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過去話
ご褒美-A-【過去if】
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──今日は随分と機嫌がいいな。
ぱたぱたと聞こえる足音が軽い。ソファに座ったまま、ルートヴィヒは眼を瞬かせた。
「……あ、オストグさん。こんにちは」
入口。先客がいることがわかると、足を止めて頭を下げるのは、待ち合わせ──と言っても、明確にいついつと約束している訳ではないのだが──相手。
白い髪が揺れ、緑の目が嬉しそうに細められた。
「こんにちは。何かいいことでもあったのか?」
「うん」
背負っていた鞄を下ろすと、中を探る。自慢げに取り出されたのは「100」と書かれた答案用紙。
「見てみて!初めて100点取ったんだ」
答案用紙全体がよく見えるようにと突き出された。
「そうか。良かったな」
軽く拍手。えへへ、と照れ笑いを浮かべながら答案を鞄へとしまい込むと、ルートヴィヒの隣へと腰を下ろす。
「おじいちゃんや、おばあちゃんも喜んでくれたんだ。皆もびっくりしてた」
教室の様子を思い出したのか、笑みを深めながら軽く足を揺らす。
「オストグさんのおかげ。勉強、教えてくれてありがとう」
屈託のない笑み。純粋な謝意に触れるなんて何時ぶりだろうか。僅かな戸惑いもあるが、やはり──嬉しい。
「君が頑張ったからだよ。改めておめでとう──」
祝いの言葉を口にした後、考える間。どうしたのかと首を傾げるアルノシト。
「……あ、いや。すまない。折角だからお祝いをしなくては、と思ったんだ」
「お祝い?」
声が明るくなる。頷き返すと、懐中時計を取り出して時間を確認する。
この時間ならば出歩いても──少しの逡巡の後、懐中時計をしまい込んだ。日頃の自分とは髪型も服装も変えてある。
万が一、顔見知りに逢った時は知らぬ存ぜぬを通せば何とかなるだろう。
多少楽観的過ぎるかもしれないが、何かしたいという気持ちの方が勝った。
「君さえ大丈夫なら、だが。今日は勉強を休んで、少し……外に行かないか?」
「え、でも」
いいの?と視線が問いかけている。
ここで会っていることは誰にも言わないでくれ。
そう言ったのは、オストグ自身。連れ立って歩くという事は、誰かに見られる可能性がある。
行きたい場所はここから歩いてすぐだ。仮にアルノシトの知り合いに見られたとしたら、その時はその時だ。
行き当たりばったりな提案に目を丸くしたが、嬉しそうに笑う。
「行きたい!」
ソファから降りると、早く、と手を引っ張られる。念のため、空いている方の手で自分の髪をくしゃくしゃと乱してから目的の場所へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
「うわぁ……」
予想通り──というか、想像以上。興味津々に手渡された品を見つめて眼を輝かせている。白くひんやりとしたクリームの上にちりばめられた色とりどりのチョコレート。
最近噂になっている「ソフト・アイスクリーム」という氷菓の一つ。通常のアイスクリームより柔らかく、なめらかでおいしい──というのが売り文句ではあるが、美味しいかどうかは個人の嗜好にもよるだろう。
「……こんなの初めて見た。食べるの勿体ないな」
まじまじと見つめながら、添えられたスプーンでクリームの形を崩すのを躊躇う。
「早く食べた方がいい。でないと、ただの液体になってしまう」
通常のアイスクリームよりも溶けやすいから、と促すと意を決してスプーンで掬い口へと運ぶ。
「冷たい……し、甘い」
美味しい!と満面の笑みを浮かべながら、次の一口を口へと運んでいる。本当に美味しそうに、幸せそうに食べるものだから、ついついもっと食べさせたくなってしまう。
が、あまり大量に食べさせては腹をこわすかも知れない。そうなっては、彼自身にも祖父母達にも申し訳が立たない。
そうこうしているうちに食べ終わる。空になった容器を返却した後、アルノシトは改めて頭を下げた。
「本当に美味しかった……有難うございます!」
少し体が冷えたのか小さく肩を震わせた。誤魔化すように笑う。
「あ……俺、今日はこのまま帰ります。ちょうど買い物したいものもあったから」
「分かった。気を付けて帰るんだぞ」
さようなら、と手を振って雑踏へと姿を消すアルノシトを見送った後、ルートヴィヒも戻ろうと踵を返した。
◇◇◇◇◇◇◇
「────あ。」
いつものように車で迎えに行ったある日。窓の外を見ていたアルノシトが声を上げた。
「……どうした?」
「…………懐かしい店が見えたから」
ふふ、と小さく笑ってルートヴィヒの方を見る。
「……そうか」
深くは聞かない。自分にとっての思い出とアルノシトの思い出──同じであればいいとは思うが。確かめる勇気がまだ持てなかった。
