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51、やめて!俺のために争わないで!
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矢が降ってくるが、すぐに燃える。
御館様はそんなものは攻撃とみなしていないようでのんびりと歩きながら「どこに行きましょうか」なんて言っている。
俺だったらやべええええっ!!て思うけどね。御館様にとってはそよ風程度なんだろうね……。
これが力量の差かっと思っているとかんっと何やら乾いた音が響いた。それと同時に空気が変わり、人の気配が消えた。
何かの結界に入ったようだ。
御館様もそれが分かったようでぴたりと歩みを止めている。俺は足手まといにならない程度に参戦する為出ようとしたが逆に頭を押し込められた。
「おや……」
「頭を出すと危ないですよ」
「ですが!」
ひゅっと次の瞬間風を切るような音がして、俺の鼻先を抑えながら御館様が一歩下がって避ける。それから追撃を難なく躱して大きく距離を取った。
御館様に襲い掛かった彼は雪那だった。単独なのか他には誰もいない。
まずい。君春君の情報によれば妖皆殺しにしてるって言ってた!
警戒をして彼を見ていると彼はゆっくりと刀を構える。それから御館様を見てそれから懐の中にいる俺を見た。そして目を見開いて驚きの表情を見せてから鋭く御館様を睨んだ。
「その子を返せ!!」
雪那は叫んで地面を蹴り上げる。人とは思えない速さで近づいてきた。雪那の刀が赤い炎を纏って少し振るっただけで熱風が起こる。
御館様の綺麗な金髪が燃えるのではないかとハラハラしているが御館様はひょいひょいっと軽―く避ける。俺も邪魔にならないようにと小さくなりながら着物にしがみつく。とはいえ、御館様は激しく動かずに最低限の動きで躱しているため振り下ろされるなんてことは無いのだが。
ふと、御館様が雪那の腹を蹴り上げた。あばら骨が折れた音がして、雪那はそのまま吹っ飛ばされる。壁にぶちあたって勢いは止まる。
ああっ!見てられないよー!!
「お、御館様!もういいですから帰りましょう!!」
「そうですね。帰りましょうか」
うんうん!あそこで伸びてればもう御館様だって追撃しないだろうし!良かったね、御館様で。他の妖だったら息の根を止められてたよ!
気絶している今が好機である。彼も力量の差が分かったんだから起き上がることは無いだろうけど……。
「その子を置いてけ!!」
「!」
雪那がそう叫んだ瞬間地面に薄氷が覆った。御館様は何かを察知したのか飛躍して着地と同時に炎で氷を溶かしたから降り立った。
見ると、薄氷はすさまじいスピードで触れたものすべてを氷に代えていく。
範囲攻撃だ。これをできる人は早々いない。俺だって見たことない。
そんな珍しい攻撃を仕掛けたが既に雪那は瀕死だ。こういうときって人は不便である。彼らの術の中には治癒なんてものはない。そこで伸びていればよかったものを、雪那が血を吐きながら刀を地面にさしてふらふらとした足取りで起き上がった。
「俺の弟を返せ!!」
またか。
というか、本当何でも弟だって認識するんだねぇ。ここははっきり言わないと。こんなになるまでこだわるんて思わなかったし……。
「俺は君の弟じゃ……」
「分かってる!」
え?い、いやいや、分かってないからこうなってるんでしょう!?
げほごほっと咳き込んで血を吐き出す雪那に俺は頭を抱える。そんな大ウソをよくつけるねぇ!?
