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事件簿

覚悟-4-A-ルートヴィヒ視点-

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 「贈り物」を見せてから一晩。
 向こうからの連絡はなかったが、ルートヴィヒは引き続き「招待」を続けている。
 報道も変わらず。無理やり捩じ込んだ「招待」については、売名だなんだと新聞でもテレビでも騒がれているが、今はそうして話題にしてくれる事が有難い。
 エトガルは今は休息をとっている。ほぼ丸二日不眠不休でファイルを見ていたのだ。そのおかげもあって、追加で二名ほど疑わしい者を見つけることが出来た。
 手配は進めているが、確定するまでは動けない。次に通信が入った際、該当者が映ってくれることを祈るしか出来ないのが歯がゆい。

 頭の隅でそんなことを考えながら、積まれた書類に対応していく。
 仕事の予定を組みなおしたとは言え、最低限やらなければならない業務というものはある。アルノシトの事が気になって手がつかない、などと言い訳しては、何より当人に嫌がられる事だろう。
 かりかりとペンが走る音だけが響く。仕事に集中している間は余計な事を考えずに済むから、精神的に休まる時間でもある。
 とはいえ、ルートヴィヒにも食事や本当の意味での休息も必要である。
「…………」
 休憩を、と運ばれてきた軽食に顔を上げた。食べやすいように小さめに作られたロールサンド。
 具材が零れたり、ソースがたれたりするようなものは使われておらず、仕事をしながらでも食べられるように配慮されたそれに、ふ、と目元が緩んだ。
 漂う紅茶の香り。普段よりも少し濃いめに入れられたそれも、多分料理長の指示だろう。
「有難う。皆にもそう伝えて欲しい」
 運んできたメイドに頭を下げる。控えめな礼をして下がっていく彼女を見送ってから、食事を摂ろうと指を伸ばした。
 目に見える彼らだけではない。遠く離れた場所で働いてくれている者達。その後ろの家族。
 取引先等も含めると、膨大な数になるかもしれない。彼ら全てを背負う事は不可能だが、自分に出来る事はしていきたい。

 ────それに。

 アルノシトとその家族。自分が他の誰より、何より報いたいと思う人達。
 彼の祖父にはその日のうちに逢いに行った。事情を説明し、詫びた自分に対して怒鳴りもせず、呆れもせず。ただ困ったように笑う表情はとてもよく似ていた。
「つくづく儂は、あんた達と縁があるんじゃな」
 不意の言葉。いつの間にか堅く握りしめていた拳にそっとを指を伸ばされ、強張っていた肩から力を抜く。
「……儂の息子は。あんたのとこで働いていた。息子の嫁──娘も。そして、あんたのところの事故で命を落とした」
 ────忘れようとしても忘れられない事故。
 自分にとっても大事な家族を失うことになった事故だ。実際に被害にあった人達の遺族ならなおさら。何を言われても──と、緩んだ指に再び力が籠る。その手をぽんぽん、と子供をあやすような優しさで叩かれて眼を瞬かせる。
「そして今度は孫だ」
 返す言葉が思いつかない。自分がもっとアルノシトの周囲に警護の人間を置いて居ればよかったのか、それとも────
 感情と言葉が絡み合って声にならない。何かを言おうとして口を閉じる様を見ながら、アルノシトの祖父は静かに笑った。
「……お前さんを責める訳じゃないよ。あの子──アルノシトは。お前さんと居る時は楽しそうで幸せそうだったから」
 でも。
「もし。あの子が帰って来なかったら──儂はお前さんを許すことは出来ないと思う」
 当然だ。ルートヴィヒはゆっくりと頷いて返す。
「……ただ一つだけ。年寄りの我侭を聞いてもらえるなら」
 と、傍ら。大人しく控えている犬の頭をゆっくりと撫でる。
「この子の世話を頼む」
 ──あなたも。
 と言いかけて言葉を飲み込んだ。犬の世話を頼む、ということは。
 飲み込んだ言葉を奥へと押し込むよう深呼吸。ゆっくりと視線を合わせる。
「そうならないよう全力を尽くします」
 その言葉にも老人は困ったように笑うだけだった。

「……ルー。ルー!」
 自分を呼ぶ声に顔を上げる。少し考え事に集中しすぎてしまったようだ。
「すまない。考え事をしていた」
 気にするな、と手を振るのは幼馴染。自分より疲れているはずのエトガルがすぐ傍に居る。
 残っていたロールサンドを摘まみつつ、言葉を続ける。
「とりあえず寝て頭すっきりしたさかい。ファイル見るの続けるけど」
 連絡はあったのか?
 質問には首を左右に振る。自分も食事を再開しようと指を伸ばす。
「流石にびびって逃げることはあっても、アルに手を出すことはせんとは思うんやけどなぁ」
「そう願いたい」
 残っていた紅茶を飲み干す。俺も、と促されポットの中に残っていたものを注ぐと、エトガルがカップを手にする。
「……場所が分かればな。アルのことやから、外見えるとか、音がするとかで自分の居場所わかりそうなんやけども」
 アルノシトの空間把握能力。目隠しで車に乗せられても、意識があるなら曲がり角の回数や移動速度から、自分のいる場所を認識出来る程。
 エトガルの言う通り、何か切欠があれば、掴めるだろう。
「……それをさせない、ということは。ある程度の下調べはしてきているのかもしれない」
 いずれにしても。
「今はただ待つだけ、だな」
「せやな。自分の仕事するしかないか」
 ぐい、と冷めかけの紅茶を飲み干した後、緩く伸びをする。
「したら俺はファイル見とくさかい。お前も自分の仕事しときや」
「あぁ。……通信が入ったら教えて欲しい」
 座っている位置はエトガルの方が近い。先程のように集中すると周りが見えなくなる自分と違って、エトガルは常に周りを見ている性質である。
 彼に頼む方が安心だろう。
 了承の返事を聞きながら、ルートヴィヒは作業に戻った。
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