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日常
逢いたいのメールから始まる「お試し」の一ヶ月-1-A-
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「あれ?朝野、首どうしたんだよそれ」
同僚からの指摘に、あぁ、と肩を竦める。
「寝違えちゃって……湿布貼ってたら早く治るって聞いたから」
当分湿布臭いかも知れないことを詫びると、気にするな、と肩を叩かれた。
「早く治るといいな」
屈託なく笑われると少しばかり申し訳なくなる。
──首輪つけてセックスした時に出来た痕を隠すため。
とは、さすがに仲が良くても言えないよなぁ、と湿布の上から痕跡のある場所を指でなぞる。
「ありがと。商談予定が入ってなくて助かったよ」
プレゼンする時に動きにくいと最悪だ。
なんて他愛ない話をした後、仕事に戻る背中を見送ってから自分もデスクへ向き直る。
書類に目を通しながら、ボールペンをくるくると回した。
結局。あの後、普通に寝て起きて食事をして──佑に湿布を買ってきて貰ったりしたが、いつもと変わらない過ごし方。
佑の方は痕を隠す気はないらしく、むしろ「見せびらかします」なんて笑っていたのだが。
「…………」
いや、今考えなければいけないのは佑のことじゃなくて目の前の書類。
どうにも気が緩んでしまっている。恋人が出来たくらいで舞い上がる程、子供でもないと思っていたが、自分で思うよりも浮ついてしまっているのかもしれない。
久し振りに新規開拓の営業でもしてみるか。
改めて書類を片付けようとボールペンを回すのをとめた。
◇◇◇◇◇◇◇
洋佑の会社は休憩時間は好きな時にとっていい決まりだ。
だから大体混雑する昼時は避けることが多いのだが、そうすると選べる店が減ってしまう。
今日は多少並んでも食べたいメニューがあったため、早めにオフィスを出たのだが、そこでメールの着信に気づいた。
差出人は佑だ。
何事かとメールを見ると、
「逢いたいです」
とだけ。
佑は所謂モバイルメッセンジャーやコミュニケーションアプリを使いたがらない。大学時代に押し切られて入れたものの、既読スルーだなんだというのに疲れてしまってからはメールでのやり取りに限定しているらしい。
その分、気づくのが遅れても文句や何だは言わないし、返信を催促されることもない。
こちらも特に気にせずその日の出来事を気まぐれに送ったりしていたのだが、佑からのメールは何日に何処何処に出かけたい。都合はどうか、というような具体的な内容のメールが多かった。
こんな漠然とした内容のメールは珍しい。というか初めてだ。
何かあったんだろうか。
気になってしまったので、脇道に入ってから電話をかけてみる。繋がらなければメールを送ろうかと思っていたところで
『洋佑さん?』
佑が出た。
「うん。さっきメール見たけど……どうした、何かあったのか?」
『あ、え……ごめんなさい。何か急に顔が見たいなって』
声に元気がない。もしかして体の具合でも悪いのだろうか。
「体調悪いなら、帰りに何か買っていくけど……欲しいものあるか?」
『……体調は大丈夫。ただ洋佑さんに逢いたいなって……それだけです』
やっぱり変だ。
いや、元々少し変わったところがあることは確かだが。腕時計で時間を確かめると、今日の予定と明日の予定を頭の中で思い返す。
「……わかった。今から行くから。家に居るのか?」
『え、でも……会社……』
「お前の事が気になって仕事どころじゃないよ。大丈夫、今は急ぎの案件もないし、オフィスに戻って念のため確認してから行くから──ちょっと時間かかるかもしれない」
でも必ず行くから。
沈黙。洋佑がオフィスへと踵を返したところで、小さな声で「有難うございます」と聞こえた後、電話が切れた。
スマホをしまうと、急ぎ足でオフィスに戻る。同僚と上司に急用で早退したい、と伝えた後、手持ちの作業やメールを確認。
念のため返事待ちをしている案件や進行中の作業の事を伝えた後、荷物をまとめた。
「本当悪い。今度昼飯奢るから」
「いいよ。俺だって子供が熱出した時代わって貰ってるし。お前も寝違え辛いだろうから無理はするなよ」
同僚も上司も快く送り出してくれた上に気遣ってくれる。多少の申し訳なさはあるが、とりあえず佑の方を解決しなければ。
