恋人の愛は少し……いや、かなり重いです。

アオハル

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日常

今まで出来なかったことと、これからは出来ることと-1-A-

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 試しに一ヶ月──
 些細な切欠から始まった同居生活。
 最初の週末こそ大変な状態だったが、次の一週間は穏やかに。お互い手探りしている状態ではあるが、特に何事も起きなかった。
 金曜日の夜、ベッドに入る時も焦燥感もなく穏やかに会話していたくらいに。
「洋佑さん。明日は何か予定ある?」
 定位置へと収まりながら問いかけてくる佑の言葉に、洋佑は首を傾げた。
「明日?……何もなかったと思う──けど」
「じゃぁ……靴とウェア買いに行こ?」
 先週いけなかったから。少し照れたように笑う佑を見て洋佑の顔も赤くなる。
「先週の事は当分禁止──」
 言いながら顔を隠すために佑へと抱き着いた。回される腕の穏やかさに眼を細めつつ、少しだけ顔を上げる。
「……ランニング用のやつだっけ。俺、詳しくないから……佑と同じでいいよ」
「うん。それじゃいつものお店に行こう。そのままお昼食べてもいいし──どこか寄ってもいいし」
 わかった。
 頷きながら、うとうとしてしまう。特に何をするでもないが、佑が髪を撫でる手が心地良い。感じる体温も安心感を増すのか、こうして二人で寝る時は自分でも驚くくらいに眠気に襲われてしまう。
「……お休み、洋佑さん」
 聞こえているのかいないのか。規則正しい呼吸に変わった洋佑の髪を緩く撫でた後、佑も目を閉じた。

        ◇◇◇◇◇◇◇

 途中、マンションの近くのあれこれを教えてもらいつつ、佑の行きつけというスポーツ用品店へ。
 マンションから数駅の場所にあるショッピングモールの中の店だが、割と広めの店構えで足のサイズの計測や靴だけでなく、ウェアのオーダーメイドなんかも出来るらしい。
 自宅用の筋トレグッズや大型の機械のお試しなんかも出来るようで、早めの時間だというのにそこそこ人がいるようだった。
 佑と店に入るとすぐに店員が近づいてくる。馴染みの店員らしく、2,3言葉を交わした後、洋佑に合う靴とウェアを探して欲しい、と告げて後はお任せ。
 腕の長さや胴回りの計測に始まり、足のサイズも長さだけでなく甲の高さや幅等もきっちりと。オーダーメイドでなくても、ここまできっちり計ったり試着したりするとは思っていなかったので、一通りの作業が終わった後、我知らず大きく息を吐き出した。
「疲れちゃった?」
 佑の言葉に慌てて首を左右に振る。
「そういうわけじゃないよ。今まで縁がなかった世界だからさ……すごいな、って思っただけ」
 本心。たかが──と言う言葉だと語弊があるかもしれないが──靴や服にここまできちんとしたものを求めた事がなかったから、どんなものが来るのかと楽しみでもある。
「──で、お客様だと、この辺がいいかな、と思います」
 簡単な説明とともに揃えられた靴とウェア。色や柄の好みも伝えた通りのそれらに洋佑は頷いた。
「有難うございます。じゃあ──」
 これで、と言いかけて佑を見る。
 以前、服を買いに行った時。誰かが袖を通した服は嫌だと言っていた事を思い出したのだ。視線に気づいた佑は、にっこりと笑った。
「これでお願いします」
 了承の言葉とともに店員がレジの方へ。後を追おうとしたが、佑に止められる。
「僕が貰って来るから」
「いや、代金の支払いもあるだろ?俺も──」
「プレゼントさせて」
 半ば強引に洋佑を椅子へ押し戻すと、レジカウンターの方へと歩いて行った。支払いで揉めても店の迷惑になるかと思い、椅子に座り直して視線で佑を追いかける。

