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日常

貰い物-6-D-

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 洋佑が目を開けた時、真っ先に感じたのは体の重さ。
 と──
「……指……?」
 誰かがしっかりと手を握っている感触。誰だろうと確かめるために首を回したところで、ベッドの縁に頭を乗せて眠っている佑の姿が目に入った。
 片手は洋佑の手を握ったまま。床に座り、おそらくは顔を見ていたのであろう姿勢。疲れて眠ってしまったのかと小さく笑った。
「おはよ」
 起こさないよう声は小さい。髪を撫でようと思ったが、寝返りを打った動きで起こしてしまうかも知れないと一瞬動きが止まる。
「……」
 少し思案した後、出来るだけゆっくりと身体の向きを佑の方へと向けて横に寝る格好に。と、動く途中で首輪が外されていることに気づいた。
 自分が眠っている間に佑が外したのであろうが、何となく寂しいような気もして複雑な感情に眉を寄せる。
 そういえば身体も綺麗になっている。ローションや精液のぬるついた感覚はなく、シーツも綺麗な状態のようだ。
 以前のように佑がシャワーを浴びさせてくれたのだろう。自分を抱えてバスルームまで往復するだけでも大変だろうに、床に座ったまま寝ることはない。
 もしかしたら、洋佑が起きないことで自分を責めてしまったのかもしれない。
 そんなこと気にしなくていいのに。
 ぎし、と小さくベッドが軋んだが、佑を起こすことなく体の向きを変えることには成功した。
 寝息を立てたままの佑を見ながら、洋佑は眼を細めて表情だけで笑みを浮かべる。

