1 / 3
1、私の子供が泣いている
しおりを挟む
子供が泣いている。私の子だ。
「ふ、ふえぇ。ひっく、ひっく」
泣く姿と声は痛々しくて、すぐに抱きしめて撫でてあげたくなる。
でも、私は冷たく言い放った。
「カルナス、泣くのではありません。情けない! 誰がわるいの? お母様にいきなり香水をかけたカルナスが悪いのでしょう? はぁっ……これだから子供はイヤなのよ!」
カルナスと呼ばれた子供は、母の声にビクッと身をすくめた。
「ご、……ごめんなさ……っ」
サファイア・ブルーの瞳から透明な涙があふれる。
「う、うっ……ふ、ふぇ……っ」
泣きやもうとしている。なんて、健気。
カルナス、可哀想。
実の母親なのに、私、酷い――……怒りが胸に湧く。
「わたくしはもう知りませんからね! ……あ、らっ……?」
刃のような言葉を吐き捨てた口をおさえて、私はフラッと倒れかけた。
「王妃様!?」
そばにいた女官が慌てて身体を支えてくれる。
「あ、あ……っ!? こ、この記憶は、感情は……っ、ぜん、せ?」
私の中で、二つの自我がせめぎ合う。
香水をかけられた瞬間に蘇った前世の記憶の自分と、今までの自分だ。
前世の記憶によると、ここは小説の世界。
目の前のカルナス王子は、成長した後に小説のヒロインと恋をする予定だ。
私はカルナスを虐待する意地悪なお母様、エレオノーラなのだ。
周囲が騒然となる中、可愛いカルナスが駆け寄ってきた。
「お、おかぁさまぁっ……!!」
おろおろと私に寄りそう体温があたたかい。
「いちゃいの? くるしぃの? お、おかぁさま……っ」
心配してくれている。優しい声だ。
あんなに冷たくされたのに、この子は母親を慕っているのだ。
(なんて健気なの。なんて愛らしいの)
そう思う力が、私の自我を固定させた。
「カル、ナス……」
「おかあ、さま。おかあさま、だいじょうぶ? おかあさま」
「カルナス……!!」
母親の声で呼びかけて、いたいけな子供をぎゅっと抱きしめる。
「お、おかあ、さま……っ?」
ああ、我が子が戸惑っている。
私に優しくされたことがないのだもの。当然よ。
「ごめんなさい、カルナス。お母様が悪かったわ……っ」
熱い想いが胸に湧く。
今までの仕打ちは、なかったことにはならない。
この子の心には深い傷がある。私がたくさん、傷つけたのだ。
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
必死に言って、宝物を慈しむように優しくカルナスの頭を撫でる。
「お、おかあさま。おかあさまぁ……っ」
小さなカルナスが一生懸命に私に抱き着いて、わんわんと泣く。
と、そこへ。
「エレオノーラ? またカルナスを泣かせて……!」
夫である国王ハロルドがやってきた。
夫ハロルドは、美男子だ。
すらりと背が高く、高貴な気配を全身から漂わせる夫は、良い父親でもある。
私がカルナスを虐めて泣かせたところにハロルドが「やめないか」と止めに入り、我が子を抱えて、別の部屋に連れて行くのが日常なのだ。
ハロルドは、私の手からカルナスを慌てて取り上げた。
「カルナス、ああ、またこんなに泣いて、可哀想に。お父様が守ってあげるからな」
「ち、ちがうよ、おとうさま。おかあさまは、やさしくしてくれたよ。ぼく……ぼくがわるいんだ……っ」
ハロルドが私を見る。悲し気に。
『お前はなぜ我が子に酷い言葉を浴びせるのか。私の子を、……国宝たる王子を、なぜ泣かせるのか』
眼差しから思いが伝わってくる。
この夫は暴力をふるったり、声を荒げたりはしない。
強い言葉で妻をなじったりはしない。けれど。
「お前は、なぜカルナスを毎回泣かせるのだ。……この子が可哀想だ」
夫は理知的に、穏やかに、悲しげに「なぜ泣かせるのか」「やめないか」「可哀想だ」と言う。
普段のエレオノーラはそれに反発して、「ふん! 知りませんわ!」と憎たらしく言い返していた。けれど、今日は違う。
「申し訳ありません、あなた。反省していますわ」
「えっ!?」
私が殊勝に言うと、夫ハロルドは大きく眼を見開いた。びっくりしている。
「わたくし、今までのことを悔いています。酷い母親でしたわ……反省して、良い母親になろうと思います」
「エ、エ、エレオノーラ? んっ? ど、どうしたのだ、いつもとあまりにも違うぞ」
その後、ハロルドは医者を呼び、私は寝室で医者に囲まれることになった。
はい、正気を疑われたのです。
「ふ、ふえぇ。ひっく、ひっく」
泣く姿と声は痛々しくて、すぐに抱きしめて撫でてあげたくなる。
でも、私は冷たく言い放った。
「カルナス、泣くのではありません。情けない! 誰がわるいの? お母様にいきなり香水をかけたカルナスが悪いのでしょう? はぁっ……これだから子供はイヤなのよ!」
