狐の嫁入り〜推しキャラの嫁が来たので、全力でくっつけようと思う〜

紫鶴

文字の大きさ
上 下
29 / 59

28、はじめましてさようなら

しおりを挟む
寒い冬の日だった。
雪が降り、道は白く埋められ吐く息は白い。そんな中俺はぼろ雑巾のような薄っぺらく汚い服を着て、すり切れている草履をはいていた。ふらふらと歩いて視界が回り冷たい雪の中に飛び込んだ。
冷たかった。雪は冷たかった。でも起き上がることが出来ずに雪の中に埋もれていく。
感覚がなくなってきた。さっきまで寒くて冷たかったのに今は何も感じない。
―――どこを見ているの?気持ち悪い。
―――お前に食わせる飯はない!!
―――出て行け!この疫病神が!!
石を投げられた。体も殴られた。
痛い。苦しい。お腹すいた。喉が渇いた。
このまま死ぬのだろうか。
そう思って段々に瞼が落ちる。
死んだらどこに行くのだろう。どうなるんだろう。
恐怖があった。そして、どうして自分がこんな目に遭わなければならないのかと理不尽に憤りを感じた。
もしも来世があるのなら、絶対に殺してやる。俺をこんな目に遭わせた奴ら全員。地獄に落ちてしまえ―――。


「君、大丈夫?聞こえてる?」
「……」
「やばそう?起きて、死ぬよ?え?や、やばくない?起きて!?」

体が浮いた。じんわりと肌に温かい何かが触れる。やべーやべーと声がして扉の開く音、それからぱちぱちと音がして首や手足の付け根に温かいものが置かれた。

「心臓は動いてる。意識はない?とりあえず体温めないと!」

柔らかで温かな布団に包まれた。うとうとと閉じていた瞼を開けると「あ!」っと声をあげていた。

「良かった~意識はあるみたい!温かいものとか飲める?」
「……」

とてもきれいな人だった。白い髪で所々が銀色に輝いている。瞳は青色。彼はにっこりと笑顔を見せて俺の頬を撫でる。温かい。
意識は鈍く、全く返事が出来ずにいると次は頭に手が伸びて一瞬体がこわばる。しかし、その手は優しく頭を撫でた。

「結構体冷えてたからな。意識があるみたいなら温かいの飲もう!」

それからすっと彼が離れて、どこかから大きな鍋を持って来た。それを囲炉裏にそれをかけたあとお玉でお椀に中身をよそう。鼻腔をくすぐる美味しそうな匂い。先ほどまで全く食欲が湧かなかったのに急にお腹がすいてきた。乾ききっていたと思っていた口の中が唾液で満たされる。

「さてと、ちょっと起こすよ~」
「……」
「はい、あーん」

俺の体を起こして彼は背もたれになった。汚くて匂いも酷いのに冷えた体を温めるようにぴったりとくっついてくれる。それからそっと口元にお椀を寄せてくれて俺が口をつけるとゆっくりと傾けてくれる。じんわりと温かい汁が俺の喉を通って腹に落ちる。美味しい。こんなおいしいもの初めて飲んだ。
もっと、もっと欲しい!!

「たくさん食べたね~!いい子いい子!」

夢中で飲み込んでいたらお椀の中身が無くなった。我に返って殴られてしまうとびくびくすると、再び彼はお玉を取ってお椀を満たす。それからもう一度俺の口元に持って行く。ちらちらと男とそれを見ると男は綺麗に笑う。

「食べていいよ。それともお腹いっぱい?」

食べていい。
男はそう言っていた。安心させるかのように頭も撫でられて俺はまたしても飲み干した。
どれくらい飲んだか分からない。
何杯目からは、ドロドロになったお米も入っていた。今まで野草や、野菜の端切れしか食べたことがなかったのでお米があんなに美味しいとは思わなかった。きっと、炊いたお米はもっと美味しいのだろう。今の俺では噛めないのできっと流れるような食べ物を与えてくれたのだ。見ず知らずのみすぼらしい子供をこの人は救ってくれた。

「もう大丈夫だよ。ゆっくりお休み」

そう言って額に唇が落とされた。汚いのに、臭いのに、綺麗な布団や温かい食事を用意してくれた。頭を撫でて、食べさせてくれた。
ああ、この人はきっと神様だ―――。



「君が判断することだけれど、あんまりここにいると俺みたいになっちゃうよ」

ゆらり、と銀色の一本だけの尻尾が揺れて俺の頬を撫でた。
いい。それでもいい。一緒にいたい。ずっとずっと!!同じになれるなんて嬉しい!ひとつ尾になれるのは俺だけだ!

俺だけ。俺だけでいいんだ!!俺以外は要らない!!
だから―――

「黒さん」


琥珀様がいない今じゃないとできない。
あの烏も、あの蜘蛛も、こいつは特に気に入らないらしいから快く計画に応じてくれた。
琥珀様は人の都で手厚く保護して貰えているから大丈夫。後で迎えに行きますね。

俺が声をかけるときょとんとして無防備にも一人でいた愚かなそいつは首を傾げる。


「え?あ、えーっと、黒橡さん?でしたっけ?」
「はい。はじめまして」


―――さようなら。

しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...