「それじゃすみません。お先に失礼します!」
言いながらオフィスを出た。
◇◇◇◇◇◇◇
念のために風邪薬とフルーツの缶詰やヨーグルト等を買ってから佑の家に着いたのは、電話してから1時間半ほど過ぎた頃。
待ちくたびれて寝てないといいけど、なんて思いながら角を曲がったところで、突っ立っている人物の姿に眼を瞬かせた。
「佑?!」
思わず駆け寄った。ぼんやりとしていた佑は、洋佑の声に顔を上げると、驚いた表情で固まってしまう。
「洋佑さん……」
「外で待つことないだろ?!何時になるか分からないのに……」
暑くも寒くもない時期ではあるが。だからといって何時間も外で立ち尽くすのは体に良いことではないだろう。
思わず手を伸ばして首筋へと触れる。熱くはない──が、首筋に残る痕を見つけて、自分の体温が上がる。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいから。ほら、部屋入ろう?」
背中を叩いて促した。力なく頷いた佑は部屋に入るまで──入った後も。何も言わない。
二人してリビングに向かうと、空調も入りっぱなしだった。とりあえず買ってきたものをテーブルに置いた後、佑をソファへと座らせてから自分も隣に腰を下ろす。
「……本当に具合、悪くないんだな?」
念を押すと頷いた。
ふー、と大きく息を吐き出す。
「なら良かった──って良くはないか。……とりあえず、お前が落ち着くまではいるから」
両手を広げて見せると、ふらりと抱き着かれる。疲れ切ったような動きだが、身体を抱く腕は力強い。
「……洋佑さん」
「うん」
名前を呼ばれて頷き返す。そんなことを何度か繰り返した後、漸く佑が顔を上げた。
「……洋佑さん」
「うん?」
今までと声色が違う。自然と語尾が上がり、佑の様子を窺うように視線を向ける。
「僕……やっぱり洋佑さんと一緒に暮らしたい」
以前──というか、付き合おうと言った時。いつここに引っ越すのか?なんて聞かれて驚いた洋佑に、佑はその気になったらでいい、とは言っていたのだが。
「今朝起きて。洋佑さんがいないんだって……思ったら、急に不安になって」
「それであのメールか」
頷く。
そういえば佑は人と付き合う──恋人関係になるのは洋佑が初めてだと言っていた。この年になってからの「初めて」は色々と戸惑う事も多いのかもしれない。
中高時代。誰と誰が付き合った、なんて噂話に理由のない焦燥感を感じ、とりあえず付き合ってみたような自分とは全く違うタイプである佑にとって、どう接するのが一番いいのか。
少しの間言葉を探す洋佑を見て、佑は緩々と首を左右に振る。
「お仕事あるから。来ないと思ってたら来てくれて。嬉しいけど……これじゃ、駄目だとも思う」
自分なりに出した答えがあるならそれをまず聞こうと洋佑は黙ったまま続きを待つ。
「だからね。洋佑さんが来るまでにいろいろ考えた……んだけど。僕は洋佑さんと一緒に居たい」
仕事をやめろという話なら断るしかないのだが。何度も告げた事を今更繰り返し願うことはしないだろう。
「洋佑さんがここにいるんだって……部屋に居ないときも感じたい、から」
一緒に住みたい。
同じ部屋で寝起きするようになれば、例えば着替えだったり、歯ブラシだったり、そういったものが部屋にある。それで洋佑の存在を感じて安心できる──気がする。
と最後はやや不安げだったのだが。無茶なことを言っている、という自覚はあるのだろう。
申し訳なさそうと言うか、怯えているというか。そんな頼りない気配をまとった佑を見ながら、洋佑は困ったように笑った。
「……俺、だらしないぞ。服も脱ぎっぱなしだし、休日はパンイチだし」
佑は黙ったまま頷く。知ってる、と小さく笑った。
「後、料理も出来ないし……何より──家賃を払える気がしない」
実はこれが一番の懸念だ。
佑の住んでいる部屋の家賃。流石に一緒に暮らすとなれば、自分もいくらかは負担──最低半分は出さなければならないだろう。
例え佑が気にするな、と言っても自分が気になってしまう。
「……家賃はないから大丈夫だよ。管理費や修繕積立金……はあるけど」
「え?!分譲……でも、分割──」
「一括で買ったから」
「へ?!」
我ながら間の抜けた声を出してしまった。表情も負けず劣らず、間の抜けた顔をしているだろう。
そんな洋佑を見て逆に佑は落ち着いたのか、軽く笑った。
「……そういえばちゃんと話してなかったよね。僕のこと」
