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事件簿

覚悟-12-D-

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 翌朝。朝食を摂った後にルートヴィヒが送ってくれるというので、甘えることにした。
 忘れ物はないかを確認してから車に乗りこむ。いつもの──といっても、総帥としてではなく、恋人として会う時のラフな格好と車。
 他愛ない会話をしていれば、家に着くまであっという間。
「……」
 日数で言えば、長期と言う程ではない。が、一度は戻って来れないかも知れない、と思った場所へと再び戻ることが出来た、ささやかな幸せをかみしめて眼を閉じる。
 深呼吸してから眼を開けた。
「……ただ──」
 いま。続くはずだった言葉が途切れたのは、看板をもって店から出てきた人物が見えたから。
「エトガルさん?!」
 見知った──というか、世話になっているというか。ルートヴィヒの幼馴染でもあり、運転手でもあるエトガルその人がいた。定位置に看板を設置してから、アルノシトとルートヴィヒの方へと顔を向ける。
「お。アル、お帰り」
 へらりと笑う。人好きのする性格である彼ならば、手伝い人としては最適ではあるが──思わず隣のルートヴィヒを見る。
 と、少しばかり複雑な表情を浮かべていた。
「エトガルが……自分が行くと言ってきかなかったから」
 仕方ない、と呟く響きも複雑なもの。そんな会話をしているうちに、奥から祖父も出て来た。
「アルノシト」
 驚きと喜びの入り混じった声。両手を広げた祖父に甘えるように抱き着いた後、照れ笑いを浮かべる。
「ただいま、爺ちゃん」
 ひょこ、と祖父の足元から愛犬も顔を出す。その場でしゃがんで手を伸ばした。
「ただいま、ジーク」
 わん、と元気良く吠えた後、耳を後ろに倒して頭を手に押し当ててくる。よしよし、と撫でるアルノシトを横に、エトガルとルートヴィヒは祖父と話をしていた。
「ほな、俺はこれで帰りますわ」
「あぁ。君のおかげで助かった……有難う」
 アルノシトに甘えていたジークがエトガルの足元へと。甘えるよう鼻を寄せる仕草に、はは、と笑いながらわしゃわしゃと撫でる。
「ジークも元気でな。また遊びにくるさかい」
 もう一度、わしゃわしゃと撫でまわしてから手を離した。先に車に戻っている、と告げて、アルノシトが乗ってきた車の方へ。
 あとに残されたのは、アルノシトと祖父、ジーク、そしてルートヴィヒ。
「……あの。本当に、有難うございました」
 沈黙を破ったのはアルノシト。改めてお礼を言うと同時に頭を下げる。
「俺……もう、戻って来れないかもって思ってたから」
「……私の方こそ」
 一瞬頬に触れかけた指が離れていく。表情を改めると、祖父の方へと深々と頭を下げた。
「二度とこのような事態を引き起こすことがないように留意いたします。 ですから──」
「お前さんも」
 体を起こそうとしたルートヴィヒの頭へと祖父の手が伸びた。ぽんぽん、と軽く叩いてから手を離す。
「体に気をつけてな。いつでも──遊びに来なさい」
 顔を上げたルートヴィヒは少し呆けたように。やがて、眼を瞬かせると、有難うございます、と再び頭を下げた。
 それを受けてから、アルノシトへ顔を向ける。
「お前も早く中に入りなさい。今日は忙しくなるぞ」
「あ、はい。……それじゃ、ルートヴィヒさん。また」
 ばたばたと店の中へと消える背中を見送った後、ルートヴィヒも車へと戻る。
 運転席で待っていたエトガルの隣。助手席へとおさまりながら目を伏せた。
「……どしたん。変な顔して」
「……いや──君が羨ましくなっただけだ」
 車が動き出す。
「俺が?……爺ちゃんと仲良うなったからか?」
「違う」
 そうじゃない。と大きく息を吐き出した。
「……アルノシトが。君と話す時は楽しそうだから」
 思わず吹き出してしまう。不機嫌な気配を感じながら、エトガルは運転を続ける。
「あのなあ。お前……いや、まぁ自分じゃわからんやろけど。お前とおる時のアルの顔、俺と話してるときなんか比やないと思うで?」
 幼馴染という贔屓目を抜きにしても、ルートヴィヒは有能な人物だと思う。そんな彼でも、自分の事は分からないものなのか。いや──惚れた弱みというやつか。
 ハンドルを切りながら、ついにやにやしてしまう。
「なんだ、その顔は」
「……なんでもない」
 人として──ではなく。財閥の総帥として、の面しか見せなくなってきた彼が。子供じみた嫉妬で不機嫌になること。
 些細なことだが、素の自分を出せる相手を見つけてくれたことを、友人としても、部下としても嬉しく思う。
「とりあえず──今日の予定から教えてや」
 そろそろ屋敷につく。幼馴染から運転手兼ボディーガードへと思考を切り替えねば。
「あぁ。今日の予定は──」
 すらすらと紡がれる仕事の内容。よどみなく流れる言葉を聞きながら、今日は長い日になりそうだ、と静かに息を吐き出した。
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