俺が想うよりも溺愛されているようです。

アオハル

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日常

初デート-B-

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 ────数十分後。

 この町で一番の高層建築物。周囲には立ち並ぶ店も名の知れた店ばかり。そのあたり一帯をまとめて一つの建物だと言う者もいる。
 ───「一生に一度は泊まってみたい」
 なんて流行歌があったくらいには名の知れているホテルの最上階にアルノシトはいた。

 ───ゆっくりと手をつなげる場所。

 その言葉に嘘はなかった。人目がないのはもちろん、整えられた調度品と快適な室温。寛ぐには最高の環境──
 ではあるのだが。
 深々とソファに腰かけ、寛いだ様子のルートヴィヒの顔を見上げる。どうかしたのか?と問いかける視線に絡めたままの指を軽く握り返した。
「……これは、ちょっと…恥ずかしい、です」
 問題はアルノシトの座っている場所。
 ルートヴィヒの膝の上に横抱きに抱かれて座っているのだ。座面にのせた足を居心地悪そうにもぞつかせる。
「手をつなぎたい、と言ったのは君だぞ?」
 それはそうなのだが。返答に困っていると、ふ、と吹き出す気配。
「いや、すまない。君を困らせたい訳ではないんだが……」
 と言いつつも、自分の表情の変化を楽しんでいる様子にほんの少し拗ねたように視線をそらした。
「アルノシト」
 急に真剣な声で名を呼ばれて、視線を戻すと、自分を真っ直ぐに見ている青い眼と視線が重なる。
「君が本当に嫌ならすぐに離れるが……そうでないなら、私の希望も聞いてくれると嬉しいのだが」
 言いながら絡めた指へと口づけを落とす。
「嫌か?」
「嫌……では、ないです」
「ならば、慣れたまえ」
「……」
 そうだった。この人はとても優しいが、時折無茶なことを笑顔で告げてくる人だった。
 諦めて座り直す。彼の言う通り「嫌」ではない。
 どちらかと言えば、嬉しい行為ではあるのだ。ただ、「慣れていないから恥ずかしい」だけで。
 肘掛けに背を預けるようにしてルートヴィヒの顔を見上げる。
「……あの、今日は有難うございました」
 今更かも知れないが、今日一日。色々なところに連れて行ってもらったし、様々な経験もさせてもらった。
 そのお礼をまだ言っていなかった、と気づいて小さく頭を下げる。
「こちらこそ。君のおかげでとても良い時間を過ごせた──、いや、過ごせている」
 言い直したのは、今現在進行形だからであろう。
 それは見ていてもわかる。初めて見る──と言っても過言ではないくらい、今のルートヴィヒはとても楽しそうだし、それ以上に幸せそうにも見える。
 その理由が自分と一緒にいること、というのは少しくすぐったい。
「君はどうだ?楽しんでもらえているのだろうか?」
「え?」
 不意の質問に驚いて動きをとめた。怪訝そうな視線を向けられてびくりと肩が跳ねる。驚かれたことが意外だったのか、ルートヴィヒが首を傾げる。
「何か変なことを聞いただろうか?」
「あ、そうじゃなくて……ルートヴィヒさん、そういうこと気にすると思わなかったから」

 自分の知っているルートヴィヒは、己の信念を曲げず、貫き通す人だ。他人の意見や評価を気にしてどうこう……ということをするような人物ではなかった。
 かといって傍若無人というわけではないのだが。こんな風に尋ねる人ではないと思っていたから、意外だった。

 ────その言葉に、今度はルートヴィヒが驚いて眼を瞬かせた。そして軽く笑う。
「──私だって」
 絡めていた指をほどくと、顎を持ち上げられた。話せば唇が触れ合う程の距離で見つめられ、頬が熱くなる。
「好きな人にはもっと一緒にいたいと思ってもらいたい──くらいは考える」
「……!」
 僅かな空間が詰められる。唇ではなく、頬へと触れて離れるだけの行為に固まってしまった。硬直したままのアルノシトに構わず、何度か柔く肌を啄んでから離れていく。
「え、……あ、その……」
 言葉らしい言葉が返せず、しどろもどろなまま。ほとんど固まったままのアルノシトを見る眼は優しいままだ。

「それから──もっと触れたいとも」

 声の響きも眼差しも優しい。だが、真剣なものだ。からかっているでも、ふざけているでもなく。
「────……っ、……」
 言葉が引っかかって出てこない。何度も唇を開くが、結局何も言えぬままに閉じてしまう。