唖然としていると、雪那が箱を蹴った。今の今まで気づかなかったそれに驚くと同時に蹴ったことによって箱が傾いて蓋が開いた。その中から無数の手が見えて、ふと大きく中から誰かの腕が伸びる。そして頭、肩と箱のサイズより遥かに大きなものが出てきた。
「何か御用で……え?何この修羅場」
箱の中から出てきたのは鳩羽だ。御館様と雪那を交互に見て思わずそう呟いている。
お、おれもそう思う。
思わず頷くと片手間に雪那の傷を治していた鳩羽が俺に気付いて笑顔で手を振ってきた。思わず手を振り返した。
それから雪那を見る。
「どういう状況ですか?」
「あの子を取り戻してこい!!」
「え。無理です」
「死んでも取って来い!!」
「無理です」
「ふざけんな!!」
「……」
鳩羽が凄く困った顔をした。それから俺を見る。
察するに鳩羽が雪那の使役している妖であることは確実だ。力関係は分からないが多分、雪那の方が上。ならば、命令を反故しようとするとそれなりのペナルティが課せられる。
俺は御館様を見上げた。
御館様はふむ、と少し考え込んで俺を抱えて地面に置く。察した俺と鳩羽。
「失礼します!」
律儀にもそう言って俺の体を蜘蛛の糸でぐるっと囲い引っ張る。あーれーと瞬く間に俺は鳩羽の腕の中に収まった。ほっと息を吐いて安心している鳩羽。俺も安心。君に何かあったら九条に何言われるか……。
「こは……っ!」
そして、雪那が鳩羽の腕の中にいる俺に手を伸ばそうとしてその前瞬時に彼の目の前に近づいた御館様が遠慮なく首を掴む。俺に意識がむいていたため反射的に雪那は御館様の手を掴み引き剥がそうとする。
「やめてっ!」
先程の蘆屋での出来事を思い出して思わず叫んだ。
俺でもわかる。御館様に首を掴まれて捨てられたあいつは生きていない、と。そして今、同じように殺されるかもしれない。
さっきまでのだったらいい。だって赤子の手をひねるような戯れだったから御館様だって本気で殺そうと思っていなかった。引けば追撃しなかったはずだ。
でもこれはだめだ。殺される。死んでしまう。
また俺のせいで
「やめ、やめてください。お願いします御館様、お願い!!その人は殺さないで!!やめて!」
頭が痛くなってきた。
怖いのと悲しいのと何だかよく分からない感情が沸き上がってくる。
また、また死ぬ。死んじゃう。約束守ってくれなかった。どうして。俺が悪い。俺のせいで。俺が生まれてきたから。
「死んじゃった。俺のせいで死んじゃった。兄さんも母さんも父さんも。どうして、どうして約束守ってくれなかったの。俺が生贄になれば家族に何もしないって言ってたのに!!」
死んじゃった!!
俺が殺した!!
大好きな家族をみんな残らず殺しちゃった!!
俺が!俺がこんな容姿だから!
俺が全部悪いんだ!!
何かがせり上がってきて吐き出した。どろっとした黒い液体だ。げほごほと吐き続けても後から後からどんどんと溢れてくる。
苦しい。なんだろうこれ。なんでこんなものが口から出るの。
あと、なんか、前にもこんなことあったような……?
「琥珀」
誰かの声がした。
あ、違う。御館様だ。御館様の声。
「生きてますよ。大丈夫。死んでません」
「死んだってお前が言ったじゃないか!!俺のせいだ!俺がいたから!俺が生まれたから!!」
あれ。勝手に口が動く。ぶわっと毛が逆立って何故か御館様を威嚇した。なんで?
「死んでません。兄、えーっと、貴方のお兄ちゃんは目の前にいるでしょう?」
え?
御館様も変なこと言い出した。お兄ちゃんって。もう、変なこと言わないでくださいよ~。
「お兄ちゃん」
「はい」
「お母さんとお父さんは?」
「いますよ」
「そっかぁ……」
ぼんやりとしてきて御館様の優しい手が俺の体を撫でる。気持ちよくてうとうとしてきて、唐突に意識が戻った。
「!?」
「おはようございます、琥珀」
「お、御館様、あの、えっと……」
「どうかしましたか?寝起きでぼんやりしてますか?」
「え、え……?」
今の今まで寝てたの俺。この状況で?
……。
は、恥ずかしい!!
御館様をお兄ちゃんって呼ぶ夢みてた!めちゃくちゃ恥ずかしい!!
グルグル回って尻尾で顔を隠す。その様子を御館様はくすくすと笑った。
「昨夜は眠れなかったようですね。もう少し寝ますか?」
「いえ、結構です!!」
穴がっ!あったらっ!入りたい!!
ぐああっと羞恥に悶えている間に何やら御館様が雪那に耳打ちをした。雪那がぎろっと御館様を睨んだがやがて深いため息をつく。
「分かった」
「賢明な判断です。お互いより良い関係を築きましょうね」
ちっと大きく舌打ちをした雪那が顎で鳩羽にもどれと指示を出す。あの箱やばいな。渡りの舟を使わなくてもこっちに来れるんだもの。
「それでは琥珀様。あちらでお待ちしてます」
「うん。またね、鳩羽」
「はい。御館様も失礼致します」
そう言って箱に足突っ込んだ鳩羽がズルズルと中に引き込まれていった。ちょっと怖い……。
「さて、私達も帰りましょうか」
「あ、待ってください御館様」
鳩羽を見送り、御館様がそう言った。しかし、俺にはやるべきことがあるのだ。重要な任務、すなわち……。
「ねえ、雪那。黒は君の所にいるんだよね?」
「うん、そうだよ。あぁ、彼も連れて帰るのかい?じゃあ、うちに一回寄ればいいよ」
「ありがとう」
そう。黒の回収である。
安倍家にいるのは分かっていたが、御館様がいる手前妖魔課を相手にするリスクを冒してまで行くのは得策ではないと判断した。だからあとから迎えに来行こうと思っていた。しかし、雪那が戦意喪失?したようなので頼めばいけるかなー?と思ったらあっさり了承。なので、今迎えに行くことにする。
丁度御館様もいるし、ここで彼らの親睦を深めなければ!!
