俺が想うよりも溺愛されているようです。

アオハル

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日常

一人-3-D-

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 アルノシトが目を覚ました時。傍にルートヴィヒの姿はなかった。
 逢いたいと思う気持ちが強すぎて夢と現実の区別がつかなくなったのか──
 と不安になった直後、身体の重さに夢じゃない、と理解した。
 階下から愛犬の声がする。同時に人の声。祖父が帰ってくるのはまだ先だから──
「……目が覚めたか?」
 扉を開けたのはルートヴィヒだ。服に犬の毛がついている。
「有難う……御座います。ジークのごはん……」
 窓の外。夕飯と言っても差し支えない時間。軽く袖を払った後、ルートヴィヒは笑みを浮かべる。
「どういたしまして……と。体は大丈夫か?」
 ベッドに腰を下ろす。寝具の中の自分の身体。汗も体液もそのままの状態。少しもぞもぞと位置を変えてから頷く。
「……腰が…だるい、けど。平気です」
「……すまない。その──」
 言い淀む。どうしたのかと見上げていると、気まずそうに視線を逸らされた。
「…………夢中に…なってしまって」
 恐らく。アルノシトの身体を気遣う余裕もなく、ルートヴィヒの快楽を優先してしまったことを詫びているのだろう。
 そんなこと気にしなくていいのに。とアルノシトの表情は緩む。
「ん。……大丈夫、です。……夢中になってくれるの…嬉しい、から」
 言いながら顔が熱くなる。照れ笑いを浮かべて見上げた。
「あの……お帰りなさい」
 行為のさなかに言った気もするが記憶が曖昧で。ちゃんと言っておきたくて口にすると、ルートヴィヒも笑った。
「ただいま」
 額へと口付けられる。くすぐったさに肩を揺らした。
「もう少し落ち着いたら。シャワーを浴びに行こうか」
 それから夕飯。
「はい……あ、でも。あの……」
 祖父がいない今。家を空ける訳にはいかない。いつものようにホテルには行けない、と伝えると、大丈夫だと返ってくる。
「私がここに居れば問題ないだろう?……ベッドは君が使ってくれればいい」
 狭い寝台で二人で寝るのは──いや、多分「眠れない」から。
 恐らくは同じことを考えたのだろう。二人で顔を見合わせて笑ってしまう。
 ここ、とアルノシトの部屋にある椅子を指さしていたが、流石にソファでもない椅子だと休息にはならないだろう。
 部屋を出た向かいの扉がリビング。そこにソファがあるからと伝える。礼とともに場所を確かめておくから、と扉へと向かった。
「……もう少し眠るといい。何かあったら起こすから」
 素直に言葉に甘えることにして、寝具の中で落ち着く姿勢を探した。疲れていることもあって、すぐにうとうとと眠りに落ちた。

        ◇◇◇◇◇◇◇

 そうしてアルノシトが眠りに落ちた後。教えてもらったリビングのソファで一人座るルートヴィヒは盛大にため息をついていた。
 膝の上に肘をつき、額を両手で支えている。
「…………」
 もう一度溜息。

────言えなかった。

 店の前で病気かも知れないと教えてもらった後、とりあえずの薬と病人食を買って戻った。
 「儂に何かあった時はよろしく」、と彼の祖父から渡された合鍵を使って家に入ったまでは良かった。二階の階段を上がる途中、声が聞こえて来た時、苦しんでいるのかと慌てたのだが────

 どうにも様子がおかしい。上がりかけた階段の途中、耳を澄ましていると、艶めいた声と乱れた息遣いに一瞬背筋が凍った。暴漢か、それとも──いずれにしても、放置は出来ない。
 階段を駆け上ろうとしたときに聞こえて来たのは、自分の名前。
 彼が達する時の甘い声。喘ぎ交じりに紡がれたそれに、何をしているのかの想像が出来て、動きが止まった。
 立ち聞きしていいものではない。すぐに階段を下りるべきだ。
 頭ではわかっているものの、動けなかった。軋むベッドの音に混ざる声と水音。息を飲みこむのが精いっぱい。
 声が高くなる。自分の心臓の音が煩いくらい。口元を押さえてしまう。
 階段の途中で狼狽えている間に、一際甘く蕩けた声と大きくベッドの軋む音がした後、静かになった。状況を想像してしまう意識を必死で抑え込む。
 深呼吸を繰り返した後、平静を装ってドアをノックした。
 意図したものではなかったとはいえ、立ち聞きしてしまったことを詫びるつもりで。
 が──部屋に残っていた「それ」の痕跡。サイドボードに置かれたままの自分の手紙、部屋に残る甘い匂い──何よりも。彼がそこにいるのだ。
 あっさりと理性が負けた。
 早く顔を見たい。そして──触れたい。

 その結果────思い出すと、また溜息が零れる。

 もちろん。自分の腕の中で悶えるアルノシトの姿はこれ以上ないくらい魅力的だった。つい先ほどまで自慰に耽っていたという事実も、指で触れただけで蕩けた内壁も。
 肌を打ちつける度にもっと欲しいと求める心が強くなりすぎて、そのおかげで無茶を強いてしまったことは後悔しているが、いつもよりも興奮したのも確か。
 いや、興奮してはいけないだろう。そもそも、人の自慰行為を立ち聞きした事実を隠したままで──
 自分の感情の上がり下がりを上手くコントロールできず、何度目かの溜息をついた。

 後回しにすればするほど、言い辛くなるし、罪悪感も大きくなるだろう。

 ここで一人で悩んでいても仕方ない。彼が目が覚めたら、真っ先に────
「……あの」
 意を決して立ち上がったルートヴィヒの前の扉が開いた。ふわりと漂う温かい香り。湯上り特有のしっとりとした肌が、ほんのりと上着から透けて見える。
 何より──むき出しの足。暑いから、と今までも下だけ履かないことは何度かあったのだが──
「良かったらお風呂……」
 言い終わる前に手が伸びた。しっかりと両腕で抱きしめて腕の中へと閉じ込める。
 突然のことに驚いて固まってしまったアルノシトが、おずおずと自分の背中へと腕を回してくるのに、何かが切れる音が聞こえた気がした。
「──頼むから……もう少し自覚してくれないか」
 絞り出した声。え、と腕の中で呟く動きを感じて、腕を緩める。
「君のそんな姿を見て。私が風呂に行けるとでも?」
 何を言っているのか理解できていない顔。今の自分の姿が、ルートヴィヒの理性を焼き切るのに十二分過ぎることを全く理解していない。
「…………君が理解出来るまで。今日は眠れないと思いたまえ」
 一方的に告げると、そのまま唇を塞いだ。突然のことに驚いて抵抗するようにもがく腕が大人しくなるまで、ひたすらに口腔を蹂躙し尽くしてから、唇を離す。
「………ぁ……ルートヴィヒ、さん……?」
 ぼんやりとしたままのアルノシトの腕を引いて彼の寝室へ。綺麗にしたばかりの肌を汚すことに夢中になるのはすぐの事。

────結局。翌朝になるまで告げるタイミングを見失った結果、数日口をきいてもらえない羽目になったのだが、今はそれを知る由もなく。

 離れていた時間を埋めるよう、互いの熱を貪り合う行為に溺れるだけの二人であった。
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