俺が想うよりも溺愛されているようです。

アオハル

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日常

選択-4-A-

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 あの日。ルートヴィヒに祖父のことを話してから数日。アルノシトは再びルートヴィヒの屋敷にいた。
 が、今回は庭でジークと遊んでいる。

──改めて予定を空けて欲しい。

 そのことを祖父に伝えたら、条件と提示されたことが

──直接話をさせてくれ。

 だったからだ。伝えた時にはルートヴィヒが雑貨店に来ると言っていたのだが、祖父が店が騒ぎになってしまっては困ると断った。
 そのため、連れ立って屋敷へと来たのだが。
「お前はジークと遊んでいなさい」
 と追い出されてしまった。二人で何を話しているのかは気になりはするが、出ていろと言われたものは仕方がない。
「どうしたの?疲れた?」
 普段の散歩とは違う、柔らかい土の感触にはしゃいでいたジークがいつの間にか自分の傍らにいる。尻尾を振りつつ鼻を押し付けてくる愛犬の背を撫でながら問いかけると、さらにぐいぐいと顔を押し付けてきた。
「くすぐったいよ」
 仕方ないな、と撫で続けていると、心地いいのかお座りの姿勢のまま、こちらへと凭れかかりながら眼を閉じる。この時間は普段なら配達やら店番やらで構っている時間ではないから、ジークはジークで甘えるチャンスだと思っているのかも知れない。
「……」
 緩やかに上下する背中から視線を外して屋敷を見上げる。祖父とルートヴィヒの話は終わったのだろうか。
 愛犬の体温についうとうととしながら、アルノシトは背中を撫で続けた。

        ◇◇◇◇◇◇◇

 アルノシトがジークと庭でのんびりと過ごしている頃。
 応接室ではルートヴィヒは緊張で表情を硬くしていた。
「……そんなに緊張しなくていい」
 なんて、困った顔で言われるほどに。
「申し訳ありません」
 声も硬い。やれやれ、とでも言いたげに目の前の老人は眼を細めて紅茶を飲んでいる。ちょっとした仕草がアルノシトと似ていて、ほんの少し緊張が解けた気がする。
「まぁ長々と茶を飲んでいても仕方なかろう。本題にいこうか」
 カップを置いた老人が真っ直ぐに自分を見てくる。無意識のうちに息を飲んだ。
「お前さんは、アルノシトを愛玩物として手元に置きたいのか。それとも、共に歩く伴侶として求めているのか。それを聞かせて欲しい」
 穏やかな表情と声。想定したどの質問とも違う、想像すらしていなかった内容に、ルートヴィヒは一瞬、返事に詰まった。もう一度言われた言葉をゆっくりと頭の中で繰り返した後、静かに口を開く。
「私は──アルノシトに、共に歩いて欲しいと思っています」
 自分の希望を正直に答えた。返答を聞いた老人はゆっくりと深く頷く。
「そうか。では──数日程度で、君の生活を見せる、なんて事は言わんでくれ」
 びくりと肩が跳ねてしまう。あくまでも穏やかで静かな口調。だが、言葉の辛辣さにルートヴィヒは眼を瞬かせる。
「あんたの住む世界がどんなものか、なんて儂はわからん。が……たかだか一週間程度、「見学」したところで理解出来るものではないだろう、くらいは分かる」
 そこで老人は目を伏せる。静かに息を吐き出した後、困ったように笑った。
「お前さんがアルノシトのことを大事に思ってくれていることは分かっているよ。あの子があんたの元に行きたいというなら、儂は反対するつもりはない。ただ──」
 言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「共に歩きたい、というなら。綺麗ごとだけを見せて、「いいこと」だけの世界に閉じ込めるような事はしないで欲しい」
「……っ、……」
 膝の上の手を握り締めた。服に皺がつくほどに強く握りしめた後、ゆっくりと指を緩めて息を吐き出す。何と伝えようか迷うルートヴィヒへと、穏やかな声がかかる。
「──すまんな。意地の悪いことを言って」
 顔を上げると、穏やかなままの老人と視線が重なる。
「……少し、話をしても?」
 どうぞ、と静かに続きを促した。礼を述べた後、迷うような沈黙。
「儂の息子……アルノシトの父親と母親のことは知っているだろう?」
 頷く。彼らはベーレンドルフの工場で働いていて、通勤の途中に事故で亡くなった。事故に関連した記憶は正直思い出したくはない苦いものだ。
 とはいえ、その現実から目を逸らしてはいない。自分に出来る限りのことはしてきたから、やましいところは何もない。だから、眼は逸らさないで話の続きを聞く。
「いまさら、お前さんたちにどうこう言うつもりはないよ。でも──息子夫婦を亡くしたばかりの時は。雑貨店を継がせていればよかったのではないか、と。そう。儂らは無意識にでも思っていたのかも知れない」
 元々はアルノシトの父親も店を継ぐつもりだった事。ただ、不安定な雑貨店より、安定した工場の仕事を両親──アルノシトの祖父母──に勧められて、そちらの道へ進んだ事。
 結果として。将来を共に進む人を見つけて、アルノシトが生まれたのだから、そのこと自体は良かったのだと今は思えてはいるが。

