恋人の愛は少し……いや、かなり重いです。

アオハル

文字の大きさ
上 下
37 / 51
日常

今まで出来なかったことと、これからは出来ることと-3-A-

しおりを挟む
 スマホのアラームに布団から腕を出した。
 ばしばしとその辺を叩いて探していると、電子音とともにアラームが止まる。自分はまだスマホを見つけていないのに──
 布団から顔を出すと、自分のスマホを持っている手。ゆっくりと眼を瞬かせて、手から腕へと視線を流すと、穏やかな笑み。
「おはよう、洋佑さん」
 半分寝ていた意識が起きてくる。欠伸一つした後、のそのそと布団から抜け出した。
「おはよう……早いな」
 ふぁ、と遠慮なく大きな欠伸を零す洋佑を見て佑は表情だけで笑った。パジャマ代わりのTシャツに下着姿の自分と違い、走りに行く準備万端の格好だ。
「洋佑さんと一緒に行けるのが楽しみで早く起きちゃった」
 本当に楽しみにしていたのだと伝わってくる。目を細めてそれを見つめた後、もう一度伸びをしてからベッドから立ち上がった。
「すぐ準備するから。もうちょっと待ってな」
 頷く佑を横に、服を着替えるためにTシャツを脱いだ。

        ◇◇◇◇◇◇◇

 身支度を済ませて佑と一緒にマンションの外へ。
「はー……朝は流石に肌寒くなってきた」
 秋、というにはまだ早い時期ではあるが。早朝のこの時間だと、涼しいと言ってもいい気温。
「走りやすい季節になってきたから……楽しみ」
「今年特に暑かったしなぁ」
 他愛もない話をしながら歩き出す。
 見た目だけなら一人前のランナーではあるが、走ることなんて学生以来のご無沙汰の洋佑。毎日走っている佑に合わせられる訳もなく、慣れるまでは一緒に歩いてくれるというから、その言葉に甘えて行き先を決める。
「とりあえず……駅一つ分くらいからならいけると思う?」
 最寄り駅へと歩きだす。それほど交通量が多い道ではないといえ、普段以上に車の気配も人の気配もない。
 静かな歩道に思う以上に声が響く気がして、少し声を潜めた。
「うん。ゆっくり歩けば大丈夫じゃないかな。もし、しんどくなったら途中で休めばいいよ」
 幸い、コンビニはいくつかある。24時間営業のファミレスも。
 どこでも近くの店で休めばいい、と佑の笑みに、洋佑は表情を緩める。
 最近の天気はどうだ、とか、この間行った店の料理が美味しかった、とか、他愛もない会話しながらの散歩。
 考えてみれば、二人で出かけるのは、以前出かけたショッピングモール以来かも知れない。これも一種のデート……になるんだろうか。
 ちら、と横を歩く佑を見る。ん?と視線だけで返されて、何でもない、と視線を逸らした。
「……」
 いつもと同じ道。だけど、いつもと違う雰囲気。
 面白い、というか、不思議、というか。何となく佑が早朝に走るのが楽しい、と言っている理由の一つが分かった気がして、洋佑は大きく息を吐き出した。
「あ、洋佑さん。信号、青」
「へ?」
 唐突に佑に手を握られて眼を瞬かせる。
「あそこの信号、赤になったら長いから……渡っちゃお」
 走り出す。握られたままの手に引っ張られて洋佑も走り出した。信号待ちしている車はいない。この交通量なら、赤信号でも渡れそうな気もするが、前を走る佑の後ろ姿が楽しそうに見えて、洋佑はそのまま走って渡ることにした。
 たっ、たっ、と足音だけが響く。無事、渡り切っても佑は足を止めない。
「佑?信号──」
 渡り切ったぞ、と続くはずだった言葉を飲み込んだ。前を走る佑の耳が赤い。
 握った掌も熱い。横断歩道を渡り切って暫く。漸く速度が落ちて来た。やがて歩く速度に落ち、立ち止まる。
 お互いに軽く息が上がっている。繋いだままの指に少しだけ力を入れると、ゆっくりと佑が振り向いた。
「……手、繋いじゃった……」
 嬉しそうな恥ずかしそうな。頬を赤くしているのは、走った影響だけではないだろう。そっと笑うと、握ったままの洋佑の指へと自分の指を絡めてくる。
「このまま歩いていい?」
「……いいよ」
 ぎゅ、と指を絡めて握り返した。有難う、と佑は静かに歩きだす。隣へと並んで歩きながら、絡めた指先をお互いに遊ばせたりしながら、無言の時間が過ぎる。
 薄暗かった通りがじわじわと明るくなってくる。もう少しで目的の駅。流石に駅の傍では人もいるだろう、と気にしたのか佑が指を解こうとするのを引き留めるために強く握った。
「っ……洋佑さん?」
 驚いた顔。洋佑は笑みを返した後、指を握ったまま、佑のパーカーのポケットへと手を突っ込んだ。
「これなら見えないからいいだろ」
 屁理屈だと分かっているから眼を伏せる。だが、佑はポケットの中で強く指を握り返してきた。
「────うん」
 そのまま歩き出す。元々、洋佑は恋人だからと公共の場で触れ合うことはあまり好きではなかった。
 でも、今はつないだ指を離したくない。
 苦し紛れの提案だったが、佑は受け入れてくれた。パーカーのポケットの中で重ねた掌を一度強く握る。
「……ついちゃった、ね」
 何事もなく。駅の改札が見える場所まで来てしまった。周囲はもう十分に明るい。ちらほらと学生の姿も見えている。
「……家、に帰るまでは。手、繋げるだろ?」
 洋佑の言葉に佑が目を見開く。その後、泣き出しそうな笑みを浮かべて頷いた。
「うん……!」
 たかが手を繋いで歩くだけなのに。それでも──こんなに幸せだと感じることに戸惑いと嬉しさを感じて洋佑は半歩だけ距離を詰めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...