俺が想うよりも溺愛されているようです。

アオハル

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事件簿

覚悟-5-A-

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 ──4日目。
 というか、4回目の食事。流石に空腹感が酷い。ドアの向こうで足音がする度に食事ではないかと期待してしまう。
 よくない状況だとは分かっていても、本能的な欲求はどうしようもない。
 バスルームで水を飲んで紛らわせてはいるが、あれが食べたい、これが欲しい、という欲求で思考が定まらなくなってきている。
 衣食住足りて云々、とことわざだが何だかで聞いた記憶があるが、こんな形で実感するとは思ってもなかったか。
 びく、と肩が震える。扉越しに感じる匂いにも敏感になってしまっている。
 期待通り、扉が開いて食事が運ばれてきた。運んできたのがあの下品な男ではないことは背格好の違いで分かって安堵。
 今すぐにでも飛びつきたい気持ちを押さえて、出来るだけゆっくりとテーブルへと向かう。が、漂う匂いに腹が鳴ることは抑えられない。
 変わらないスープとパンだけの食事。食べられるだけ有難いことではあるのだが──
 自然とため息が漏れた。
「何だ?」
 食事を運んできた男の問いかけに正直に答えた。
「お腹が空いた」
 同時に腹が鳴る。はぁ、と溜息をつきながら最後のパンを口の中へと押し込んだ。
「我慢しろ」
 言われるだろうなと思った言葉が帰ってきて肩を落とす。肉や魚、サラダなんかをつけろとは言わない。が、せめてもう一回食事を増やすか、パンを増やすかして欲しい──
 というのも贅沢なんだろう。
 食器を下げる背中を見送った後、天井を見上げた。
 そもそも、初日以外でこの部屋から出されていない。出来るだけ体力を温存したいと極力ベッドに横になっていたが、いざという時身体が動かなくても困る。
 軽く屈伸してみる。まだ大丈夫。
 ゆっくりとだが部屋を歩き回る。走り回る体力は温存しておきたい。

────せめて何か分かればいいのに。

 昼か夜か。ここがどこか。
 時間の感覚もない、どこだか分からない場所にとらえられていることは、自分が思う以上にストレスがかかるようだ。
 たった数日のことなのに、もう何ヶ月もここにいるような気もしてきている。
 何より────

 お腹空いた。

 そのことで頭がいっぱいになってしまう。いっそ、ごねてみてもいいのかもしれない。ドアの外に連れ出されれば何かしらのヒントがあるかもしれない。
 ぐるぐると歩き回った後、ベッドに寝転んだ。シャワーを浴びても着替えがないから、何もせずにいたが、そろそろ風呂にも入りたい。
「よし」
 どうしようもないなら、与えられたものでなんとかしよう。
 風呂に入るついでに服を洗って、部屋の中に干しておけばいい。どうせ誰に逢う訳でもないから、裸で過ごしたところで気にする者もいないだろう。
 
 そう思っていたのに。

『───これはどういうことだろうか?』

 冷徹な声が耳に痛い。これは怒りも入っているな、と思うと同時に申し訳なさで目隠しの下の眉が下がる。
「──こちらとしても予想外の事態だ。決して、拷問等、暴行していた訳ではないことは理解頂きたい」
 首謀者らしき人物の声。沈黙が辛い。

 タオル一枚の姿に目隠し、なんて格好で引っ張り出されるとは思ってもいなかった。

「……着替えがなくて、風呂で洗濯して干そうとしたところだったから」
 拉致監禁されたのは事実。だが、無実の罪をかぶせてもいいという理由にはならない。
 言い辛そうに口を挟んだアルノシトの言葉を遮るように腹の音が響く。気まずい沈黙に走って逃げたくなったが、両腕を抱えられていてはそれも叶わない。
 目隠しの向こう、画面の中のルートヴィヒは盛大にため息をついた────気がする。
『成程』
 ようやく絞り出された声は先程よりも冷えている。
『私の大事な人は、ろくな食事も着替えすら与えられず────こうして、裸同然の恰好で衆人環視の中、引きずり出されている、ということか』
 今まで聞いた事がないほどの冷たい声に目隠しの下で眼を閉じる。
「……食事と着替えは用意しよう」
『一食にも事欠く様では着替えを買うのも大変だろう。早く彼を解放した方が、お互い楽だと思うのだが』
 声から冷えがやや引いた。と、同時に────

 …………聞こえた。

 目隠しをされていてよかったと思った。でなければ、思わず見開いた眼の動きで相手に気づかれただろうから。
 何やらやり取りをしている二人の横、頭の中で街の地図を組み立てる。
『────何をそれほど渋るのかは理解出来ないが。こちらが提示した期限まで残り少ないということは忘れないように』
 それと。
『アルノシト』
 名を呼ばれて顔を上げる。
何か欲しいものはないか?・・・・・・・・・・・
 最初はこんな格好で連れてこられた事を後悔しいていたが、今は逆に有難く思う。
 突然裸で連れてこられた恋人、それもろくに食事をしていないような状況を気遣う言葉────として自然な問いかけだったから。
 両脇を固めた男も、首領らしき男も何も言わない。自分の発言を許してくれている。
「……ローストポークが食べたいです」
 情けなく笑う。9割本心。
「食前酒は白ワインで……それから、ナッツときのこのサラダと──あ、生クリームたっぷりのガトーショコラも」
 口にするだけで腹が鳴る。正直、堅いパンでも食べられるものなら何でも食べたいくらいなのだが。
「最後に──濃いめのコーヒーを飲めたら最高……ってくらいお腹がすきました」
 周囲から漏れる失笑。こいつは何を言っているんだ、と馬鹿にしたような雰囲気に内心ガッツポーズをとりたくなるが、出来るだけ情けない口の形を維持して見せる。
『────分かった。戻ってきたら好きなだけ食べられるよう手配しておこう』
 ぶつりと通信が切れた気配。引きずられるようにして部屋に戻された後、ベッドに潜り込んだ。
 空腹感は相変わらずだし、湿った服を干したせいで部屋の空気もよくはない。

 だが。寝具に潜り込んでいなければ、一人でにやにやしてしまいそうな程、アルノシトは浮かれてしまっていた。
 これで伝わっていなかったら──なんてことは考えていない。彼の傍にはエトガルもいるはず。
 彼ら二人が全く気付かない、なんて事態が起きていたら、潔く諦めるだけだ。

 ……明日は本当にローストポークが食べれたらいいな。

 そう思いながら眠りについた。数時間後、ここにきてから初めての一日の中での二度目の食事で起こされるまでは、連れてこられてから一番気分良く眠れた時間であった。
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