──事故で亡くなった直後には、そんなことを考える余裕もなく。ただ、もし、あの時、と。そればかり考えてしまった事。
 
「勝手な話だが。アルノシトに店を継ぐ、と言って欲しいと。儂らはそう思って接していたかも知れない。あの子は──子供なりにその気持ちを感じ取って……」
 ふ、とほんの少し辛そうに表情を歪める。
「あぁなりたい、こうなりたい。将来の夢は……そういった話は、小さな頃から何一つしなかった。──早く店の手伝いがしたい。そのことばかりで」
 一度言葉を切った後、改めてルートヴィヒへと視線を向ける。自嘲めいた笑みを浮かべて眼を細めた。
「勝手なことを、と言われるかも知れんが。あの子が初めて、悩んだ道だ」
 だから──
「……君が駄目だと思うまで。傍においてやってはくれないだろうか。一週間、二週間と期限を決めるのではなく」
 話を聞き終えて、ルートヴィヒは一度深呼吸をした。知らぬうちに硬く握っていた指をもう一度広げ、握り締める。
「──お爺様。アルノシトが誘拐された時のことを覚えていらっしゃいますか?」
 くだらない理由でアルノシトが誘拐された時のこと。随分前だったような気もするし、最近だったような気もする事件のことを、覚えていると頷き返すのを見てから言葉を続ける。
「アルノシトは──「俺が好きなルートヴィヒさんでいてください」と。そう言ってくれました」
 自然と緩む表情を隠さないままに言葉を続ける。
「私は──あの時、この先も彼と共に生きたい、と。そう思ったんです」
 完全に惚気と言うかなんというかの自分語り。彼の親でもある人の前でするには、少し恥かしさもあるが、自分の考えを伝えるためには飾った言葉よりいいだろう。
「ですが……お爺様のおっしゃられた通り。その気持ちだけで、傍にいてくれと願う事も難しいのも事実です」
 自分は彼なら問題ないと思っている。だが、この先。慣れぬ生活の中で、もう嫌だと思ってしまうかも知れない。己の母親がそうだったように。
 彼女が自分や父親に向けてくれた愛情に裏はなかった。彼女と過ごした日々は今でも大切なものだ。
 だが──彼女はここを去った。去り際にまで、自分への精一杯の愛情を残してくれた母親。もし叶うなら戻ってきて欲しいと思ってはいるが、それが叶わぬことである、とも理解はしている。
 今でも時々、あの時に何をすればよかったのかと思う事はあるが、結局答えは出せないままだ。
「仮にアルノシトが違う道を選んだとしても。私は彼の味方でいたいと願っています。──お爺様も同様に」
 愛しい人の育ての親だから。あの事故の被害者の身内だから──ではなく。純粋な敬意を乗せた言葉に、目の前の老人は静かに眼を閉じた。
「──ありがとう」
 彼なりに色々と思いつめていたのだろう。どこかほっとしたようなその顔にルートヴィヒは何も言わずに彼が目を開くのを待った。
「ルートヴィヒ君」
 名を呼ばれて視線を向ける。
「……アルノシトを頼む」
「──はい」
 ただ静かに頷いた。
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