 ──プレゼント、ってもなぁ……。

 全部合わせるとそれなりの値段になる。帰りにケーキを買ってきた、なんて気軽さで贈る物でも受け取るものでもないだろう。
 元々、佑は何かにつけて自分に物を贈りたがる。この先もこの調子で贈り物をされると、流石に──
「お待たせ」
 佑の声に我に返った。ブランドのロゴが入ったショッパーを差し出されて受け取る。
「有難う。あのさ──」
 少し話してもいいか?
 洋佑の言葉に佑が眼を瞬かせる。声の響きと表情から真剣な話だと察したのだろう。家に帰ろうと言われて素直に従った。

        ◇◇◇◇◇◇◇

 帰宅後。リビングでソファに座った後、開口一番に切り出した。
「あのさ……気持ちは嬉しいし、有難いけど──もう少し控えめなプレゼントだと嬉しい」
 きょとんとしている佑。金銭感覚が違うのかと洋佑も眉を寄せる。
「えっと。とりあえず……プレゼントはちゃんと理由のある時だけにしないか?」
「理由はあるよ」
 間を置かずの返答に今度は洋佑がきょとんとした。
「え?」
 呆けたままの洋佑の両手をそっと握ると、一度強く握りしめてから視線を合わせてくる。
「誕生日プレゼント」
 自分の誕生日はまだ先だ。佑のは──今年は終わったと言っていた。一体誰の誕生日だろうと思案を巡らせる洋佑の指先へと佑は静かに唇を寄せた。
「生まれてから今までの分。……26回分あるよね?」
 今日一つ送ったから残りは25回か。
 訂正をする佑を見る洋佑は呆けたままだ。洋佑さん、と名前を呼ばれて我に返る。
「……年齢、間違ってた?」
 そっちじゃない。
「いや、そうじゃなくて……お前、今までの誕生日分、全部お祝いする気なのか?」
「……お祝いしちゃ駄目?」
 しょんぼりと肩を落とされて慌てる。駄目とかそういう話ではなく──
「いや、駄目、とかじゃなくて、さ……その」
 驚きすぎて言葉がまとまらない。ちょっと待って、と深呼吸してから、改めて口を開く。
「びっくりした……だけ。今までの分、なんて……」
 考えたことがなかった。
 驚きすぎてうまく言葉で伝えられない。だから、驚いた事だけを伝えて息を吐いた。
「……だって。洋佑さんと出会ったのはあの会社だけど。生まれて来てくれなかったら出会えなかったでしょ?それに……洋佑さんの周りの人や環境があって、今の洋佑さんになったんだから。そういうの全部含めて、お祝いしたいって思う」
 でも、洋佑さんが嫌ならしない。
 真っ直ぐに見つめられて洋佑は視線を逸らす。握られたままの指をおずおずと握り返した。
「……あ、りがと。その……気持ちは嬉しい、し。お祝いしたいって言ってくれるのも嬉しい、から」
 嫌じゃない。ただ──
「事前に教えて欲しい。今日みたいに……いきなりだとびっくりするし。受け取れない」
「わかった。驚かせてごめんね」
 素直に謝られるとそれ以上は何も言えない。こっちこそごめん、と頭を下げた後、顔を見合わせてお互いに表情を緩めた。
「言いたかったのそれだけ。……ごめんな。理由も聞かずに」
「ううん。僕こそ……ちゃんと言っておけばよかったね」
 改めて洋佑を見つめて佑が口を開いた。
「洋佑さん。誕生日おめでとう」
 実際とは違う日付で祝われるのは奇妙な気分ではある。が──
「……有難う」
 その気持ちは嬉しいもので。照れ笑いを浮かべた後、どちらからともなく唇を寄せた。触れ合わせるだけのキスを何度かした後、ゆっくりと離れる。
「──洋佑さん」
 名前を呼ばれていつの間にか閉じていた瞼を開く。じっと自分を見ている佑と目が合って、あ、と小さく唇が動いた。
「……いい?」
 聞かれて軽く眼を見開いた後、目を伏せる。返事の代わりに自分から唇を押し当てた。
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