 最初はただの手間のかかる後輩だと思っていたのに。

 気が付けばこんな──昨晩の事を思い出して一人赤面してしまうが、それも含めて。大きい存在になるとは思っていなかった。
 人間関係なんて何が切欠で変わるか分からないもんだな。
 なんて、案外幼く見える寝顔を見ながら、他愛もない事を考えていると、佑が身じろいだ。
「ん……」
 起きようとしている動きにそっと声をかけてみる。
「おはよう?」
 ゆっくりと眼を開いた佑が、数秒間を置いた後、はっとなって飛び起きた。
「洋佑……さん……」
 おはよう、ともう一度言おうとしたが、抱きしめられて言葉が止まる。勢いに驚いてもがくと、慌てて腕が緩められた。
 そっと気遣うように洋佑の指を握ってくる。どうかしたのか、と疑問に思って目を瞬かせていると、佑が泣き出しそうに顔を歪めた。
「昨日……僕、無茶しちゃったから。洋佑さん…身体…大丈夫?どこかおかしなところない?」
 それで様子がおかしかったのか、と合点がいった。気にしなくていいのに、と空いている方の手を伸ばして佑の髪を撫でた。
「流石に身体はちょっとだるい……けど、俺がしてくれって頼んだだろ?」
 おもちゃ云々はさておき。最後の方は自分からねだった──記憶なのだが。
 覚え違いかもしれない、と語尾がやや小さくなってしまう。
「そう、だけど……」
 なら、と髪を撫でた手を止めて頬へと触れる。
「だからいいんだよ。……そんな顔するなって」
 力なく笑う。身体に負担がかかったのは事実。だが、それで佑が自分を責めるのは少し違う気がする。
「でも……僕。自分の事ばっかり考えちゃったから」
 片方の手は頬に触れる洋佑の手に重ねられる。もう片方の手がそっと洋佑の腹を撫でた。煽るためのものでなく、労わる動き。
「俺だってそうだよ……頭の中真っ白になるくらい気持ち良くて。もっと欲しいって思った」
 流石に少し恥ずかしくて顔が熱くなる。腹を撫でる佑の手へと自分の手を重ねた。
「佑は、さ……いっつも俺の事優先で……大事にしてくれてる、から。たまには、自分の事優先していいんだぞ」
 洋佑の言葉に佑は眼を瞬かせた。腹に置いた手と頬に置いた手と。静かな動きで両方の手を絡め取ると、拝むようにして重ね合わせる。指先に軽く口付けた後、佑は静かに笑う。
「洋佑さんこそ……僕の我侭にいつも……付き合ってくれて……おもちゃとか…まで」
 言いながら佑の声が小さくなる。自分の言いだしたことに恥ずかしくなったのかと思ったが、そういう訳ではないらしい。
「……あのね。洋佑さん」
 ん?と首を傾げる。包んだ手に力を込めたり緩めたりしながら、何度か口を開いては閉じた後、意を決したように視線を合わせてくる。
「痕……つけちゃった……」
「あと……?」
 拍子抜けしたように問い返すと、佑はまた眼を伏せてしまった。ぎゅ、と指を強く握ってくる。
「……首輪……外したら……その」
 そういえば手首にも外したらついていた。首輪を外した時に眼について思わず──つけてしまったんだろうか。
 首……のどの辺りだろう。
「そんな目立つ位置につけたのか?」
 違う、と強く指を握った後、静かに緩めた。
「……首、についてたから、……我慢、出来なくて……」
 そっと指を離す。佑の指先が指し示す先を見て、軽く眼を見開いた。
「…………」
 胸の上。無数に重ねられた痕跡に軽く固まる。
「……ごめんなさい」
 申し訳なさそうな佑の顔を見ていると、笑いが零れた。指を伸ばして頬を撫でると、びく、と肩が跳ねる。
「びっくりはしたけど。見えない位置に気遣ってくれたんだよな?」
「……っ、本当は首につけたかった、けど…洋佑さん、困ると思って」
 でも。
「勝手に……こんな事したら駄目だと思うから。もう…首輪とかつけないようにするから」
 ごめんなさい。
 本気でへこんでしまっているようだ。確かに好き勝手に痕や何だをつけられても困るが──
「俺は結構……首輪、好きだぞ?」
 え?と佑が目を瞬かせる。
「首輪が好きっていうか……佑に首輪をつけられるのが。なんていうか──どきどきした」
 別に被虐属性があるとは思っていないのだが。痛いのは嫌だし、汚いのも嫌だ。
 でも、普段、何かにつけて洋佑を第一にしてくれる佑が「つけたい」と言い出したものだからだろうか。首輪も、乳首につけたクリップも……アナルプラグも。不慣れ故の違和感のようなものはあったが、不快感や恐怖のような負の感覚ではなかった。
 胸の痕も、びっくりはしたのだが。佑なりに考えくれた結果だと思うと、それすら可愛い──と思ってしまったのだから、そんな申し訳なさそうな顔はしないで欲しい。
「だから、さ。…佑が嫌じゃなかったら、また首輪……しよ?」
 頬を撫でる手を止めた。そのまま肌を滑らせて、佑の首へと触れる。
「次は佑も首輪してもいいんじゃないか?可愛いの選ぶからさ」
 冗談めかした口調で告げるが、佑の表情は真剣なままだ。
「……洋佑さん」
 真剣な声に動きを止める。続きを視線で促すと、深呼吸してから口を開いた。
「…………大好き」
 漸く振り絞った言葉。短く掠れた声で紡がれたそれの重さに洋佑は一瞬息を止めた。
「……好き、本当に……大好き」
 堰を切ったように繰り返す。首を撫でていた洋佑の手を取ると指先から掌、手の甲、手首と手や顔の向きを変えながら繰り返し口付けられる。
 最後にちゅ、と小さな音を立てて離れていく。改めて両手で洋佑の指を握ると、もう一度指先に口付けた。
「洋佑さん……お願いしてもいい?」
「うん?」
 解放された両手。佑が覆いかぶさるようにして抱きしめてくるから、自然と洋佑も佑の身体へと腕を回して抱きしめ返す。
「……僕の首に痕を付けて欲しい」
 佑が洋佑の首へと口づける。おそらく、そこに首輪の痕が残っているのだろう。
「佑の?」
「うん」
 頷くと肌が擽られて肩を揺らしてしまう。自分の首筋を晒すよう顔を傾けた。
「……俺にはつけなくていいのか?」
 もぞもぞと姿勢を変えて佑の首筋へと唇を触れさせた。肌を濡らすように舌を押し付け、緩々と口付けては離し、を繰り返す。
「洋佑さんは…つけたら困るでしょ?」
 首筋ではスーツで隠しきれない。そのことを気にしているようだが、どうせもう首輪の痕があるのだ。
「いいよ。首輪の痕も残ってるんだろ?……寝違えた、とでもいって湿布貼るからさ」
 顔を首筋に埋めるようにしているから表情は見えない。が、自分を抱く腕に一瞬力が籠ったのを感じて洋佑は目を細めた。
 肌を濡らした後、そっと唇を押し付ける。遠慮がちな動きを感じたのか、もっと、と促すように佑が腕を絡みつかせてきたため、もう少しだけ強く吸い上げた後、そっと離れた。
「…………ふぅ」
 改めてこういうことをするのも気恥かしい気もして息を吐き出した。薄く色の変わった肌を確認した後、自分の首筋を晒すよう顔を傾ける。
 佑の唇が肌に触れる。愛しくて仕方ない、といった風に何度も口付けては頬を摺り寄せるようにして抱きしめられる。
「くすぐったい」
 照れと本心が入り混じった呟きに「ごめんなさい」と笑み交じりの言葉。先程のような自責からくる悲痛な色がないことに洋佑は満足して眼を閉じる。
 暫くの沈黙の後。ちり、と肌に小さな痛みを感じた。
 離れていく感覚に眼を開いた。自分の目で確かめることは出来ないから、腕を抜いてそっと肌を撫でる。
「洋佑さん」
 返事をしようとするが、それを待たずに抱きしめられた。感極まった様子で頬を寄せてはこめかみのあたりへと口付けられる。
「擽ったいってば」
 振りほどきはしないが、肩が揺れてしまう。一頻り髪に触れられた後、漸くに腕が緩んだ。
「……ご飯食べれそう?」
 不意の質問。聞かれると腹が空いてくる。食べる、と頷くと、完全に身体が離された。
「じゃぁ僕作るから……洋佑さんはもう少し休んでて。お水、持ってくる」
 体を起こした後、部屋を出て行った佑がすぐに戻ってくる。ペットボトルの水を飲みながら、再び佑が呼びに来るまで。
 無意識のうちに首筋を何度か触れて確かめていた。
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