 ────もっと触れたい。

 言葉の意味が分からぬ程世間知らずではない。が、今の今まで考えてもみなかった。ただ傍に居て言葉を交わして───それ以上を、と望まれたことに驚いてしまった。
 心のどこかで、「自分とは違う世界の人」なのだと線を引いて居たのかもしれない。
「えっと、その……」
 改めて言葉にされると変に意識してしまう。ルートヴィヒにも聞こえているのではないかと思うくらい、心臓の音が耳に大きく響いている。
 その音が聞こえているのかいないのか。相変わらずの穏やかな笑み。
「────気にしなくていい、とは流石に言えないが。もう少し、私に愛されているのだと自覚はして欲しいな」
 あまりにも当たり前のように告げられる言葉。
 今日だけの話ではない。自分を大事にしてくれているのだと感じる場面は何度もあったし、今だって催促も失望もなく。震える自分の背をそっと撫でてくれる手の動きすら優しい。
 その感情を疑ったことなどはないが、改めて伝えられるといいようのない感情が胸に沸いた。
「それとも──私の伝え方が良くないのだろうか?」
「そんなこと……ない、です」
 慌てて顔をあげた。勢いに気圧されたように背中を撫でる手の動きが止まる。
「ちょっと、びっくりしただけで……」
「?」
 相変わらずの不思議そうな顔。深呼吸を数度繰り返した後、改めて顔を向けた。
 真っ直ぐに自分を見つめ返してくる青い眼。眼を逸らして逃げたくなってしまうが、ここで逃げる訳にはいかない。
「…………大事にしてくれてありがとう…ございます……って、そうじゃなくて」
 いや、それも伝えたいことではあるのだが。
「なんというか……その。多分、俺が自覚している以上に。大事にしてもらっていて……そのことに、何も気づいてなくて」
 そうではなくて。もごもごと伝えねば、と思う程に言い訳めいた言葉が出てしまう事にゆるゆると頭を振る。
「えっと……その……」
 頭の中が真っ白になる。いい年をして恥ずかしくもあるが、どうにもうまく言葉がまとめられない。
 ゆっくりと深呼吸。何度か繰り返した後、そろそろと指を伸ばしてルートヴィヒの頬に添える。おずおずと頼りない動きで顔の向きを変えて距離を詰める間、何をするのかと見つめていた目が閉じられる。
 ただ押し付けただけの拙い行為。押し当てただけの口づけと呼ぶのも憚られるような行為にも、ルートヴィヒは動かずただ受け止める。
 そのまま互いに身動きが取れないまま沈黙が流れた。
「……は……」
 息苦しさに先に動いたのはアルノシトの方。くたりと倒れこむようにして力が抜けてしまう。ルートヴィヒの胸へと全身を預け凭れかかると眼を伏せた。
「……ごめ、なさい……──」
 突然の行為に驚かせてしまったかもしれない。いや、驚いたであろう。今更ながらに自分の行為を思い返すと、膝の上で指を握りしめた。
「アルノシト」
 名を呼ばれてゆっくりと顔を上げる。相変わらず優しい眼をしたままの彼の手が壊れ物でも扱うようにそっと頬を包み込んだ。
「──もう一度……触れても?」
 微かに震えた声。答える代わりにそっと自分から唇を寄せて眼を閉じる。柔らかく表面を啄まれ、啄み返しながら顔の角度を変え、触れ合わせる時間が少しずつ長くなる。
「────もっと」
 そう呟いたのは自分か彼か。くちゅりと小さな水音。
 促されるように舌先が唇の合わせ目へと這わされ、こわごわと開いた隙間から潜り込んできたそれに縋り付くように腕をルートヴィヒの背中へと回した。
「……ん、…ぁ…ふ、……」
 口腔内を丁寧に探られ、吐息に喘ぎが混じる。飲み込み切れぬ唾液が口端から伝い落ちるのを指で拭われ、しがみつく腕が震える。小さな水音を立てながら、互いの舌を絡めては解きを繰り返すうちにじわじわと肌の熱が上がる感覚。
「──っ、は……ルートヴィヒさ、ん……」
 開放された唇を大きく開いて息を吸う。掠れる声で名を呼ぶが返事はない。
「…………」
 無言のまま、再び唇を塞がれたかと思うと、すぐに離れる。両手で頬を包まれ、顔中に柔い口づけの雨を降らされてアルノシトの体から力が抜けていく。
 薄く瞼を開くと、すぐ傍にある青い眼に灯る熱に気づいて一瞬呼吸が止まった。
「────アルノシト」
 気にならなくなっていた鼓動が再び煩くなる。背中へと回した腕が震える。返事をしようと開いた唇が閉じて、また開き……を何度か繰り返した後、ようやく声を絞り出した。
「……ぁ……、…シャワー……浴びたい、です……」
 我ながら、もっと気の利いた事を言えないのかと泣きたくなる。が、ルートヴィヒは静かに微笑んで頷き返した。
「──わかった。ゆっくり浴びてくるといい」
 ちゅ、と小さな音を立てて口づけた後、静かに身体が離れた。喪失感にぼんやりとしてしまう。
「歩けないなら、バスルームまで連れて行くが?」
「え?!あ、だ、だいじょうぶです……!」
 思いがけない申し出にわたわたと立ち上がる。が、広すぎる部屋にどちらにあるかがわからなくて動きを止めた。
「……そこを右に行った先にある扉を開けてすぐだよ」
「……あ、…有難う、ございます」
 礼を言うのもそこそこに逃げるようにしてバスルームへと。ドアを閉めたところ大きく息を吐き出した。
 一人の空間になって改めて思い返すと顔が熱くなる。まだ薄く湿ったままの唇を指でなぞると、体の奥にも熱が籠るような感覚。
 慌てて頭を左右に振ると、その勢いのまま服を脱ぎ捨ててシャワーのハンドルを回した。
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