーベリージャムではなくそのマーマレードを沢山塗って食べた。美味し~!!
ふとヴィを見るとヴィが一瞬怖い顔で笑みを浮かべていた、気がした。目が合うとにっこりといつもの笑顔に戻っていたので確信は持てないが。
―――気のせいかな?
「マーマレード美味しい?」
「うん」
「ふふ、口についてる」
そう言ってヴィが俺の口元を拭った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ヴィはそういって指についたジャムを舐める。俺は気にせずに食べ進めたが、ふと、ヴィが食べていないことに気が付いた。
「ヴィは朝ご飯食べたの?」
「ん?うん」
「そうなんだ。凄く早起きしたんだね」
俺だったらできないや。
朝ご飯も食べ終わり、ヴィに着替えを持って来てもらって着替える。それから朝の準備をしていると扉を叩く音がした。
直接ここに来るなんていったい誰だろう。
俺がそう警戒するが、ヴィは誰なのかが分かるようで、すぐに扉に向かって出迎える。
「おはようございます。殿下」
「うん、おはよう。ベルはもう起きた?」
え!まさかのウィル!!
慌てて俺も出迎えるとウィルがいつものように近衛を二人つけてやってきた。どうしてこんな時間に来たんだ!?何しに来たのそもそも!?
俺の表情から何が言いたいのか分かったのかウィルは「一先ず中に入れて」っと話し出す。
ヴィと一緒にウィルをソファに座らせた後に正面二人で座る。
「漂流者をランディール王国に受け渡すことにした」
「え?」
今なんて言った?おかしなこと言ってなかった?
ウィルを見る。ウィルはにっこりと笑顔のままだ。
「詳細を話すと、ランディール王国では漂流者は神子として崇め奉るみたい。この前漂流者の話をしたら食いついちゃって……引き取ってくれるみたい……」
「それ本人には……」
「いう必要ある?」
これだから王族は!!
俺は頭を抱える。酷すぎる。なんて所業を行うんだ。秋可哀想……。
そして、そういう割にはすごく嫌そうな声を出すウィル。何か問題でもあるなら辞めたらいいのに。
そんな俺の思考を読んだのかウィルはむすっとしながらもこう言う。
「決定事項だから。そろそろその国の王子が迎えに来るからねー、ルナに身支度を整えて貰ってる」
「うっわぁ……」
超引くわ~。王族ってこんなもんなの?
「最後だからお見送りよろしくね。一時間後に秋を迎えに行くように」
「承知いたしました」
「はいはい、それじゃ」
ウィルはそれだけ言ってとっとと出て行った。まあ、態々君が出向く必要のない言伝だったのにご苦労様、とは思う一応。
「お家に帰れるね、ベルちゃん」
「そ、う……だね……」
清々しい程の笑みでヴィは俺を見た。俺は苦笑をするしかなかった……。
ヴィと一緒に俺は正装で集合場所に向かうと何故かアルフレッドがいた。ひらひらと手を振ってきて此方に近づいてくる。後ろにはレインもいた。
「レインはまだしも何でアルフレッドまで……?」
「分かりません。でも会えてうれしいです!」
「いや、俺は嬉しくない」
お前の目が相変らず怖いんだよ。捕食者の目だもん。ササっとヴィの後ろに隠れるが、彼は喜んでいるようでにやにやと笑っている。怖い。
【いや、あの王子がファンだからでしょ?】
「ああ、成程……」
え?何?なんのファンなの?
俺は首を傾げるが、この状況的に考えて関係ないアルフレッドのファンであると推測。ならばわざわざ呼ばれたのも納得がいく。
ご機嫌取りに呼ばれたなんてなんて災難だなと少し同情しかけるが、目が合って気味の悪い笑みを浮かべるのでその気持ちが一気に引っ込んだ。なんて奴だ。
【ベルはあの王子のことどう思ってるの?】
「は?いや、会ったことないけど?」
一介の貴族、しかも貧乏貴族が会えるわけないじゃん。今回が特別なだけでしょ?
俺がそう返すと、レインが目をぱちくりさせた。それからさらさらと紙に書く。
【冗談?】
「なんで今俺が冗談言わないといけないの?」
レインは次にヴィを見た。それからヴィに何か紙を見せるが、ヴィはにっこりと笑顔のままで何もしゃべらない。その紙を見ようとしたがその前にヴィがそれを奪ってぐしゃぐしゃに丸めた後にポケットに入れた。
どんな会話をしていたんだ?