一緒に住むなら、話しておかないと。
そんな前置きの後、姿勢を正すと、佑はゆっくりと口を開いた。
同僚からの指摘に、あぁ、と肩を竦める。
「寝違えちゃって……湿布貼ってたら早く治るって聞いたから」
当分湿布臭いかも知れないことを詫びると、気にするな、と肩を叩かれた。
「早く治るといいな」
屈託なく笑われると少しばかり申し訳なくなる。
──首輪つけてセックスした時に出来た痕を隠すため。
とは、さすがに仲が良くても言えないよなぁ、と湿布の上から痕跡のある場所を指でなぞる。
「ありがと。商談予定が入ってなくて助かったよ」
プレゼンする時に動きにくいと最悪だ。
なんて他愛ない話をした後、仕事に戻る背中を見送ってから自分もデスクへ向き直る。
書類に目を通しながら、ボールペンをくるくると回した。
結局。あの後、普通に寝て起きて食事をして──佑に湿布を買ってきて貰ったりしたが、いつもと変わらない過ごし方。
佑の方は痕を隠す気はないらしく、むしろ「見せびらかします」なんて笑っていたのだが。
「…………」
いや、今考えなければいけないのは佑のことじゃなくて目の前の書類。
どうにも気が緩んでしまっている。恋人が出来たくらいで舞い上がる程、子供でもないと思っていたが、自分で思うよりも浮ついてしまっているのかもしれない。
久し振りに新規開拓の営業でもしてみるか。
改めて書類を片付けようとボールペンを回すのをとめた。
◇◇◇◇◇◇◇
洋佑の会社は休憩時間は好きな時にとっていい決まりだ。
だから大体混雑する昼時は避けることが多いのだが、そうすると選べる店が減ってしまう。
今日は多少並んでも食べたいメニューがあったため、早めにオフィスを出たのだが、そこでメールの着信に気づいた。
差出人は佑だ。
何事かとメールを見ると、
「逢いたいです」
とだけ。
佑は所謂モバイルメッセンジャーやコミュニケーションアプリを使いたがらない。大学時代に押し切られて入れたものの、既読スルーだなんだというのに疲れてしまってからはメールでのやり取りに限定しているらしい。
その分、気づくのが遅れても文句や何だは言わないし、返信を催促されることもない。
こちらも特に気にせずその日の出来事を気まぐれに送ったりしていたのだが、佑からのメールは何日に何処何処に出かけたい。都合はどうか、というような具体的な内容のメールが多かった。
こんな漠然とした内容のメールは珍しい。というか初めてだ。
何かあったんだろうか。
気になってしまったので、脇道に入ってから電話をかけてみる。繋がらなければメールを送ろうかと思っていたところで
『洋佑さん?』
佑が出た。
「うん。さっきメール見たけど……どうした、何かあったのか?」
『あ、え……ごめんなさい。何か急に顔が見たいなって』
声に元気がない。もしかして体の具合でも悪いのだろうか。
「体調悪いなら、帰りに何か買っていくけど……欲しいものあるか?」
『……体調は大丈夫。ただ洋佑さんに逢いたいなって……それだけです』
やっぱり変だ。
いや、元々少し変わったところがあることは確かだが。腕時計で時間を確かめると、今日の予定と明日の予定を頭の中で思い返す。
「……わかった。今から行くから。家に居るのか?」
『え、でも……会社……』
「お前の事が気になって仕事どころじゃないよ。大丈夫、今は急ぎの案件もないし、オフィスに戻って念のため確認してから行くから──ちょっと時間かかるかもしれない」
でも必ず行くから。
沈黙。洋佑がオフィスへと踵を返したところで、小さな声で「有難うございます」と聞こえた後、電話が切れた。
スマホをしまうと、急ぎ足でオフィスに戻る。同僚と上司に急用で早退したい、と伝えた後、手持ちの作業やメールを確認。
念のため返事待ちをしている案件や進行中の作業の事を伝えた後、荷物をまとめた。
「本当悪い。今度昼飯奢るから」
「いいよ。俺だって子供が熱出した時代わって貰ってるし。お前も寝違え辛いだろうから無理はするなよ」
同僚も上司も快く送り出してくれた上に気遣ってくれる。多少の申し訳なさはあるが、とりあえず佑の方を解決しなければ。
「それじゃすみません。お先に失礼します!」
言いながらオフィスを出た。
◇◇◇◇◇◇◇
念のために風邪薬とフルーツの缶詰やヨーグルト等を買ってから佑の家に着いたのは、電話してから1時間半ほど過ぎた頃。
