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事件簿

覚悟-9-A-

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 診察──と言うか精密な検査。
 今までされたこともない様々な検査のせいで、アルノシトは少し疲れていた。
 が、診察してくれる医師も看護師も皆とても優しい。戸惑っているアルノシトに丁寧に検査の受け方を教えてくれるだけでなく、この検査が一体何のために行われているのか、何が分かるのか、なんてことまで教えてくれるのだ。
 その結果──自分の立ち位置が自分が思う以上に重いものなのだと改めて実感することにはなったのだが。

『──自覚症状のない薬も沢山出回っているので。検査結果が出るまでは、何か異常を感じたら、すぐに連絡するようお願いしますね』
『多分大丈夫だと思うんですが……万が一、ということもあるので。こちらの薬を注射しておきます。もし、症状が出たらこの薬を飲んで──』

 説明を受けた内容と告げられた言葉は中々に衝撃的ではあったが、現状は「不審な点はない」とのこと。

 ただ、正式に検査の結果が出るまでは病室から出ぬように、接触する人も最低限に、と注意を受けた。
 ジークと遊ぶのはしばらく先かな、と思いながら廊下を歩いていると名を呼ばれる。
「アルノシト」
 そこには不安げな祖父と尻尾を振っている愛犬の姿。ほっとして駆け寄る。
「だいぶ疲れとるようじゃの」
「うん……今までしたことないような検査を沢山したから……でも、多分、問題ないだろうって」
 少しぼかしておく。これ以上祖父に心配はかけたくはない。
「そうか。飯は食っても平気か?」
 そもそも腹が空いているのか。
 心配そうに見つめてくる祖父にアルノシトは出来るだけ明るく笑った。
「めちゃくちゃお腹空いてるから。食べ過ぎないよう、爺ちゃん見張ってて」
 ジークも。
 足元で尻尾を振っている愛犬を撫でるためにその場にしゃがみこむ。耳を倒し、掌へと頭を押し付けてくる愛犬をわしゃわしゃと撫でていると、伝わってくる毛皮の柔らかさと温かさに涙が出そうになって慌てて手を引いた。
「ジークにも何かもらえないか聞いてみるよ」
 わん、と尻尾を振りながら耳を更に後ろへと倒す愛犬の姿に自然に笑みが浮かぶ。まるで病み上がりのように祖父に気遣われながら、アルノシトは食堂へと向かった。

        ◇◇◇◇◇◇◇

 久し振りに腹いっぱい──といっても、祖父や給仕係に「ほどほどに」と止められたのもあって、満腹まではいかないのだが。
 それでも、缶のスープとパン一切れに比べれば満足するには十分なもので。
 検査の疲れもあり、早々にベッドに入ったアルノシトが寝るまで見守った後、控えめなノックの音に老人が席を立つ。
「……君は」
 扉の前に立っていたのはルートヴィヒ。あ、と小さく口が動くが声は出ない。
「……孫は寝とるよ。外でかまわんかね?」
 頷かれて外へと出た。
 何かあれば残してきたジークが吠えて教えてくれるだろう。
 歩く間は無言。ルートヴィヒの歩く後ろをついて行けば、アルノシトのいる部屋からそう遠くない一室へと。
「……」
 部屋に入りソファに座ってもお互いに無言のまま。何を言おうかと迷い、口を開いては閉じる様を見て、ふ、と老人の眼が和らいだ。
「無事、戻ってきてくれた。それ以上のことは何も望んでおらんよ」
「……はい。有難うございます」
 弱々しい声に老人は眼を瞬かせた。アルノシトの不在は、この青年にとっても相当な負担になっていたのだろうか。
「お前さんも疲れているだろう。今日はゆっくり休みなさい……逢いに来てくれたことは、あの子にも伝えておくから」
 それと。
「……孫にとって大事な人なら。儂にとっても大事な人だ。……儂で良ければいつでも話を聞くから。あまり思い詰めんように」
 びくりとルートヴィヒの方が大きく震えた。
 それほど驚くこと──いや。アルノシトが誘拐された時。孫に万一の事があれば、と言った人間からの言葉では驚かれても仕方ないかも知れない。
 はは、と微かな苦笑が浮かぶ。
「儂が言えた義理ではないかも知れんがな。……お前さんの立場だと、弱音も吐けんじゃろうから」
「……有難う、御座います」
 ルートヴィヒは深々と頭を下げた後立ち上がる。
「貴方もお疲れでしょうから。今日は早めにお休みください。何かあれば人を呼んで頂ければ」
 感謝の言葉に小さく笑みを浮かべ、会釈をした後部屋を出て行った。
 気が緩むと途端に睡魔に襲われる。ここ数日、まともに眠ってはいなかったことを思い出せば、更に眠気が加速した。
 流石にこの部屋で眠る訳にもいかないだろう。孫の眠る部屋まで戻った後、穏やかに眠っていることを確認してから、隣の部屋に用意されていたベッドへと倒れ込むように眠りについた。
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