そう思ってヴィを見つめるが、彼は何も言わない。まあ、俺に不利益になるようなことではないだろう。多分。
「ベル様って結構記憶力ないんですね」
「うん、知ってる」
アルフレッドにそんな事言われたが、俺は静かに頷いて同意する。大体にしてそんな頻繁に会わない人物の名前を覚えるって無駄だと思うし。
ふわあっと欠伸をすると、丁度ウィルにエスコートされながらやってきた秋がいた。後ろにはウィルの護衛としてなのか、キャンベルホープがいる。それと―――。
「……?」
侍従君が控えている。うん、それは分かるけど何故かキャンベルホープを気にしているようだ。なんでだろう。
「あ!ヴィアン!」
そんな事を思っていたら秋がそう声をあげてヴィに駆け寄った。俺たちはその邪魔をしないようにそそくさとすぐに離れようとしたが、アルフレッドが捕まった。
「貴方は……?ヴィアンの友達ですか?」
ぐいっと無遠慮に腕を掴まれてアルフレッドは逃げそびれた。レインと俺に助けてほしいと視線を向けるが俺たちはそろって視線を逸らし距離を取った。
「アルフレッドと申します、漂流者様」
「秋って言います!」
秋はアルフレッドの腕を掴みながらそう自己紹介をする。それからアルフレッド様はどうしてここにいるんですかー?とか何処所属なんですかー?とか色々と聞いてくる。今から他国に渡るというのになんて余裕がある……。俺だったら吐きそうだよ。え?連れてかれるの?って思……。そこで気が付いた。そうだった。知らないんだった……、と。俺だったらかなり不審に思うが秋の世界は平和だったのかそんな事は考えていないようだ。うう、このまま何も伝えないでいいのだろうか。良心が痛み口を開きかけて鋭い視線を感じた。
びくっと体を震わせてそっとその視線の先、ウィルを見る。彼は口元に人差し指を置いた。黙っていろということだ。なんてひどい奴なんだ。
アルフレッドと秋が話している内に馬車がやってきた。
あの家紋は例の国のものだ。その馬車は丁度秋の前に止まる。きょとんとしている秋の前で御者が扉を開ける。そして中から腰まである長い金髪の男の子がいた。
あれが例の国の王子……なのか?ずいぶん若いな。あれか、二番目とか三番目なのかな?あんまりよその国の状況なんて知らないけど。
彼はそれから秋を見た後に恭しく頭を下げた。
「初めまして、神子様。私はカルロ・ランディールと申します」
「は、初めまして!秋です!」
「お噂はかねがね聞いております」
外見の割には大人びていると言った方が良いだろうか。まあ、王子だしそれなりに責務とかあるからね。うちんところとは大違いだ。ちらっとウィルを見てうんうんっとひとりで頷く。
「これはこれは、カルロ様。わざわざご足労ありがとうございます」
「いいえ。私共の神子様をご迎えできるのですから当然です」
「え?」
そう言って王子は膝まづいた。
こんな他国のしかも王城でそんな事をするなんて大丈夫だろうかと俺がひやひやするが、彼はその体勢のまま秋の手を取って甲にキスを落とす。
「わっ!」
「この時を切望しておりました。神子様。どうか我が国に来ていただけないでしょうか?貴方が必要なのです」
そう言って下から潤んだ瞳で彼は秋を見つめる。なんて同情心を誘う表情なんだ。あんな表情、しかも年下、しかも低身長にそんな事をされたら誰だってぐらつく。秋も同じようにたじろいだ。それからヴィを見た。
「ど、どうしよう、ヴィアン……」
そう言ってヴィに縋りついた。少しむっとしたがすぐにヴィが離れた。
「秋様。此方の御方の国は秋様がいないと助からない方がいるのです。心優しい秋様なら最善を選んでくださると思っております」
「ヴィアン……」
心優しい……。な、なんて白々しいんだ、ヴィ。声にうさん臭さが乗っているよ。絶対にそんなこと思ってないでしょ。俺もだけど。
ただ、秋が何だか感動したような表情と声を出す。あまりにも騙されすぎて心配になってきた。
秋はそう言って頷いた。それから王子を見る。
「行きます!必要とされているのなら!」
「ありがとうございます!神子様!!」
王子が感動したように立ち上がって秋の手を握った。それから「あっ」っと声をあげて恥ずかしそうに頬を赤くする。
「ご、ごめんなさい、つい……あっ、じゃない、えーっと、申し訳ございませんでした!」
つい、素が出たような演技だ。
なんでかって?ウィルが白けた目で見ていたからだ。
ウィルがそんな目で見ていなければ俺も騙されていた。秋は完全に騙されてぶんぶん首を振りこういう。
「ううん大丈夫!敬語とか要らないよ!!」
「え、で、でも……」
「いいから!ね?僕も敬語苦手だし」
「そ、うかな……?じゃあ、いい……?」
「うん!よろしくね!」
す、すごい。年下ってすごい。
俺が思わず感心していると彼は、俺を見てからウィルを見た。どうして俺も見たのか分からない。いや、一瞬だったし気のせいかも?
「それではこれで失礼致します。このお礼はいずれ」
「ああ、そうだね。まあ、期待して」
妙な言い回しだが、これ以上深堀したらよくない気がする。
そんな事を思っていたら秋がヴィアンにぎゅっと抱き着いた。
「ヴィアン!短い間だけどありがとうございました!突然こんなところに来て不安だったけど、ヴィアンがいてくれて本当に良かった!本当にありがとう!」
「いえ、お元気で」
ヴィはにっこりとそう言って笑った。最後に抱き着かれたが腕を回すことは無かった。ヴィ、流石だ。その後に秋はルナにお礼を言った。そしてレイン、最後にウィルである。
どうせお礼なんか言われないだろうと欠伸してたら「ベルさん」っと声をかけられた。
「え?」
「今までお世話になりました!」
「あ、ああ、うん……」
それしか言えなかったが、まあ、十分だろう。
秋はそしてウィルに挨拶をしている王子のところに向かい、二人そろって馬車に乗り込んだ。そして馬車が動き出すと秋は窓から身を乗り出して手を振る。それに侍従君とウィル、レインは手を振った。ヴィは微笑んでいた。俺は迷った末軽くだけ手を振っておいた。本当に軽くだが。
若干可哀想だとは思うがこれで日常に戻れるので嬉しさの方が増す。
ばいばい秋!そっちの国でもお元気で!!
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