ぐ、とアクセルを踏み込むとスピードが上がる。今は過去よりも、これから過ごす時間のことを考えたかった。
ぱたぱたと聞こえる足音が軽い。ソファに座ったまま、ルートヴィヒは眼を瞬かせた。
「……あ、オストグさん。こんにちは」
入口。先客がいることがわかると、足を止めて頭を下げるのは、待ち合わせ──と言っても、明確にいついつと約束している訳ではないのだが──相手。
白い髪が揺れ、緑の目が嬉しそうに細められた。
「こんにちは。何かいいことでもあったのか?」
「うん」
背負っていた鞄を下ろすと、中を探る。自慢げに取り出されたのは「100」と書かれた答案用紙。
「見てみて!初めて100点取ったんだ」
答案用紙全体がよく見えるようにと突き出された。
「そうか。良かったな」
軽く拍手。えへへ、と照れ笑いを浮かべながら答案を鞄へとしまい込むと、ルートヴィヒの隣へと腰を下ろす。
「おじいちゃんや、おばあちゃんも喜んでくれたんだ。皆もびっくりしてた」
教室の様子を思い出したのか、笑みを深めながら軽く足を揺らす。
「オストグさんのおかげ。勉強、教えてくれてありがとう」
屈託のない笑み。純粋な謝意に触れるなんて何時ぶりだろうか。僅かな戸惑いもあるが、やはり──嬉しい。
「君が頑張ったからだよ。改めておめでとう──」
祝いの言葉を口にした後、考える間。どうしたのかと首を傾げるアルノシト。
「……あ、いや。すまない。折角だからお祝いをしなくては、と思ったんだ」
「お祝い?」
声が明るくなる。頷き返すと、懐中時計を取り出して時間を確認する。
この時間ならば出歩いても──少しの逡巡の後、懐中時計をしまい込んだ。日頃の自分とは髪型も服装も変えてある。
万が一、顔見知りに逢った時は知らぬ存ぜぬを通せば何とかなるだろう。
多少楽観的過ぎるかもしれないが、何かしたいという気持ちの方が勝った。
「君さえ大丈夫なら、だが。今日は勉強を休んで、少し……外に行かないか?」
「え、でも」
いいの?と視線が問いかけている。
ここで会っていることは誰にも言わないでくれ。
そう言ったのは、オストグ自身。連れ立って歩くという事は、誰かに見られる可能性がある。
行きたい場所はここから歩いてすぐだ。仮にアルノシトの知り合いに見られたとしたら、その時はその時だ。
行き当たりばったりな提案に目を丸くしたが、嬉しそうに笑う。
「行きたい!」
ソファから降りると、早く、と手を引っ張られる。念のため、空いている方の手で自分の髪をくしゃくしゃと乱してから目的の場所へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
「うわぁ……」
予想通り──というか、想像以上。興味津々に手渡された品を見つめて眼を輝かせている。白くひんやりとしたクリームの上にちりばめられた色とりどりのチョコレート。
最近噂になっている「ソフト・アイスクリーム」という氷菓の一つ。通常のアイスクリームより柔らかく、なめらかでおいしい──というのが売り文句ではあるが、美味しいかどうかは個人の嗜好にもよるだろう。
「……こんなの初めて見た。食べるの勿体ないな」
まじまじと見つめながら、添えられたスプーンでクリームの形を崩すのを躊躇う。
「早く食べた方がいい。でないと、ただの液体になってしまう」
通常のアイスクリームよりも溶けやすいから、と促すと意を決してスプーンで掬い口へと運ぶ。
「冷たい……し、甘い」
美味しい!と満面の笑みを浮かべながら、次の一口を口へと運んでいる。本当に美味しそうに、幸せそうに食べるものだから、ついついもっと食べさせたくなってしまう。
が、あまり大量に食べさせては腹をこわすかも知れない。そうなっては、彼自身にも祖父母達にも申し訳が立たない。
そうこうしているうちに食べ終わる。空になった容器を返却した後、アルノシトは改めて頭を下げた。
「本当に美味しかった……有難うございます!」
少し体が冷えたのか小さく肩を震わせた。誤魔化すように笑う。
「あ……俺、今日はこのまま帰ります。ちょうど買い物したいものもあったから」
「分かった。気を付けて帰るんだぞ」
さようなら、と手を振って雑踏へと姿を消すアルノシトを見送った後、ルートヴィヒも戻ろうと踵を返した。
◇◇◇◇◇◇◇
「────あ。」
いつものように車で迎えに行ったある日。窓の外を見ていたアルノシトが声を上げた。
「……どうした?」
「…………懐かしい店が見えたから」
ふふ、と小さく笑ってルートヴィヒの方を見る。
「……そうか」
深くは聞かない。自分にとっての思い出とアルノシトの思い出──同じであればいいとは思うが。確かめる勇気がまだ持てなかった。
ぐ、とアクセルを踏み込むとスピードが上がる。今は過去よりも、これから過ごす時間のことを考えたかった。
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