カルナスと呼ばれた子供は、母の声にビクッと身をすくめた。
「ご、……ごめんなさ……っ」
サファイア・ブルーの瞳から透明な涙があふれる。
「う、うっ……ふ、ふぇ……っ」
泣きやもうとしている。なんて、健気。
カルナス、可哀想。
実の母親なのに、私、酷い――……怒りが胸に湧く。
「わたくしはもう知りませんからね! ……あ、らっ……?」
刃のような言葉を吐き捨てた口をおさえて、私はフラッと倒れかけた。
「王妃様!?」
そばにいた女官が慌てて身体を支えてくれる。
「あ、あ……っ!? こ、この記憶は、感情は……っ、ぜん、せ?」
私の中で、二つの自我がせめぎ合う。
香水をかけられた瞬間に蘇った前世の記憶の自分と、今までの自分だ。
前世の記憶によると、ここは小説の世界。
目の前のカルナス王子は、成長した後に小説のヒロインと恋をする予定だ。
私はカルナスを虐待する意地悪なお母様、エレオノーラなのだ。
周囲が騒然となる中、可愛いカルナスが駆け寄ってきた。
「お、おかぁさまぁっ……!!」
おろおろと私に寄りそう体温があたたかい。
「いちゃいの? くるしぃの? お、おかぁさま……っ」
心配してくれている。優しい声だ。
あんなに冷たくされたのに、この子は母親を慕っているのだ。
(なんて健気なの。なんて愛らしいの)
そう思う力が、私の自我を固定させた。
「カル、ナス……」
「おかあ、さま。おかあさま、だいじょうぶ? おかあさま」
「カルナス……!!」
母親の声で呼びかけて、いたいけな子供をぎゅっと抱きしめる。
「お、おかあ、さま……っ?」
ああ、我が子が戸惑っている。
私に優しくされたことがないのだもの。当然よ。
「ごめんなさい、カルナス。お母様が悪かったわ……っ」
熱い想いが胸に湧く。
今までの仕打ちは、なかったことにはならない。
この子の心には深い傷がある。私がたくさん、傷つけたのだ。
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
必死に言って、宝物を慈しむように優しくカルナスの頭を撫でる。
「お、おかあさま。おかあさまぁ……っ」
小さなカルナスが一生懸命に私に抱き着いて、わんわんと泣く。
と、そこへ。
「エレオノーラ? またカルナスを泣かせて……!」
夫である国王ハロルドがやってきた。
夫ハロルドは、美男子だ。
すらりと背が高く、高貴な気配を全身から漂わせる夫は、良い父親でもある。
私がカルナスを虐めて泣かせたところにハロルドが「やめないか」と止めに入り、我が子を抱えて、別の部屋に連れて行くのが日常なのだ。
ハロルドは、私の手からカルナスを慌てて取り上げた。
「カルナス、ああ、またこんなに泣いて、可哀想に。お父様が守ってあげるからな」
「ち、ちがうよ、おとうさま。おかあさまは、やさしくしてくれたよ。ぼく……ぼくがわるいんだ……っ」
ハロルドが私を見る。悲し気に。
『お前はなぜ我が子に酷い言葉を浴びせるのか。私の子を、……国宝たる王子を、なぜ泣かせるのか』
眼差しから思いが伝わってくる。
この夫は暴力をふるったり、声を荒げたりはしない。
強い言葉で妻をなじったりはしない。けれど。
「お前は、なぜカルナスを毎回泣かせるのだ。……この子が可哀想だ」
夫は理知的に、穏やかに、悲しげに「なぜ泣かせるのか」「やめないか」「可哀想だ」と言う。
普段のエレオノーラはそれに反発して、「ふん! 知りませんわ!」と憎たらしく言い返していた。けれど、今日は違う。
「申し訳ありません、あなた。反省していますわ」
「えっ!?」
私が殊勝に言うと、夫ハロルドは大きく眼を見開いた。びっくりしている。
「わたくし、今までのことを悔いています。酷い母親でしたわ……反省して、良い母親になろうと思います」
「エ、エ、エレオノーラ? んっ? ど、どうしたのだ、いつもとあまりにも違うぞ」
その後、ハロルドは医者を呼び、私は寝室で医者に囲まれることになった。
はい、正気を疑われたのです。
44
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
モブなので思いっきり場外で暴れてみました
雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。
そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。
一応自衛はさせていただきますが悪しからず?
そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか?
※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる