恋人の愛は少し……いや、かなり重いです。

アオハル

文字の大きさ
上 下
41 / 51
日常

改めましての決まり事-1-A-

しおりを挟む
 週明け。
 出社した洋佑は、時間を見て総務部の方に住所の変更の手続き、同僚や上司に引っ越しするから少し休みが欲しい事を伝えた。
 業者の手配次第で日程は改めて──のはずだったのだが、閑散期のためか、たまたま空いていただけか、希望通りの日程で来てくれることに。昼休み後、日程が確定したことを告げて、休みを確定させる。
 後は書類を書いて渡すだけだ。
「んー……書類もだけど、いざとなると大変だな」
 ぐーっと椅子の背凭れに体重を預けて伸び。姿勢を戻すと、貰った書類の注意事項に眼を通す。
「梱包はいいんだけど、開封作業が俺は駄目」
 一年くらい段ボールに入ったままのものがあった。
 なんて笑う同僚につられて洋佑も笑う。
「俺は大学に通うため出てきてそのままずっと──だから。ちょっと寂しくもあるかな」
 住み慣れた部屋。新しく来た人も出て行った人もいる。軽く挨拶を交わす程度の顔見知りになった人も。
 何よりも、あの部屋に戻ることが無くなるのかと思うと、何とも言えない寂しさを感じて目を伏せた。
「でも、ま……これも人生、なんて」
 冗談めかして語尾を濁す。雑談していた同僚が席へ戻るのを見送ってから、改めて書類へと視線を落とした。
 転居先の住所──総務の人間が見れば、おや、と思うかも知れない。
 とはいえ、個人情報を吹聴するような人間はいないから、あれこれ聞かれることもないだろう。

 とりあえず。これで準備は出来た。後は──

「朝野ー、ちょっといいか?」
「はい!すぐ行きます」
 思考を中断。書類をしまうと、仕事に意識を戻した。

        ◇◇◇◇◇◇◇

 週末。朝から佑と二人で荷物をまとめるために洋佑のマンションへと。
 洋佑が仕事に行っている間に、佑が引っ越し業者と話をまとめてくれていたから、段ボールや梱包資材は既に部屋にあるらしい。
「いやー本当助かった。有難う」
「どういたしまして」
 窓を開けて風を通したり、軽く掃除機をかけたりはしたが、それ以上のことはしていない。
「どれが必要かとかは分からなかったし……勝手に触って、大事なものを壊しちゃったら駄目だから」
「壊されて困るようなもんはない……あーパソコンくらいかな?」
 鍵を開けて中に入る。佑の言う通り、軽くでも掃除してくれていたおかげか、埃っぽくも黴臭くもない。佑の部屋と違って、数歩歩けばリビング兼キッチン。他に風呂、トイレ、寝室兼私室が一つ。
「とりあえず──要らないものから先に出していくか」
 冷蔵庫の中は会社を早退した週には片付けておいたから今は空。しいて言うなら脱臭剤や氷の残りを捨てるくらいだろうか。
 食器は──
「んー……あ、これシール集めてもらったやつ」
 景品でもらったコップや皿。学生時代から使っているものは流石に茶渋が落ちなくなっている。
 とはいえ、土産でもらったものや、思い入れのあるものもいくつかあるから、そういったものは新聞紙で包む。それ以外のものは思い切って処分することにした。
「食器棚にはまだ余裕があるから……持って行きたいものは持って行っても大丈夫だよ」
 むき出しのままで割れると処分が大変になるから、不要品は不要品で新聞紙で包んでから、区別しやすいよう大きく「不要品」と書いてある箱に入れていく。
「ありがと。でも、ある程度は思い切りも必要だと思うからさ。本当に大事なもの以外は処分しようと思う」
 洋佑の言葉に佑は穏やかに頷く。
「うん。テーブルとかの家具は大型ゴミでまとめて出さないと──」
 他には──
「デスクと──ベッドとかか。思ったより大がかりになりそうだなぁ」
 ん-と眉を寄せた。食器を包んでいた佑が作業を終えて立ち上がる。
「今日一日で全部は無理だから──今日は食器だけでも片付けちゃおう」
「そうだな──後、服か。ぱっと持って行けるのは幾つか持って行きたい」

 後は──

 と、あれもこれもと作業していれば、あっという間に夕陽が差し込んでいる。一区切りついたところで手を止めて、今日はここまでにしようと声をかけた。
 さっと片付けてからマンションを出る。
「んー。動いたら腹減ったなぁ……どっか食べに行くか?」
「そうだね。今から買い物行って作ると──遅くなっちゃうし。またお弁当買って帰る?」

 折角だから、今日はちょっと飲もう。

 洋佑の言葉に、佑はほんの少し眉間に皺を寄せた。
「……お酒、飲んで大丈夫?」
 不摂生がたたって、悪酔いしてここまで運んできて貰ったこと。
 思い出すと、さっと頬が赤くなる。
「大丈夫だって!ちゃんと飯食ってるのは、佑が一番分かってるだろ」
 ふらふらと手を振った。恥かしさで視線が合わせられず、顔をそむける。
「……そうだね。昨日も、ちゃんとご飯……食べたね」
 笑う気配に顔を向けた。穏やかな表情に戻った佑が、行こう、と促してくる。
「どうせなら、あの時の焼肉屋さんに行ってみる?」
「お、いいな。味は本当美味かったんだよなぁ……」
 酔い潰れてしまって、細かくは覚えていないのだが。美味かった、という感覚はおぼろげにある。
「もし、空いてなかったら、歩きながら考えよ」
 その場で佑が電話をしてくれた。店員と話すのを横で聞きながら、手持無沙汰に景色を眺める。

──俺、本当にここ、出ていくんだな。

 まだ実感がない。業者の手配もして、こうして荷造りを手伝ってもらっていても、まだ会社から戻ってくるのはここなんじゃないか、なんて考えてしまう。
「洋佑さん!予約いけるって」
 嬉しそうな声に我に返る。
「やったな。じゃぁ早速行こうぜ」
 弾んだ声のまま電話に戻る佑。電話を切るのを待ってから、二人で歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...