「御館様、いいですか……?」
「ええ、勿論。琥珀の大事なご友人であれば」
御館様優しい!このまま黒を好きになれ!!
話がまとまったところで、かんっと雪那が箱で地面を軽く叩くと囲んでいた結界が消えた。それと同時に御館様は人に化ける。俺も妖力が漏れないようにそこら辺の狐として御館様に抱っこされた。
ちょっと御館様の顔が良すぎて道行く人な視線を集めるが些細なことだ。うん。
「もう日暮になるし、今日は泊まっていきなよ。君らはいいけど、彼には負担がかかるでしょ?」
「……仕方ありませんね」
確かに。じゃあ、お言葉に甘えて1泊だけしようかな、という俺の気持ちを瞬時に表情だけでくみ取った御館様がそう答えた。一言も喋ってないのにすごい。御館様、俺のことよくわかってるな~。
なんて。のんびり穏やかに安倍家まで歩くはずだった。
突然大きな地震が起きた。
石造りの塀ががらがらと崩れ、ミシミシと音を立てて近くの家が砂埃を立てながら崩れ落ちる。外にいる人は立っていられず、遠くで炎が燃え上がった。
そして、まだ夕焼けだったオレンジ色の空が一気に黒く染め上がり、何かが動いた。
「走れ!!」
雪那がそう叫ぶ前に御館様が雪那も抱えて飛び上がった。どぷん、と黒い水が津波のように襲い留まって広がる。
飲まれずに無事だった家の屋根の上に降り立った御館様。お礼も言えずその光景を見た俺はただ絶句する。
酷い異臭がして、暫くそれは引いた。
家があって人がいた筈なのにそこには何も残っていなかった。
御館様はそんなものは攻撃とみなしていないようでのんびりと歩きながら「どこに行きましょうか」なんて言っている。
俺だったらやべええええっ!!て思うけどね。御館様にとってはそよ風程度なんだろうね……。
これが力量の差かっと思っているとかんっと何やら乾いた音が響いた。それと同時に空気が変わり、人の気配が消えた。
何かの結界に入ったようだ。
御館様もそれが分かったようでぴたりと歩みを止めている。俺は足手まといにならない程度に参戦する為出ようとしたが逆に頭を押し込められた。
「おや……」
「頭を出すと危ないですよ」
「ですが!」
ひゅっと次の瞬間風を切るような音がして、俺の鼻先を抑えながら御館様が一歩下がって避ける。それから追撃を難なく躱して大きく距離を取った。
御館様に襲い掛かった彼は雪那だった。単独なのか他には誰もいない。
まずい。君春君の情報によれば妖皆殺しにしてるって言ってた!
警戒をして彼を見ていると彼はゆっくりと刀を構える。それから御館様を見てそれから懐の中にいる俺を見た。そして目を見開いて驚きの表情を見せてから鋭く御館様を睨んだ。
「その子を返せ!!」
雪那は叫んで地面を蹴り上げる。人とは思えない速さで近づいてきた。雪那の刀が赤い炎を纏って少し振るっただけで熱風が起こる。
御館様の綺麗な金髪が燃えるのではないかとハラハラしているが御館様はひょいひょいっと軽―く避ける。俺も邪魔にならないようにと小さくなりながら着物にしがみつく。とはいえ、御館様は激しく動かずに最低限の動きで躱しているため振り下ろされるなんてことは無いのだが。
ふと、御館様が雪那の腹を蹴り上げた。あばら骨が折れた音がして、雪那はそのまま吹っ飛ばされる。壁にぶちあたって勢いは止まる。
ああっ!見てられないよー!!
「お、御館様!もういいですから帰りましょう!!」
「そうですね。帰りましょうか」
うんうん!あそこで伸びてればもう御館様だって追撃しないだろうし!良かったね、御館様で。他の妖だったら息の根を止められてたよ!
