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日常

一人-1-C-

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 昼を少し過ぎた頃。
 珍しく「休業」の看板が出された雑貨店の前で一人の男が首を傾げていた。
「あら。クベツさんのところに御用?」
 通りがかりの婦人に声を駆けられて振り向いた。人の良さそうな彼女は、眉を下げて言葉を続ける。
「親戚の方が体を崩したとかでねぇ。おじいさんがお出かけされているから、お孫さん一人なのよ」
 配達に出ているなら、配達中と札が出るから、今日は体調が悪いのかしら。
 なんて心配そうに告げた後、立ち去る背中を見送る。
「……なるほど」
 具合が悪いのなら────
 少し考えた後、店の前から立ち去って行った。

        ◇◇◇◇◇◇◇

 男が店の前を立ち去った頃、二階の自室には「お孫さん」──アルノシトがいた。
 ベッドの上で横向きに寝転び、枕を抱えている。
 寝巻のままで寝そべる姿。それだけなら、体調が悪くて寝ているようにも見えるのだが──
「んっ……」
 枕に埋めたままの頭が小さく揺れる。ぎし、とベッドが軋んだ。
 パジャマの上着は胸元が見えるほどまくり上げられ、ズボンは太腿の辺りまで引き下げられた格好。枕を抱く手とは逆の手が股間へと伸び、ぐちゅぐちゅと湿った音を響かせている。
「は……──、ふ……」
 時折びくりと腰を震わせる。枕へと顔を擦り付けるようにしながら、股間で動く手の動きが激しくなる。枕の端が胸の突起を掠めるたびに、びくびくと全身を震わせて、くぐもった声が漏れた。
 指の間を伝い落ちる体液に白いものが混ざり、一度動きが止まる。
「……ル、トヴィヒさ…っ……」
 深呼吸。枕を抱いた腕、その手には手紙の束が握られている。枕越しに手紙に顔を擦り付けるようにしながら、腰が大きく跳ねた。
「~~~~ッ……、…ふ……ぁ……」
 ぎゅっと閉じた太腿が震える。手の間がらじわりと滲んだものが、手指だけでなくシーツも汚していく。
 暫く枕を抱きしめていたが、ゆっくりと顔を上げた。
「……」
 上気した顔。眼の端に滲む涙。枕を抱く手に持っていた手紙の束に軽く口づけてから、小さな机へと置いてから、後始末。
 汚れた肌を拭った後、衣服の乱れを整え、ベッドに腰かけたままぼんやりと外を眺める。
 まだ明るい。こんな昼間から──自分は何をしているんだろう、と少し自己嫌悪に似た感情に眉が寄るが、それ以上に体の奥でくすぶる熱に目を伏せる。
 そろそろと衣服の上から指を這わせる。が、すぐに離す。ベッドの上で一人俯いたまま、視線を彷徨わせる。
「……」
 再び枕を抱えると、今度は壁を背に膝を立てて座り直す。躊躇いがちに指を下着の中へと差し入れた。
「……、……」
 性器の更に奥。窄まった場所へと指が触れる度、枕を抱いた腕に力が籠る。指先を差し入れてすぐに抜くことを繰り返した後、少しずつ奥を探ろうと指をもぞつかせる。
「………ルー、トヴィヒさ…ん……」
 枕の端を噛む。名を呼ぶだけで下腹の奥がきゅうと疼く。今までだって逢えない時間はあったのだが、今回は祖父の外出も重なり、一人の時間が増えたことでどうにも熱を持て余してしまっていた。
 差し込んだ指が中へと入り込んでいく。足の指でシーツを強く掴んでは緩める、を繰り返しながら、もぞもぞと指を動かした。
 ルートヴィヒならどう触るだろう。あの長い指が自分の中で動く時、どんな風に動いているか。
 そんなことを考えながら中を掻き混ぜていると、自然と声が大きくなってしまう。
「んぁ……、アっ……ふ、……」