待ちくたびれて寝てないといいけど、なんて思いながら角を曲がったところで、突っ立っている人物の姿に眼を瞬かせた。
「佑?!」
思わず駆け寄った。ぼんやりとしていた佑は、洋佑の声に顔を上げると、驚いた表情で固まってしまう。
「洋佑さん……」
「外で待つことないだろ?!何時になるか分からないのに……」
暑くも寒くもない時期ではあるが。だからといって何時間も外で立ち尽くすのは体に良いことではないだろう。
思わず手を伸ばして首筋へと触れる。熱くはない──が、首筋に残る痕を見つけて、自分の体温が上がる。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいから。ほら、部屋入ろう?」
背中を叩いて促した。力なく頷いた佑は部屋に入るまで──入った後も。何も言わない。
二人してリビングに向かうと、空調も入りっぱなしだった。とりあえず買ってきたものをテーブルに置いた後、佑をソファへと座らせてから自分も隣に腰を下ろす。
「……本当に具合、悪くないんだな?」
念を押すと頷いた。
ふー、と大きく息を吐き出す。
「なら良かった──って良くはないか。……とりあえず、お前が落ち着くまではいるから」
両手を広げて見せると、ふらりと抱き着かれる。疲れ切ったような動きだが、身体を抱く腕は力強い。
「……洋佑さん」
「うん」
名前を呼ばれて頷き返す。そんなことを何度か繰り返した後、漸く佑が顔を上げた。
「……洋佑さん」
「うん?」
今までと声色が違う。自然と語尾が上がり、佑の様子を窺うように視線を向ける。
「僕……やっぱり洋佑さんと一緒に暮らしたい」
以前──というか、付き合おうと言った時。いつここに引っ越すのか?なんて聞かれて驚いた洋佑に、佑はその気になったらでいい、とは言っていたのだが。
「今朝起きて。洋佑さんがいないんだって……思ったら、急に不安になって」
「それであのメールか」
頷く。
そういえば佑は人と付き合う──恋人関係になるのは洋佑が初めてだと言っていた。この年になってからの「初めて」は色々と戸惑う事も多いのかもしれない。
中高時代。誰と誰が付き合った、なんて噂話に理由のない焦燥感を感じ、とりあえず付き合ってみたような自分とは全く違うタイプである佑にとって、どう接するのが一番いいのか。
少しの間言葉を探す洋佑を見て、佑は緩々と首を左右に振る。
「お仕事あるから。来ないと思ってたら来てくれて。嬉しいけど……これじゃ、駄目だとも思う」
自分なりに出した答えがあるならそれをまず聞こうと洋佑は黙ったまま続きを待つ。
「だからね。洋佑さんが来るまでにいろいろ考えた……んだけど。僕は洋佑さんと一緒に居たい」
仕事をやめろという話なら断るしかないのだが。何度も告げた事を今更繰り返し願うことはしないだろう。
「洋佑さんがここにいるんだって……部屋に居ないときも感じたい、から」
一緒に住みたい。
同じ部屋で寝起きするようになれば、例えば着替えだったり、歯ブラシだったり、そういったものが部屋にある。それで洋佑の存在を感じて安心できる──気がする。
と最後はやや不安げだったのだが。無茶なことを言っている、という自覚はあるのだろう。
申し訳なさそうと言うか、怯えているというか。そんな頼りない気配をまとった佑を見ながら、洋佑は困ったように笑った。
「……俺、だらしないぞ。服も脱ぎっぱなしだし、休日はパンイチだし」
佑は黙ったまま頷く。知ってる、と小さく笑った。
「後、料理も出来ないし……何より──家賃を払える気がしない」
実はこれが一番の懸念だ。
佑の住んでいる部屋の家賃。流石に一緒に暮らすとなれば、自分もいくらかは負担──最低半分は出さなければならないだろう。
例え佑が気にするな、と言っても自分が気になってしまう。
「……家賃はないから大丈夫だよ。管理費や修繕積立金……はあるけど」
「え?!分譲……でも、分割──」
「一括で買ったから」
「へ?!」
我ながら間の抜けた声を出してしまった。表情も負けず劣らず、間の抜けた顔をしているだろう。
そんな洋佑を見て逆に佑は落ち着いたのか、軽く笑った。
「……そういえばちゃんと話してなかったよね。僕のこと」
一緒に住むなら、話しておかないと。
そんな前置きの後、姿勢を正すと、佑はゆっくりと口を開いた。
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