気絶している今が好機である。彼も力量の差が分かったんだから起き上がることは無いだろうけど……。
「その子を置いてけ!!」
「!」
雪那がそう叫んだ瞬間地面に薄氷が覆った。御館様は何かを察知したのか飛躍して着地と同時に炎で氷を溶かしたから降り立った。
見ると、薄氷はすさまじいスピードで触れたものすべてを氷に代えていく。
範囲攻撃だ。これをできる人は早々いない。俺だって見たことない。
そんな珍しい攻撃を仕掛けたが既に雪那は瀕死だ。こういうときって人は不便である。彼らの術の中には治癒なんてものはない。そこで伸びていればよかったものを、雪那が血を吐きながら刀を地面にさしてふらふらとした足取りで起き上がった。
「俺の弟を返せ!!」
またか。
というか、本当何でも弟だって認識するんだねぇ。ここははっきり言わないと。こんなになるまでこだわるんて思わなかったし……。
「俺は君の弟じゃ……」
「分かってる!」
え?い、いやいや、分かってないからこうなってるんでしょう!?
げほごほっと咳き込んで血を吐き出す雪那に俺は頭を抱える。そんな大ウソをよくつけるねぇ!?
唖然としていると、雪那が箱を蹴った。今の今まで気づかなかったそれに驚くと同時に蹴ったことによって箱が傾いて蓋が開いた。その中から無数の手が見えて、ふと大きく中から誰かの腕が伸びる。そして頭、肩と箱のサイズより遥かに大きなものが出てきた。
「何か御用で……え?何この修羅場」
箱の中から出てきたのは鳩羽だ。御館様と雪那を交互に見て思わずそう呟いている。
お、おれもそう思う。
思わず頷くと片手間に雪那の傷を治していた鳩羽が俺に気付いて笑顔で手を振ってきた。思わず手を振り返した。
それから雪那を見る。
「どういう状況ですか?」
「あの子を取り戻してこい!!」
「え。無理です」
「死んでも取って来い!!」
「無理です」
「ふざけんな!!」
「……」
鳩羽が凄く困った顔をした。それから俺を見る。
察するに鳩羽が雪那の使役している妖であることは確実だ。力関係は分からないが多分、雪那の方が上。ならば、命令を反故しようとするとそれなりのペナルティが課せられる。
俺は御館様を見上げた。
御館様はふむ、と少し考え込んで俺を抱えて地面に置く。察した俺と鳩羽。
「失礼します!」
律儀にもそう言って俺の体を蜘蛛の糸でぐるっと囲い引っ張る。あーれーと瞬く間に俺は鳩羽の腕の中に収まった。ほっと息を吐いて安心している鳩羽。俺も安心。君に何かあったら九条に何言われるか……。
「こは……っ!」
そして、雪那が鳩羽の腕の中にいる俺に手を伸ばそうとしてその前瞬時に彼の目の前に近づいた御館様が遠慮なく首を掴む。俺に意識がむいていたため反射的に雪那は御館様の手を掴み引き剥がそうとする。
「やめてっ!」
先程の蘆屋での出来事を思い出して思わず叫んだ。
俺でもわかる。御館様に首を掴まれて捨てられたあいつは生きていない、と。そして今、同じように殺されるかもしれない。
さっきまでのだったらいい。だって赤子の手をひねるような戯れだったから御館様だって本気で殺そうと思っていなかった。引けば追撃しなかったはずだ。
でもこれはだめだ。殺される。死んでしまう。
また俺のせいで
「やめ、やめてください。お願いします御館様、お願い!!その人は殺さないで!!やめて!」
頭が痛くなってきた。
怖いのと悲しいのと何だかよく分からない感情が沸き上がってくる。
また、また死ぬ。死んじゃう。約束守ってくれなかった。どうして。俺が悪い。俺のせいで。俺が生まれてきたから。
「死んじゃった。俺のせいで死んじゃった。兄さんも母さんも父さんも。どうして、どうして約束守ってくれなかったの。俺が生贄になれば家族に何もしないって言ってたのに!!」
死んじゃった!!
俺が殺した!!
大好きな家族をみんな残らず殺しちゃった!!
俺が!俺がこんな容姿だから!
俺が全部悪いんだ!!
何かがせり上がってきて吐き出した。どろっとした黒い液体だ。げほごほと吐き続けても後から後からどんどんと溢れてくる。
苦しい。なんだろうこれ。なんでこんなものが口から出るの。
あと、なんか、前にもこんなことあったような……?