 ──アルノシト。

 自分を呼ぶ優しい声。丁寧に口の中を探った後、首筋から胸へと降りて──
 ぎし、とベッドが軋む。パジャマ越しに枕へと胸を押し付けるように仰け反らせながら、指を更に動かす。
 自分の弱い場所を探して──最初はゆっくり……少しずつ奥へ、大きく──
 ぎし、ぎし、とベッドの軋む音が大きくなる。シーツの上でもだえる足の指が布をかき乱し、枕を抱きしめる腕が震える。
「……ぁ…そ、こ…だめ……」
 自分の弱い個所へと指が触れた。一瞬動きが止まるが、すぐに再開。伝い落ちたものが、パジャマの布を濡らして色を変えていく。
 誰もいないと思うからこその大胆な動き。指を根元まで引き抜いてからまた埋め、中を掻き混ぜると、水音が大きく響いた。
「……──ぁ、あ……も、…達……ッ……」
 いく、と枕に押し付けた唇が震えると同時、びくりと全身が跳ねた。そのままぎゅっと枕を抱き潰すくらいに抱きしめて動きを止める。
 どれくらいそうしていたか。少し熱が引いたのを覚え、静かに指を引き抜いた。
「……はぁ……」
 シャワーでも浴びて──とベッドから降りようとしたところで、ドアがノックされて飛び上がる。
 どさ、とものが落ちる大きな音を立ててベッドの上で飛び跳ねた。
「────アルノシト?」
 扉の向こう。まさかの声に眼を見開いた。
「ルートヴィヒ……さん……?」
 何で?戻ってくるのはまだ先だと連絡があったのに。
 混乱で答えを返せずにいると、再びノック。
「……何か大きな音が聞こえたが。落ちたりはしていないか?」
 心配そうな声に我に返る。とりあえず、汚れた肌を拭い、ベッドの中へと潜り込んでから返事を返す。
「ど、うぞ……」
 寝具をかぶったまま。扉が開き、誰がが入ってくる足音。ベッドのそばで立ち止まると、布の上にそっと手を置かれる。
「具合が悪いと聞いたのだが──大丈夫か?」
 聞きたかった──が、聞きたくない声。優しく撫でる手の動きも、泣き出したくなる程嬉しいのに顔を出せない。
「……だいじょうぶ、です……ちょっと、熱っぽかった……だけ……だから」
 平気。顔が見たい。直接に言葉を交わしたいのに。
 布にくるまったまま、アルノシトはぎゅ、と眼を閉じて体を震わせる。布の上から撫でていた手が静かに動きを止める。
「……顔が見たいんだが。出て来てはくれないだろうか」
 自分だってそうだ。でも──
「あ、……もし。病気、だったら……」
「構わない。移していいから……」

 出てきて欲しい。

 切なげな声に自分の恥ずかしい行為なんてどうでもよくなった。くるまっていた布から、そっと顔を出してそこにいる人の顔を見つめる。
 黒い髪に青い眼が自分を見つめている。
「ただいま」
 耳に響く心地の良い声。じわりと眼の端に涙が滲む。驚いたようにルートヴィヒが眉を上げた。
「そんなに辛いのか……?」
 違う、と首を左右に振った。
「……本物の……ルートヴィヒさんだ……って」
 引っ張り上げていた布から手を離すと、両腕を伸ばしてルートヴィヒの身体を抱き寄せようとする。
 望むままに顔を寄せて、口付けられるとアルノシトは眼を閉じた。
「…ッ、……ぅ……ん……」
 妄想ではない。現実の行為。熱を帯びた舌が口腔を這い回り、歯列をなぞっていく。
「ふ、は……」
 息を継ぐことも忘れて夢中になった。ゆっくりと離れていく顔を見つめながら、恍惚として吐息を漏らす。
「……ルートヴィヒ、さん……」
「うん?」
 寝具に隠れたままの足がもぞつく。
「……欲しい、です。……」
 返事の代わり。再び口づけられて、アルノシトは眼を閉じた。
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