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事件簿

覚悟-4-A-

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 連れてこられてから3日経った──と思うが。時計もない、昼夜が分からない部屋では時間の経過が分からないため、はっきりしたことは言えないのだが、昨日の夜は何か騒がしかったような気がする。
 ルートヴィヒが何かしたのかな、と思いながら天井を見上げる。肩の痛みは少しましになったから、折れていた訳ではないようで一安心。
 ゆっくりと体を起こす。結局、昨日は朝の食事以外に訪れる者もなかった。空腹感に溜息。
 今日、もし誰も来ないなら、バスルームで水でも──と思ったところでドアが開く。同時に漂う香り。
「食え」
 昨日とは違う声。テーブルに置かれた食事の内容は同じだが、運んできた人物は違うようだ。
 エトガル程ではないが、客商売故に顔や声の特徴を覚えるのはそれなりに得意。とはいえ、目出し帽越しに誰かを確定出来る程でもない。
「頂きます」
 手を合わせる。ふ、と運んできた男が鼻で笑う。
「のんきなもんだな」
「?」
 パンをちぎりながら眼を向ける。
「毒が入っているかも知れん食事をありがたがるなんて」
「なら、昨日の食事を食べた時点で今は息してないと思うんだけど」
 そもそも、自分を殺すメリットがない。
 仮に自分を殺した後、冷凍庫か何かで死体を保存しながら生きているように見せかけたとして──その後。殺したことが分かった時点で、ルートヴィヒは手加減なしに叩き潰しにくるだろう。
 自分が恋人だから、ではなく。彼の財閥に関わった人間に手を出した末路、というのを世間に見せなければならないから。
 自分が生きていることは、彼らにとってもいい事なのだ──
 ──とまでは説明しない。下手に刺激して勢いで撃たれたりしたら撃たれ損だ。
「理由はどうあれ、食事は食事だから。有難く頂くのが礼儀でしょ」
 お腹も空いてるしね。
 いたって普通に。友人相手とまではいかなくても、怯えもしないことが癪に障ったらしい。
 ばん、とテーブルを叩かれて動きを止める。
「お前のおかげでこっちは大変なんだよ」
 そもそも、誘拐なんて馬鹿なことしたのはそちら側ではないか。
「なんだその顔」
 げんなりとした感情が思わず顔に出てしまった。
「……スープ零れて勿体ないな、って」
 半分本心。貴重な食事を粗末にしたくはないので、ちぎったパンを零れたスープの上にのせて吸い取った。
「くそ……楽して金が稼げるって話だったのに」
 何やらぶつぶつと言っている。苛々していることが見てわかる相手。何を言っても怒られそうな気がしたので、アルノシトは黙って食事を終えた。
「ご馳走様でした」
 食べ終えた後はベッドに戻ろうとしたところ、腕を掴まれた。
「……何?」
「お前。あいつの情人イロなんだろ?」
「だったら?」
 目出し帽は周囲を気にするよう声を潜める。
「……ここから出してやるから、俺だけ無罪になるよう口きいてくれよ」
 眉間に皺。腕を掴む手に力が籠り、痛みで皺が深くなる。
「ここで叫ばれたら、貴方も困るでしょ。離して」
 解放された腕。鈍い痛みに眉を寄せつつ、腕をさする。
「考えといてくれよ」
 覆面の下の下品な笑みが想像出来る。否とも応とも答えず、ベッドに戻った。
 空になった食器を運んでいく背中を見送った後、天井を見上げる。

 ────ルートヴィヒさんが何かしたのだと思うけど。

 昨日の今日で裏切ろうとする人間が出てくるなんて、想像以上に寄せ集めなんだろうか。
 この部屋から出たところで逃げおおせるとは思えない。自分が連れていかれた部屋で、少なくとも4~5人の気配を感じた。もし彼の誘いに乗ってこの部屋から出たとして──他のメンバーに見つかった時。
 多分、あの男は自分に責任を擦り付けてくるだろう。自分だけ助かりたい、なんて言ってくる人物を信用なんて出来ない。
 最悪、口封じのために撃たれるまである。後先考えない相手だから、その後自分がどうなるか、よりも、この場を切り抜けることしか考えないかも知れない。

 ────思ったよりも穴があるのかな。

 とはいえ。武器を持った相手を素手で倒せるような力は自分にはない。出来ることは、なるべく体力を温存して可能なら──この場所がどこかを探る事。
 ルートヴィヒに伝えられたら最高ではあるが、流石にそこまでうまくはいかないだろう。

 ───せめて外の音が聞けたら。

 何でもいい。呼び込みの声でも、車の音でも。何らかの街の音が聞こえれば、その方向や大きさから大体の場所を割り出せるかも知れない。
 またこの部屋から連れ出して貰えたら、今度は周囲の音を注意して聞いておこう。
 あの時気づかなかったことが悔やまれるが、済んだことを悔やんでも仕方ない。
 次は音を聞く、と暗示のように心の中で繰り返しながら眼を閉じた。
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