「琥珀」
誰かの声がした。
あ、違う。御館様だ。御館様の声。
「生きてますよ。大丈夫。死んでません」
「死んだってお前が言ったじゃないか!!俺のせいだ!俺がいたから!俺が生まれたから!!」
あれ。勝手に口が動く。ぶわっと毛が逆立って何故か御館様を威嚇した。なんで?
「死んでません。兄、えーっと、貴方のお兄ちゃんは目の前にいるでしょう?」
え?
御館様も変なこと言い出した。お兄ちゃんって。もう、変なこと言わないでくださいよ~。
「お兄ちゃん」
「はい」
「お母さんとお父さんは?」
「いますよ」
「そっかぁ……」
ぼんやりとしてきて御館様の優しい手が俺の体を撫でる。気持ちよくてうとうとしてきて、唐突に意識が戻った。
「!?」
「おはようございます、琥珀」
「お、御館様、あの、えっと……」
「どうかしましたか?寝起きでぼんやりしてますか?」
「え、え……?」
今の今まで寝てたの俺。この状況で?
……。
は、恥ずかしい!!
御館様をお兄ちゃんって呼ぶ夢みてた!めちゃくちゃ恥ずかしい!!
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「昨夜は眠れなかったようですね。もう少し寝ますか?」
「いえ、結構です!!」
穴がっ!あったらっ!入りたい!!
ぐああっと羞恥に悶えている間に何やら御館様が雪那に耳打ちをした。雪那がぎろっと御館様を睨んだがやがて深いため息をつく。
「分かった」
「賢明な判断です。お互いより良い関係を築きましょうね」
ちっと大きく舌打ちをした雪那が顎で鳩羽にもどれと指示を出す。あの箱やばいな。渡りの舟を使わなくてもこっちに来れるんだもの。
「それでは琥珀様。あちらでお待ちしてます」
「うん。またね、鳩羽」
「はい。御館様も失礼致します」
そう言って箱に足突っ込んだ鳩羽がズルズルと中に引き込まれていった。ちょっと怖い……。
「さて、私達も帰りましょうか」
「あ、待ってください御館様」
鳩羽を見送り、御館様がそう言った。しかし、俺にはやるべきことがあるのだ。重要な任務、すなわち……。
「ねえ、雪那。黒は君の所にいるんだよね?」
「うん、そうだよ。あぁ、彼も連れて帰るのかい?じゃあ、うちに一回寄ればいいよ」
「ありがとう」
そう。黒の回収である。
安倍家にいるのは分かっていたが、御館様がいる手前妖魔課を相手にするリスクを冒してまで行くのは得策ではないと判断した。だからあとから迎えに来行こうと思っていた。しかし、雪那が戦意喪失?したようなので頼めばいけるかなー?と思ったらあっさり了承。なので、今迎えに行くことにする。
丁度御館様もいるし、ここで彼らの親睦を深めなければ!!
「御館様、いいですか……?」
「ええ、勿論。琥珀の大事なご友人であれば」
御館様優しい!このまま黒を好きになれ!!
話がまとまったところで、かんっと雪那が箱で地面を軽く叩くと囲んでいた結界が消えた。それと同時に御館様は人に化ける。俺も妖力が漏れないようにそこら辺の狐として御館様に抱っこされた。
ちょっと御館様の顔が良すぎて道行く人な視線を集めるが些細なことだ。うん。
「もう日暮になるし、今日は泊まっていきなよ。君らはいいけど、彼には負担がかかるでしょ?」
「……仕方ありませんね」
確かに。じゃあ、お言葉に甘えて1泊だけしようかな、という俺の気持ちを瞬時に表情だけでくみ取った御館様がそう答えた。一言も喋ってないのにすごい。御館様、俺のことよくわかってるな~。
なんて。のんびり穏やかに安倍家まで歩くはずだった。
突然大きな地震が起きた。
石造りの塀ががらがらと崩れ、ミシミシと音を立てて近くの家が砂埃を立てながら崩れ落ちる。外にいる人は立っていられず、遠くで炎が燃え上がった。
そして、まだ夕焼けだったオレンジ色の空が一気に黒く染め上がり、何かが動いた。
「走れ!!」
雪那がそう叫ぶ前に御館様が雪那も抱えて飛び上がった。どぷん、と黒い水が津波のように襲い留まって広がる。
飲まれずに無事だった家の屋根の上に降り立った御館様。お礼も言えずその光景を見た俺はただ絶句する。
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